第8話 帰宅

俺は立ち上がると、無言のまま佐々木から逃げる様にその場を離れ、部屋から出ると扉を閉め、廊下の壁にもたれ掛かり溜息をついた。


そんな廊下には立花と朝霧がおり、そんなふたりに向け自然と「しんどい」と愚痴をこぼれる。


可能なら、今すぐにでもストレス発散の為帰りたいぐらいだ。


「野神警部って、もしかして嘘が苦手なのかしら?」


俺の疲労している姿を見た朝霧は少し不安げな表情をしながら質問して来る。


「何でですか?」


「最後の質問、答えに詰まってたじゃない」


「そりゃそうですよ、私自身人殺しじゃないんですから。

そもそも、どんな殺人鬼であるかと言う設定も何もない状況であんな場所に放り込まれたんですよ。

あれでも頑張った方です」


「そうね、確かに唐突すぎたかも知れないわ。

でも、今回の調査のおかげで粗方患者の性格は理解出来た。

ご苦労様、では次までに自分がどんな殺人鬼になるかを纏めてて頂戴」


「次があるんですか?」


「当たり前でしょう」


これで終わるとは思っていなかったが、改めて突きつけられると参るな。


「……立花、お前も考えるの手伝ってくれ」


縋り付く様に立花に助けを求めると、立花は嬉しげに微笑みながら「はい」と答えた。


全く、気楽で羨ましい限りだ。


「では、私たちは帰ります」


「あ、そうそう、先程の取り調べで思った事なんだけど、家族や世間体なんかのしがらみがあるって、もしかして野神警部は結婚しているのかしら?」


朝霧のそんな世間話の様な質問内容。


どう考えても、仕事とは無関係だ。


「婚約者が居るんですよ」


「あら、意外、ちゃっかりしてるのね」


「嘘、仕事が恋人じゃないんですか!」


朝霧の言葉に突如食い込む様に立花が入って来た。


何だ、この勢いは。


「俺をそんな寂しい奴カテゴリに入れるな」


そういうと、朝霧が俺たちの状況がおかしいのかクスクスと笑い始めた。


「じゃ、こちらの資料がまとまったら連絡するわね」


最後にそんな事をいわれて送り出されたせいで、何故か微妙な空気になってしまったな。




車に乗り込むと、先に運転席に座っていた立花が車を発進させる。


無言のまま助手席でシートを崩し、気を取り直すためにも佐々木の資料をめくって行く。


すると、立花がソワソワしながらも口を開いた。


「あの……」


「婚約者の話しはしないぞ」


「いや、確かに気になりますけど……それじゃなくて今後の仕事についてですよ」


「あー……流石に今回の展開は予想外だったな。

だがやる事はあまり変わらない。

手元にある資料の裏取りだろ。

報告書にまとめる時間も必要だし、今回の殺人鬼構成もある。他にも現場検証など、意外と忙しくなるだろうから気を引き締めて行けよ」


「了解です」


全く、何故俺はわざわざ自分の存在が危うくなる様な演技をしなくてはならないんだ。


「で、婚約者なんですけど」


「仕事にプライベートは持ち込まない主義なんだよ。

良くあるだろ、仕事中恋人の話して死ぬ奴」


「それとコレは話が別だと思います」


「なんだ、俺に惚れてるのか」


「バ、バカ言わないでくださいよ、それセクハラですよ!」


はい来た、何かあれば直ぐに出す言葉“セクハラ”正に悪魔の呪文だ。


そんな下らない話しをしながらも、それ以降互いに仕事の分配をした俺たちは、定時までやる事をこなしてその日は終わった。

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