第6話 変化する雲行き
手錠が付けられたままではあるが、その手錠からは長い鎖が地面の固定部分へと、余裕を持って伸ばされている。
「……野神警部?」
佐々木は俺と目が合うと、ポツリと呟いた。
「あれ、自己紹介なんてしたかな?」
「前話したとき、女の人が呼んでた」
「あぁ……」
立花と俺のやり取りを聞いて覚えていたのなら何故、立花は女呼びなんだ。
「ねえ、野神って苗字だよね、名前は?」
「それを知って何になる」
「野神さんは僕を知っている、でも僕は野神さんを知らないなんて不公平だよね」
成る程、常識がないわりに、公平を語る脳味噌はあるのか。
「……衛だ」
「ま、もる……まもる、衛」
佐々木は俺の名前を知ると、その名前を繰り返し口に出し始めた。
「お前、俺以外の奴らには質問に答えてないらしいな」
早速本題に入る為、そんな質問を投げかけながら向かいの椅子に座ると、佐々木は相変わらず感情の読み取れない表情のままうなずく。
「何故だ?」
「興味がないから」
「なら、何故俺には興味があるんだ?」
「同じだから」
「……同じ?」
「同じ匂い、同じ雰囲気、僕が生きて来た中で、野神さんみたいな人は居なかった。
アレらは僕の横を通り過ぎるだけの風の様に、何の意味もない。でも野神さんは違う」
アレ、多分それは俺を除く人間を指すのだろう。
「君にとって周囲の人間が何の意味もないのならば、何故殺す必要がある」
「殺すのに理由なんてない。野神さんは何故呼吸しているか、考えた事はある?」
「生きる為だろ」
「なら、呼吸をする度に、あぁ自分は生きている何て考える? 考えないよね?」
「つまりは、呼吸と殺人はお前の中では同等であると言いたいのか?」
「野神さんは違うの?
いつも殺している時、何を考えているの?」
「……」
完全に、俺が人殺しである事を信じて疑わない質問。
全く、野生のように勘が鋭い奴だ。
だが、俺は佐々木と違い家庭がある。
ひとりではないのだ。
そう簡単に尻尾を見せるわけにはいかない。
「お前はどうしても俺を人殺しにしたいらしいが、残念ながら俺は単なる警察官だ」
そう答えるが、佐々木は今の言葉がまるで聞こえないといわんばかりに遠い目をした。
今度は、都合良く無視か。
話しが噛み合わないこの状況に苛立ち始めた時、俺の背後にある扉が開く。
振り返るとそこには朝霧が立っていた。
「野神警部、ちょっといいかしら」
まだ話し終わってないのだが、何かあったのだろうか。
いわれるがままに部屋から出て扉を閉めると、朝霧は腕を組みながら此方を向く。
「彼はどうやら貴方が人殺しの同族であると誤解をしている様ね」
「そうですね、会話ができるのも多分その誤解が原因でしょう」
「なら、話を合わせてくれないかしら」
「……今何と?」
予想外の提案に、脳の処理速度が追いつかず、表情が固まる。
何の冗談だ、俺が人殺しのふりをするなど全く笑えない。
「……つまりは警察官が人殺しのふりをしろと言うのですか?」
「そうよ」
「冗談でしょ、そんな発言をして何らかの事件で、その言葉を証言として使われ、濡れ衣を着せられたらどうするんですか」
「ココでの発言は極力外部に漏らさないわ。
それでも不安なら契約書を用意するから後でサインと拇印をお願いできるかしら?」
迷いのない言葉、有無を云わせぬ勢い、コレは完全に俺に人殺しの役をさせる気だ。
だがココで下手に拒み、空気を悪くしてしまえばこの先の仕事に支障が出かねない。
だからといって、この話しに乗って犯罪者のふりをするという事は、俺自身も同時に観察されている事に繋がる。
日常に溶け込んでいる現在、これはどっちもどっちだ。
「……分かりましたよ、やればいいんでしょ。
同意書、用意しておいてくださいね」
「助かるわ」
変に拒み状況をややこしくするよりはと、何とか絞り出した答えに、朝霧は満足げに微笑みその場を離れて行った。
取り残された俺は、そんな複雑な心情を抱えたまま佐々木の待つ部屋に戻る。
これまで積み上げた自身の印象、そして警察として、取るべき最善の手。
もう、こうなればやり切るしかないか。
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