第4話 取り調べ

一先ず中を覗き込むと、6畳程の狭い空間にあるテーブルの向かい側にいた佐々木が、両サイドに居る警官に動きを抑えされ、手錠をはめ直されているところに居合わせた。


佐々木は暴れているわりに声を全く出さないので、何だか変な空気だ。


それから少しすると佐々木は急に大人しくなり、手錠をつけられたまま椅子に腰掛け、退屈げに壁を見つめ始める。


こうして漸く警官のひとりはその場を離れ、もうひとりは佐々木の後ろに立った。


また暴れない為の監視だろう。


だが、基本取り調べはふたり体制で行うものでもある為、この空間に佐々木を含めて4人となると、かなり狭いな。


「我々は大丈夫なんで、後は任せて下さい」


「ですが、先程……」


「3人も警察が取調室に居たら圧迫感で相手側が萎縮いしゅくしてしまいます。

脅迫紛いな取り調べは違法ですよ」


笑顔で答えると、制服警官は少しバツの悪そうな顔をしながらも、その場を離れた。


単純だな。


俺は目の前の椅子に座ると、斜め後ろに立花が立つ。


「さて、次は俺と話そうじゃないか」


そういうと、佐々木は何も答えずに俺の顔をゆっくりと見つめ始め、そのまま少しづつ視線を動かし始めた。


まるで此方が何か観察されている気分で不思議と緊張が走る。


これは先程取り調べをしていた刑事も、相当居心地が悪かっただろう。


「……どうした?」


沈黙に耐え切れずそう問いかけると、佐々木は漸く俺の顔に視線戻し、ゆっくりと口を開く。


「良い匂いがするね」


そういうと突然立ち上がり、顔を突きし、俺の匂いを獣の様に嗅ぎ始めた。


咄嗟に立花が前のめりになり佐々木を止めようとしたが、俺は寧ろそれを手を上げて止める。


そのまま、下手に動かずその行動終わるのを静かに待つ。


今、彼を刺激してはならない。


それから少しすると、佐々木は椅子に腰掛け、再度ゆっくりと口を開いた。


「何人殺したの?」



「……は?」



全く予想だにしてなかった質問。


それが今、佐々木の口から発せられている。


こいつは今、何といった。


あり得ない。


何故俺が、人を殺した事を前提に質問している。


言葉は鈍器のように俺の頭に強い衝撃を与え、瞬間的に心臓の鼓動を早まる。


だが落ち着け、ここは落ち着く場所だ。


「それは寧ろ、こっちが聞きたいね」


「ねぇ、お兄さんは何人殺したの?」


なるべく冷静に選んだ俺の言葉は、佐々木には届かず、再度答えを催促された。


腹が立つ。


「悪いが、俺は誰も殺してない。寧ろ殺人を犯したのは佐々木、君だろ?」


「お兄さんからは、こびりついた血の匂いがするんだ」


「そりゃそうだ、さっき血まみれのお前を放り投げたんだからな」


何故だ、何故今俺は追い込まれている。


「何で隠すの?」


佐々木は自身の考えを信じて疑わないのか、しつこく食い下がって来たその時。


突如立花が目の前の机を強く叩いた。


鼓膜を突き刺す激しい音に、その場の空気が変わる。


「話しを逸らさないでくれるかしら」


立花の圧力的な声。


彼女は感情的になっている。


だが、当の本人は気にした様子もなく俺の方を常に向き、再度「ねえ、何で?」と問い続けた。


まるで元より立花が存在しないといわんばかりの態度だ。


「あのねぇ」


「立花、これ以上は抑えろ」


又何かを口走ろうとする立花を止め、佐々木に微笑みかける。


立花の行動はドラマで有りがちなシーンだが、現実世界ではしてはならない取り調べの一つだ。


いや、そもそも取り調べはまだ始まってすらないのかもしれない。


だが、一先ず、立花のその行動のおかげで、結果とし俺の精神は何とか安定を取り戻せた。


「すまないね、処で君はさっきから常に無表情だが、笑えたりするかい?」


「笑う必要があるの?」


「怖いと言う感情はあるかい?」


「怖い、何が?」


「人を殺した理由は?」


「だから、そこに居たから」


「君がココに連れてこられた理由は分かるかい?」


「分からないよ。それよりさ、何で隠すの?」


「……」


成る程、徐々にではあるが、佐々木の考えが見えて来たかも知れない。


彼は18歳でありながら、頭の中はリアル幼稚園児だ。


振り幅が大きく、感情にムラがあり、ADHDやピーターパンシンドロームの患者にも似ているが、それにしては冷静すぎる気がする。


そもそも癇癪も起こさなければ、叫びもしない。


原因が有るとすれば、恐怖心の欠如だろうが、それだけではない気もする。


さて、そうと決まれば、物は試しだ。


立ち上がり懐に仕込んでいた銃を取り出すと、真っ直ぐと佐々木のこめかみに突きつけた。


「野神警部!」


「立花は黙ってろ」


慌てる立花を遮り、撃鉄を起こすと、カチャリと小さく鉄が擦れる音が聞こえる。


あとは引き金を引くだけで玉は出る。


だが、そんな状況下に置かれても、佐々木は先程と変わらぬ平然とした表情のまま、しかも銃ではなく俺を見つめていた。


強がりにも見えない。


「今、何をされているか理解しているか?」


「僕が殺されそうになってる」


眼球や声に震えはなく、答えも的を射ている。


状況をしっかりと理解していながら動揺しないのか。


確認が取れると、撃鉄を戻し、銃を納め、再度椅子に腰掛けた。


やはり佐々木には、恐怖という概念そのものが存在しない可能性が極めて高いだろう。


コレは、少し調べてもらう必要が有るな。


「野神警部、今のは私以上にまずいじゃないですか……

始末書じゃ済みませんよ!?」


「お前が黙っていれば済む話だろ」


そんな突き放した俺の対応に、立花は頭を抑えると、何かを決意するかの如く深く深呼吸をした。


「どうなっても知りませんからね!」


「はいはい」


俺の相方が立花で、本当良かったとつくづく思うよ。


「さて、俺から聞きたいのは以上だ、これから専門家による精神鑑定に移る」


「ねぇ、僕の質問には答えてくれないの?」


「では、失礼するよ」


これ以上佐々木の相手をするとまた面倒な事になると感じ、そのまま取調室を出ると、立花は不満げな表情のまま俺の横を並んで歩き始めた。


「あれだけの質問でいいんですか?」


「粗方の質問は11係がしているだろ」


本当ならもう少し取り調べを続けるべきだろうが、あのままでは話しが進む気が全くしない。


そうだ、今はまだ、探る時ではない。


以降は報告書制作や他の雑務へと移り、その日は喉の奥に突っかかる違和感を残したまま終わりを迎えた。

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