第3話 犯人の過去
あれは一体なんだったんだ。
まるで人間ではない何かと、遭遇してしまったかのような感覚に襲われる。
「お疲れ様です!」
そんな謎の不安感に
「先程の行動、感服しました。
刃物に物怖じしない姿勢、そしてスムーズな背負い投げ、全てが完璧でまるで気品ある社交ダンスを見せられている気分でしたよ!」
「気持ち悪い表現をするなよ。
それに、アレはたまたま上手くいっただけだ」
全く、この立花という女はキャリア組なのかと目を疑いたくなる程の忠犬っぷりだな。
向上心が、まるで感じられない。
「偶々なもんか、又お前の手柄だな」
どこから聞いていたのか、この会話に自然と入り込み、此方に歩み寄って来たのは、全て平均体型の
あまりにも存在感が薄く、空気のような男であるが、これでも我らが10係の警部でもある。
「手柄……」
その言葉にふと視線を感じ、その視線の先を確認すると、署で小言を口にしていた同僚と目が合った。
同僚は不服な表情を浮かべ、俺からその視線を逸らす。
どうせ、いつもの僻みだろう。
「別に、手柄欲しくて頑張った訳では有りません。
偶々犯人との距離が一番近い場所に自分が居ただけです」
「あぁ、分かっているさ、君は本当に凄い」
吉岡係長はそう答えると、白髪混じりの頭を掻きながら笑いかけて来た。
無理やり口角を引き上げた、胡散臭い笑み。
吉岡係長は同じ警部という立場で有るが叩き上げ組の為、俺と年が10近く違う。
吉田係長からすれば、そんな漸く手に入れた係長の座をパッと出の俺の存在で危うまれているのだ。
内心、穏やかではないだろう。
「では、我々は署に向かいます。立花、行くぞ」
周囲の目線は、逮捕した俺の栄誉を称えるというよりは、妬みや僻みがの方が多く、俺は係長に軽く会釈をすると直ぐに車に戻り、助手席へと腰を下ろした。
全く、気分が悪い。
立花はそんな俺に少し戸惑いつつも、運転席に乗り込む。
「あれ、帰りは運転しないんですか?」
「運転は元々お前の担当だろ」
「そうですけど、てっきり運転が好きなんだと」
「現場に向かうと時にお前の速度じゃ遅いからだ」
「すみません……所で野神警部、今怒ってます?」
「俺が?」
「今回の事件の出動時は目をギラつかせていたのに、今は気落ちしているて言うか、何かにイラついている様に感じます」
「俺はこう見えてデリケートなんだよ、取り敢えず帰るぞ」
「はい」
立花の疑問に答える事なく指示を出すと、車はゆっくりと走行し始めた。
俺が腹を立てている要因、それは周囲からの冷たい眼差しではなく、あの被疑者だ。
何を考えているのか分からない目つき。
殺人に対する罪悪感の欠如。
何処となく俺と似ているようで、何かが確実に違う。
その違うという部分が全く理解出来ないという事実が、俺の感情を逆撫でした。
それに、問題はそれだけではない。
公衆の面前で大量の殺人を行った場合、死罪が一般的だが、彼の場合それに当てはまらない可能性があるのだ。
「あの人殺し、多分精神科にブチ込められて長生きするかもな」
「……刑事責任能力ですか」
「あぁ、アレは怪しい」
「確かに、ないと無罪の可能性が出てきますよね」
刑事責任能力の欠如。
そう判断された場合、
つまり、罪の意識や人としての一般常識が存在しないお子ちゃまは裁けない為、精神科で数年から数十年のセラピーという名な勉強会を受けて貰い、しかもその後釈放されてしまうのだ。
今回の彼の言動を見る限り、彼に精神疾患があると判断されるのは時間の問題だろう。
この国は何処までも犯罪者に優しすぎる。
署に戻ると、今回無差別殺人を行った男を別の刑事が取り調べしている事を聞き、一先ず取調室に向かう事になった。
別にそのまま取り調べを任せてもいいのだが、個人的に気になる事もあるし、自身が逮捕した事による責任もある。
「野神警部」
向かう途中、廊下で声をかけられ立ち止まると、今回の名越係を担当した刑事がファイリングされた資料を渡してきた。
「先程護送された被疑者のA号B号を簡単軽く洗い出しました」
「ありがとうございます」
お礼を口にし、資料を受け取り早速中身を確認。
今回の被疑者の名前は
両親は普通の会社員で、虐待もなければ、環境が悪い訳でもなかったらしい。
だが佐々木 荵の素行は4歳頃から既に狂い始めていた。
突然2歳の弟を殴り、台所から持ち出した果物ナイフで何回も刺して殺害するという事件が起きたのだ。
原因は弟の泣き聲が煩かったからではないかと推測されているそうだが、本人は否定「そこに居たから」と答えた。
そして、この事件がきっかけで佐々木 荵は施設での生活が始まったのだが、そこでも事件を起こしている。
施設で飼っていた犬を殺害、近づいて来た人にも偶に暴力を振るったそうだ。
事前に過去の犯罪歴を聞いていた施設の職員は佐々木 荵の周辺から武器になる物を遠ざけていた為に、流石にこれ以上の被害は出ないと思っていたが、その願いは呆気なく打ち消される事となる。
佐々木 荵が施設で生活を始め、1ヶ月の夜中、突如響き渡る悲鳴に職員が駆けつけると、佐々木の周囲には3人の微動だにしない子供が転がっていた。
殺害方法はシーツを使い首を絞めたり、口を押さえて呼吸困難にしたりと様々。
この事件にも佐々木は殺した理由を「そこに居たから」と答え、武器にシーツや自身の体を使った事に関しても「そこにあったから」と答えたらしい。
そして遂に精神科の個室に移動する事となったが、そこでも診察をする人や、料理を運ぶ人など、手当たり次第に引っ掻いたり噛みついたりしたそうだ。
ただ不思議な事に、個室でひとり居る時は静かで、暴れもせず、不満な顔1つしなかった。
人が近くを通ると、その人物をただ見つめ、手を出すと襲いかかる為、基本診察時は拘束具を付けられていた様だ。
だが、動けないと知ると、佐々木は全く動かなかった。
そんな佐々木は、ある日脱獄を果たし、今に至る。
「……妙だな」
この話だけを読めば、佐々木が逃亡する気があったとはどうも思えない。
病院で何かしらの心境の変化が訪れたのか、もしくは誰かの手引きがあったのか、だがコレに関してはまだ何も分かってないらしい。
そこまで読むと、突如取調室から男の汚い悲鳴が響き渡った。
咄嗟に資料を立花に押し付け、悲鳴の聞こえた取調室にに駆けつけると、11係の刑事が丁度腕を抑えながら飛び出して来た。
手には引っ掻き傷や歯型、所々に血が滲み出ている。
成る程、これは手錠を外して取り調べをした結果だろう。
「大丈夫ですか?」
俺が話かけると、その刑事は此方をぎらりと睨み、何も答えずその場を離れて行った。
それを付き添いの刑事が慌てたように追いかけ、俺に申し訳なさそうにお辞儀をする。
どうやら取り調べは中断されてしまったようだな。
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