第1話 始まり
都内にそびえ立つ警視庁。
そこは国家の治安を維持し、この社会の安全を守る重要な任務を任された基幹となる場所でもあり、この俺の職場でもある場所。
そこに紺色のスーツと黒の革靴に身を包んだ俺は足を踏み入れると、巡廻予定らしき若い制服警察官が立ち止まり、こちらに礼儀正しく挨拶を交わしてきた。
「おはようございます」
「あぁ、おはよう」
いつもと変わらぬ笑顔で答え、受付の女性には手を振り、そのまま奥のエレベーターへと向かう。
足元に広々と敷き詰められたタイルは鈍く輝き、エレベーターの扉は俺の体を綺麗に写し、指紋1つ見当たらない。
入り口の植物はハリがあり、待合用の皮のベンチすらもしっかりツヤがある。
何ていい朝なんだ。
俺の脳が視界をジャックし、単に周囲を美化させている可能性もあるが、そう感じるほどまでに今日は清々しく晴れやかな心情だった。
エレベーターの扉が開き、乗り込むと、少し離れた場所からこちらに近づいてくる足音が聞こえ、エレベーターの外をのぞき込む。
「待ってください!」
その声に、エレベーターの開くボタンを押して招き入れると、パンツスーツの細身の女性が乗り込んで来た。
女性は「間に合った」と溜め息まじりに呟き、呼吸を整えている。
扉は閉まる。
背丈が165センチ位だろうか、セミロングのストレートヘアーでかわいらしい顔つきの貧乳。
全く、相変わらず忙しない女だ。
「えー、駆け込み乗車はご遠慮下さい」
淡々とした口調のままそう声をかけると、女性は俺の顔を見て、いたずらっ子のような笑みを浮かべた。
「ココは電車じゃないですよ、
「相変わらずの反応だな、立花警部補は」
この忙しない女性警察官の名は、
俺と同じくキャリア組でありながらもここに赴任した、俺の相方でもある。
普通は、キャリア同士がコンビを組む事なんてあまりないのだがな。
「そういう野神警部は、今日はいつもよりご機嫌ですね、何かあったんですか?」
「やっぱりわかるか、いやぁ、人の為に働くって本当に幸せだねぇ」
「全く、相変わらずの仕事馬鹿ですね」
俺の曖昧な返答に立花は気にした様子もなく、エレベーターはそのまま目的の階へと止まり、扉が開く。
エレベーターを降り、刑事課に辿り着くと、50近い机が向かい合わせに並べられ、その机の半数には資料が山積みになっていた。
電話対応中の者、資料をまとめる者、パソコンを開き現在の状況を確認する者など、皆が各々にデスクワークで勤しんでいたが、空席が目立つ。
既に現場に直行しているのだろう。
とはいえ、コレは我々にとっては日常の光景であり、緊急性があるものではない。
そもそも、そう毎日大きな事件が有っては国は終わるな。
という事で、早速こんな平和な日には欠かせない俺の恒例挨拶を始めようじゃないか。
まずはかわいい女性警察官。
「おはよう、お、君前髪切った?
似合ってるよ」
「ありがとうございます!
野神警部補も今日は何だかご機嫌ですね!」
「あ、わかる?」
次に奥の席に座る、この警視庁刑事部捜査第一課の
「お、課長はタバコ変えましたよね、それ新作ですよね?」
「よく気づいたな、良かったら後で一緒に一服するか?」
「是非!」
この様に、常に様々な人に声をかけるのが俺の日課だ。
人の観察は実に楽しい。
髪型やタバコの銘柄1つの変化で、その日の彼らの感情が手にとる様に解る。
袖のシミ、体臭、声の微かな変化、それがひとりの人生を彩り、鏡の様に写し、愛おしくも思えた。
「又、色んな奴にご機嫌とりしてるぜアイツ。
警部の癖に、俺たちと同じく常に現場組。
目障りなんだよな……出世したいなら早くどっかの係の係長や田舎の課長でもやってろよ」
そして、この様に俺のコミュニケーションを快く思わない人種も存在する。
此方にあえて聞こえる小声で挑発するとは、脇役のする事は小さいな。
キャリア組は、叩き上げの連中に嫌われやすいとは聞いていたが、ここまで子供じみていると、正直何も感じなくなる。
だが確かに、自分よりも若い人間の下になるのは面白くないだろう。
「おいおい、お前ら僻みはいかんぞ。
野神君も何か言ったらどうだね」
陰口に気づき間に入って来たのは、織田課長。
前頭部に髪がない、気さくな60代だ。
織田課長の言葉には嫌味がなく、部下からの信頼も厚いが、こういう奴は、多分これ以上 上れない。
織田課長はあまりにも優しすぎる。
「言う事は有りませんよ、俺は好きですよ、こう言う事をハッキリ言ってくれる人」
半年後には、俺もこの課にある殺人犯捜査10係の係長になる。
つまりそんな小物は相手にするだけ時間の無駄であるという事だ。
「ひゅー、流石野神さんは器が違いますねー」
俺のそっけない反応に他がわざとはやし立て、先程まで文句を垂れていた者が舌打ちをすると、
やはり今日は平和だ。
そう思い、自分の仕事机に座り、これまで受け持っていた案件の資料整理を始めた時。
突如織田課長のテーブルの上ある電話が、けたたましく鳴り響いた。
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