73日目 いがみ合う星

 私の名前はウガ・カトウ。宇宙船ウシガエル号の政務主任である。どこでどう道を違えてしまったのか、ある星で他国の著名人の秘密の情報を手に入れてしまったことから、今では命を狙われる存在である。

 事態が落ち着くまでしばらく外に出ていなさい、という事で、私は再び他惑星に出向くこととなった。

 その一方で、物見高い人からは交流を求められるようになってきている。ふと出会った政治家から「何かあったら頼ってくれたまえ」と連絡先を渡されたりするなど、一般の公務員の範疇からは外れてしまったようである。

 今も、宇宙船ウシガエル号の船長であるミト・ハトクラに面会の申し出があり、船内で面会を行っているところだ。

「カトウさんの最近の活躍は実にめざましいですな。正直言って、政務の方は一度乗船してそれきりの関係になることが多いので、こうして会うことも滅多にないのですが、四度目となれば会わざるを得ません」

 ハトクラ船長は、白髪を三つ編みにした女傑で、立派な体格であることも相まって海賊船の船長のような風格がある。

「不思議な気持ちですよ。私としては毎回行き当たりばったりで、ぶつかった問題をなんとかこなしているだけなんです」

「ふむ、実力があるから目立つと言うことでしょうかね。あるいは、そういう問題を引きつける運があるのか……」

 ハトクラ船長は真面目な顔で付け加えた。

「今回の面会は、単なる興味だけではないんですよ。次に向かう惑星ナースリアは、いろいろと面倒な星ですから、こうやって接点を持っておくべきだと思ったのです」

 私もその内容に、一部同意する。惑星ナースリアと、そこに向かうにあたっての私のミッションは、例のごとく困難なものであった。

「確かに面倒であることは確かでしょう。現地の協力者の手配はしてみましたが、どうなるか先が見えませんから。しかし、それはごく一般的な政務主任の仕事の範囲ですよ」

「そうなると良いですな」

 そう言って、ハトクラ船長は笑った。


 惑星ナースリア、あるいは惑星トルベクには二つの人種が存在している。人種というのは、肌や髪の色といった身体的な特徴が違うというレベルの話ではなく、遺伝子レベルで違いがある。ナースリア人とトルベク人は生殖行為が出来ないし、文化も全く違う。

 ナースリアあるいはトルベクと呼ばれる星には大きな大陸が二つあり、それがまるで太陰太極図のように惑星の反対側にある。海の部分に中継地点となる島がなかったことから、二つの大陸は何十万年も交流がないまま独自の生態系が発展した、という訳である。

 ナースリア人とトルベク人は技術の進歩により交流が生まれたが、それは戦争の歴史でもあり、海戦から始まり、空戦、そして今は舞台を宇宙に移して戦争を続けている。

 どちらも自らが惑星の主であると主張しているため、ナースリアを国家認定した国はトルベクとは交流が出来ず、トルベクを国家認定した場合はその逆となる。我々は、ナースリアとの交流がある為、惑星の事はナースリアと呼んでいる。

 そして、今回の私のミッションは、トルベク人との交流である。ナースリアにおいては後手に回っている我が国としては、トルベクとも密かな交流を持って、全体の取引量の増大を狙おう、という訳である。


 しかし、残念ながらハトクラ船長の懸念は当ってしまった。

 睡眠を取っていた私の部屋の電話が鳴ったのは、惑星ナースリアへとあと数日となった時のことだった。

「加藤さん。急ぎ来て下さい」

 向かった先でハトクラ船長からの説明を受けると、状況は非常に不味いことがわかった。

「武装したトルベクの船艦に囲まれて、誘導されている状態です。当艦のサーチ技術では、戦艦を察知することは出来ないので、気がついた時には囲まれていました。逃げれば撃墜されるでしょうから、このままトルベク側に向かうしかありませんな」

「一体、何が?」

「戦争でしょうな。それも、かつてない規模になるでしょう。私が知る限り、この宙域まで配備されていたことは無いはずです」

 問題は、とハトクラ船長は言葉を繋げた。

「他国だと分かっているので誘導で済んでいますが、ナースリアとの交流がある国だと分かればどうなるかわからない、ということです」

 つまり、交渉でなんとかしろ、と言うことであるらしい。私はトルベクまでの到着時間を聞いた後、自室で策を練ることにした。もう眠気はなかった。


 トルベク側の交渉人として出てきたのは、軍人だった。私は納得するものを感じながらも、表情を作りながら言葉を紡いだ。

「トルベク側との交渉機会を嬉しく思います。いえ、実はトルベクとの交渉の機会を私はずっと探っていたのですよ。なぜか前任者がナースリアと交流を始めてしまったのですが、なぜそんなことにしたのか分かりませんよ。いや、今回は実に運が良かった。あぁ、私は地球連邦日本のカトウと申します。トルベクの伝統的な踊りがあるでしょう。あの動画が実は我が国でも非常に人気なのです。それで文化的な交流ができないかとずっと考えていたのですよ。是非、我が国からの留学を認めていただけませんか。逆に、トルベクの方に来ていただくのも良いですな……」

 私が選んだのは、勢いで乗り切る事だった。トルベク側が、本当の外交官であればこんな手には引っかからなかっただろうが、軍人ならば余地はある。私は勢いに任せて、来年から学生同士の交流を行う事と、大臣レベルでの交流を始めたいという事を確約させた。もちろん空手形である。

 その上で「ナースリアにある事務所を引き払う必要があるので、一度ナースリアに行かせて頂きます」と言って、なんとか言質を取ることが出来た。


 私も、ハトクラ船長も、この星の平和はもう長くないという判断で一致していた。

 宇宙船ウシガエル号は持ちうる限界の速度でナースリアに移動し、三時間で可能な限りの人員を確保した。残念ながら、ナースリアに常駐していた人員の半分近くは、戦争の気配を信じることが出来ないといって残り続けることとなった。私はウシガエル号の荷物を、もったいないが全て置きっぱなしにして、そのまま高速で惑星から離脱した。

 離脱する際に、ハトクラ船長からは「なにか問題を引き寄せる才能があるのかもしれないですな。恐ろしいほどに」と言われたが、私はそれを否定できなかった。

 宇宙船ウシガエル号が地球にたどり着き、戦争の予兆があることを伝えた数日後、ナースリア人が住む大陸は人工的な隕石突入で破壊された。そして、宇宙に存在していた舞台が、報復でトルベクにも隕石を落とし、最終的に惑星ナースリアまたはトルベクは、過去の星となってしまった。

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