70日目 音楽の星

 惑星モベルスは通称音楽の星と呼ばれている。

 地球人からすれば奇妙な習慣なのだが、この星ではなにかにつけて音楽を求められる。挨拶代わりに歌を歌い、宴会の際には会話がないままそれぞれに音楽を楽しみ、ニュースはラップに近い。

 彼らにしてみれば、音楽は生活の一部であり、日常生活において切って切り離せないものらしい。モベルスの第一人者であるジェシカ・パローズ教授曰く「音楽なしで行動することは、地球で言う服を着ないで行動しているようなもの」だと言う。

宇宙るるぶには「モベルスに向かう時には、音楽の素養のある人を連れて行くことが必須。また、いざというときの為に発声訓練と人前で歌う覚悟はしておくこと」と注意事項に書かれている。


 宇宙船ウシガエル号がモベルスにやってきたのは、次世代通信網の基盤となる技術を提供してもらう為だった。私、ウガ・カトウはウシガエル号の政務主任で、今回の技術提供に関する実質的な担当になる。

 この技術提供にあたって、私は綿密な準備をしてきた。なにせ宇宙進出を活発にしている現状において、次世代通信網の重要性は明らかだ。地球人の連合の中でも、一歩先んじるにはなんとしても優先した技術提供が必要になる。

 しかし、問題になっているのはモベルスの音楽文化だった。パローズ教授のおかげで、モベルスでの音楽の重要性についてはわかっていて、一般的なコミュニケーションは可能となっている。

 しかし、我々人類は、今一歩モベルス星人に対して踏み込めていないのだ。どうにも社交辞令的というべきか、交渉に至る段階まではたどり着けていない。そこを解決するのが、今回私に求められているミッションだった。

 私は過去の交渉の経緯も考えて、作曲家十人と歌手二十人、音楽家を百人連れてきた。いわゆる一般的な音楽であるクラシックやラップなどは既に他国が行っているので、今回は特に、日本特有の三味線や法螺貝などを取りそろえている。

 もし失敗しても、新たな進歩が得られれば問題無い、私はそんな気持ちでモベルスにやって来たのだった。


 モベルスにやって来た私が得たのは、凶報だった。

「米国が一万人の音楽集団を連れてきて全滅!?」

 しかも、その中には今回我々は連れてきた三味線や法螺貝についても含まれていたらしい。

 どうやら米国は、今回の技術提供に対してかなりの本気を出してきたようだった。宇宙関連技術において一歩先行く米国はそのアドバンテージを活かして、自国の音楽家をあらゆる範囲から連れてきた。しかし、その努力もむなしく、成果は得られなかったのだという。

 その報告を部長にしたところ、私には重い課題がのしかかってきた。

「カトウ君。今回の我々のミッションは、なにかしら手がかりを得ることだよ。分かっているね」

「はっ、しかし、すでに米国が……」

「他国は他国。我々もここまで来るのにお金を掛けていないわけではないんだ。何かしらの成果が必要なのだよ」

 なんとかせよ、という命令を受けて、私はウシガエル号の中で一人頭を悩ますことになった。


 その後、音楽家達に相談してみたものの、米国も含めた他国でやっていない物は一つも見つからず、どれも望み薄だった。隠し球として持ってきたつもりであった民謡ですら、すでに他国に勝手に使われてしまっていた。下手に準備に時間がかかったせいで、私たちは出遅れていたのだ。

 最悪被っても良いからなにか独自の音楽を行ってくれ、と作曲家に頼んだものの断られ、音楽家達に珍しい音楽をやって欲しいと願うが、被っていない物が見つからない。

 当日になっても解決の糸口が見えないまま、私は結局一人でモベルス星人との交渉場所に向かうことにした。全てを諦めた私は、責任を一人で取るために他の人を連れずに向かうことにしたのだ。

 交渉場所につき、相手から歌が振舞われた直後、私はやけになって、上司への愚痴と今回の苦労をでたらめな音楽に乗せて歌った。

「うるせー 上司のー 無茶ぶりでー モベルスにまで来てー 歌うたうー」

 下手な酔っ払い以下の歌で、私はもう死にたい気持ちだったが、なんとか大声で歌いきった。

 それでいつもならばモベルス星人は決まり文句を言って去って行くのだが、なぜか今回は違った。モベルスで拍手を表すお辞儀のような動きをして、なぜかそこから交渉はトントン拍子で進んでいった。

 後に分かったことだが、モベルス星人に対してはその場の本心で音楽を作っていく必要があり、事前の作曲や決められた歌詞を使うというのは、見え見えのお世辞のような物になるらしい。下手に歌が上手い人を連れてきたことで、交渉は上手くいっていなかったのだそうだ。

 私が歌った歌は、本心であるし、その場の即興であった。それに、仕事の愚痴もあったために、モベルス星人はこの交渉にどれだけの熱意を書けたのかをくみ取ってくれたのだった。

 私が歌った上下手な歌は、最重要情報として取り扱われ各国に広まり、ニュースとしても流れた。交渉はうまくいったが、私の進退はもう危ういだろう

 本国への帰り道、ウシガエル号で全く目が笑っていない上司にねぎらいの言葉を掛けられて、私は気が気ではなかった。

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