69日目 自損心

 高校生にもなってどうなのだろうとは思うのだが、このままちゃんと生きていけるのだろうかという漠然という不安がある。

 きっと原因は、今まで自分で物を考えずに、言われるがままに生きてきたことにある。あらゆる事を指示されてそれに従ってきた。両親からのことだったり、姉からの事もあった。自分なりにゲームをやろうとしたりしたこともあったが、それも友達に合わせてやって来ただけのような気がしてくる。

 このままだと、例えば死ねと言われたらそのまま死んでしまうような、そんな気がしてしまうのだ。


 高校にはいつも同じ時間の電車に乗っている。その時間には、同級生の生方さんがいるからだ。生方さんはオレの隣の駅から乗ってくる。といっても、話しかけるわけでもないし、見たりもしない。ただ同じ時間の電車に乗っていると言うだけで、オレとしては満足していた。

 調子にのって話しかけたりすればキモがられる。なにかきっかけがあれば、と思わなくもないが、そんな高望みはしない。


 そんな風に思っていたのが良くなかったのかもしれない。隣の車両から、悲鳴が上がった。

 なにがあったのかと見てみると、ナイフを持った男が目を爛々とさせてこちらを見ていた。向こうの車両で既に誰かを切りつけたようで、ナイフからは血がしたたち、向こうは混乱している様子だった。

 すぐ反応できるはずもなく、僕が固まっていると男はこちらに近づく。生方さんに目をつけた男は生方さんにつかみかかる。生方さんはかすれた悲鳴を上げた。

「助けて!」

 生方さんはこちらを見ている。男は僕に背を向けていて、隙があるように見えた。

「誰か!」

 僕は生方さんを無視して、隣の電車に猛ダッシュで逃げた。


 その後、勇敢なサラリーマンが男を取り押さえた。この事件はニュースにもなって、僕も警察で事情聴取を受けた。

 僕が逃げた様子を見ていた生徒がいて、女子を放って逃げるクズ野郎として、高校生活はいきなり躓いた。

 僕が乗る電車は変わらないが、生方さんは乗ってこなくなった。事件の事がトラウマになって、自動車通学となったのだ。

 僕は事件に対してはなにもできなかったが、唯一逃げることだけはできた。僕は自分が自分の為に頑張れることが分かって、それだけは少し誇らしかった。

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