68日目 黄金のパンツ

 37歳の誕生日、自分自身へのプレゼントとして黄金のパンツを買った。

 注文した時にはお酒に酔っていた。一人で過ごす誕生日、少し高いお酒を飲みながら、スーパーで寿司を買って食べた。と言っても、お酒も二千円くらいのものだし、寿司はそこそこのものでしかない。

 そんな風にちょっとした贅沢をしながらご飯を食べていると、おれは自分の人生について考え初めてしまった。

 最近は、仕事も慣れきったし、毎日の生活にも慣れきってしまっている。ただ、自分の楽しみなんかは無い生活だった。恋人を作ろうとしていた時もあったが、その時も劣等感をなぜか感じてしまって、先に進めなかった。

 おれは元々、なにがしたかったのだろう。そんなことをぐるぐると考えながら、酔った頭でネットで物を漁った結果、翌日には黄金に輝くパンツが届いていたのだった。

 せっかくなので履いてみて、鏡で見てみると、おれの太った体型には全くもって似合っていなかった。きっと外で見せたら冗談にしか思われない。けれど、おれは自分の姿を見てドキドキするものがあったし、少し泣き出しそうにもなった。


 それからしばらくの間、黄金のパンツは休みの日に家で履く位でとどめていたのだが、ある日、意を決して、仕事の時にも履いていくことにした。

 おれの下着のことなんか気にする人もいない。少し冒険してみるくらいの気持ちだった。

 いざ仕事をしてみると、充実度がいつもと違った。何をするときにも自分は黄金のパンツを履いているだけで自信が持てた気がしたし、頑張らなければいけないと自然に思えた。自分自身でテンションを上げる、というのはこういうことか、とおれは思った。

 家に帰ってきた後、おれは真っ赤なパンツや蛍光のパンツを追加で買った。

 鏡で自分の姿を見ると、やはり体型が気になるので、ジムにも通うことにした。

 ジムでは着替えをするタイミングがある。最初はいつも通りの下着で通っていたのだが、見知らぬ人しか居ない場所で自分を偽る必要も無い、とおれはジムでは派手な下着を隠さないようになった。それでも最初は恥ずかしく思っていたのだが、周りはおれのことなど全く気にしなかった。

 そうしてみると、世の中には色々な人が居る。思えば、おれは「普通」の生活に知らぬ間にこだわっていた様に思う。やり始めてしまうと、なにを恥ずかしがっていたのだろう、という気がしてきた。


 会社で、珍しく若手のメンバーから飲み会に誘われた。こんな風にして誘われるのは久しぶりだった。

「久瀬さんって派手な下着履いているって本当ですか?」

 飲み会で問いかけられたのはそんなことだった。職場で見せることはないと思っていたのだが、トイレに行った時か何かに見られたのかもしれない。

「多少ね。ちょっと見る?」

「え、良いんすか?」

 男だけの会だったことの気安さもあって、その場ですこしズボンをズリ下げて、その日履いていたピンクの水玉のパンツを見せた。

 評判は上々で、その会の終わりには「久瀬さんの印象変わりました」との言葉をもらった。


 その飲み会から、職場での交流が増えていった。そして、しばらく経つと、職場の女性陣との交流もなぜか増えていった。

 別の飲み会の場で若手から話を聞くと、「久瀬さんは普段は冴えない中年男性だが、裏ではイケイケで若い女性をとっかえひっかえしている」という話になっているらしい。

 おれは飲み会で良い感じに酔えたまま家に帰り、風呂に直行した。鏡を見ると、黄金のパンツを履いた自分の姿が見える。

 ジムに通って脂肪が落ちて、筋肉がついたし、それに表情も以前より自信がついたように見える。黄金のパンツを履くのにふさわしいとはいえないが、それでも以前よりは自分のことを好きになれた気がした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る