60日目 後ろの人しか相手を見られない

 父から絶縁を言い渡されても、日常は続いていく。

 いつも通り、朝出社しようとすると、目の前に父の姿がある。僕の家は実家のすぐ近くにあるのだ。

 実家の近く、という理由で自宅を購入したわけではない。僕と妻の通勤の時間や、家の購入資金、子供が出来たときの環境などを総合的に考えた結果、今の場所に家を買うことになったのだ。

 しかし、絶縁された今となっては、近くにいるのは実にやりにくかった。

 そのまま僕と父は同じ時間の電車に乗り込んだ。僕は父に見つからないように、車両を少し離れた位置に変えた。

 電車が会社のある駅に着いたら、また急いで出ないといけないだろう。なにせ、僕と父は、通勤で使う駅は一緒なのである。


 それから、僕は通勤時には父を避ける生活になってしまった。

 行きの電車は、僕が早めに起きられればよいのだが、どうしてもギリギリになることが多い。そうなると、一本遅らせて行くのは避けたくて、一緒の電車に乗り込まないとイケないことが多い。

 そして、帰りの時間も僕と父は似たような時間になることが多かった。

 できれば、最初にダッシュで抜き去ってしまえれば良いのかもしれないが、微妙に父の方が時間的に早く、一番出口に近い位置に陣取っているので、どうしても自分のほうが父を追う形になる。

 帰り道、僕は父の背中を見ながら追いかける事になる。

 父からは絶縁されたが、僕から絶縁したわけではない。だから、本来は僕の方が好きに振舞って良いのだろう。しかし、絶縁された側でも、気にしてしまうのだ。父がこんな風に何十年も通勤して、自分を育ててもらったことがあるからこそなのかもしれない。

 そうなると、後は父を避けて生活を続けるしかないのだろう。

 あるいは、いっそのこと父を追い越すべきなのかもしれない。そうすれば、父は僕の事を見ることが出来るだろうから。

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