42日目 社会人恋愛スクール

 僕が社会人恋愛学校への入学を決めたのは、25歳の冬の事だった。

 まず社会人スクールというものは、社会人でも仕事終わりや土日に通うことが出来る学校で、知識や技術、教養などを学ぶ事が出来るものだ。社会人恋愛学校は、それに婚活の要素を足した物だ。もともと社会人学校をやっていたところが、新たな試みとして始めたことらしい。

 普通の婚活と比べたメリットは大きく二つあって、一つ目は社会人学校としてちゃんと講義を受けられるので、最低でも知識は得られること。二つ目は長期間一緒に授業を受けられて、普通の婚活よりも長期的に候補を探すことが出来ることだ。

 講義だけではなく、グループワークもあるので、そこで一緒に作業をして、相手と交流することも出来る。僕が入学を決めたのも、そこで人となりを見てもらおうと考えたからだった。婚活目的だと思うと緊張してしまうのだが、課題があればそれも大丈夫なのではないかと思ったからだ。

 あと、社会人になって、ぱっとしない学生生活の思い出を上書きできないか、なんて思ったことも理由の一つとしてはあった。


 学校は週二回と土曜日のコースで入学費は安くはなかった。だが、その料金のおかげで単純な出会い目的だけの人は除かれて、それなりに真面目に勉強をしようという人だけが集まったようだった。

 しかし、誤算は一つあった。高校生のクラスメートである高原くんが、一緒の教室にいたのである。

「お。三笠君じゃん」

 高原君はそう言って話しかけてきた。高校生の時からクラスの中心にいるお調子者というキャラクターだったのだが、今もそれは変わっていなさそうだった。

「お。おう」

 気軽に話しかけてくる彼に対して、僕は返事をどもってしまった。彼にとってはただのクラスメートなのだろうが、僕の方からは因縁の相手なのだ。

「高原君は、こんなところ来なくても彼女できるんじゃないの?」

「いやさ。彼女はいたんだけど、結婚はちょっとなって感じの相手だったんだよね。あと、会社でちょっと真面目に勉強しなくちゃいけなくてさ」

 僕は気になっていたことを尋ねた。

「町原さんとは、もう別れたの?」

「町原? 懐かしー。高校生の時じゃん。もうとっくの昔だよ」

 町原さんというのは、高校の同級生で、高原君と付き合っていたのだ。なにを隠そう、僕は当時町原さんの事が好きだったのである。

 気分を一新して婚活しようというのに、ケチがついてしまった、と僕は思った。


 高原君がいるというだけで僕は学校を辞めたくなってしまったが、高いお金を払っているのでそうもいかない。仕方なく、僕は真面目に通い続けた。

 高原君は、高校生時代と変わらず、たまにサボったり授業中に寝ていたりしていた。授業で定期的にテストもあるのだが、参加したときには要領よくこなしていたようだ。

 僕は授業を続ける中で、一緒のクラスの阿賀多さんという女性を気になり始めた。阿賀多さんは、座った時に背筋が伸びているのが目につく細身の美人だ。見た目だけで、僕にとっては高嶺の花であるし、相手にされないだろうと最初は思っていた。

 僕は高原君のこともあって、なんだかもう婚活については内心諦めてしまう気持ちがあった。授業に集中しようと前の方の席にいると、阿賀多さんと一緒になる機会が多かったのである。そこで一緒にグループワークをすると、真面目すぎるくらいで発表などが苦手だということがわかった。

 次第に、彼女が前の方の席に座ることを皆わかってきて、彼女が前の席に座る時だけ前にくる男性が何人か出てくるようになって、僕が一緒になることも減ってしまったのだが、それで一つ望みをかけてみる気になったのである。


 この学校では、デートの申し出などを学校の事務局に提出して行う事ができる。男性も女性も、事前にNGの届け出を出すこともできて、その場合には事務局で穏当な断りをしてくれる。これの良いところは対面して行わないので、申し込みもしやすいし、断りもしやすいところだった。

 僕が事務局に届け出を出した帰りに、高原君とちょうど出会った。

「あ、三笠君。悪いんだけど、ちょっとノート見せてくれない? 聞き逃しちゃったところあってさ」

 僕は一瞬断ることも考えたのだが口に出しづらく、結局了承してしまった。

 コピー機のあるコンビニに向かう途中で、高原君から婚活の話を切り出してきた。

「あ、そういえばさ。婚活どうよ?」

「いや、まだあんまりやってない」

「そっかー。オレはもう何人かとデートして、今後阿賀多さんにもデート申し込みする予定」

「へー、そうなんだ」

 その話をして、僕は急に不安になってしまって、落ち着かない気分になった。僕は自分も阿賀多さんにデートを申し込んだことは言えなくなってしまった。

 その日の夜になっても不安は抜けなかった。頭にあるのは、結局高校生の時と変わらない事になってしまうのではないか、ということだった。


 染みついた習慣なのか、嫌な気分であっても学校に通うことだけは続けていた。高原君はサボりも多くなってきていた。大金を支払ったとは言え、時間がたてばその重みも軽くなってくるようだった。

 その日の授業の後、事務局から呼び出しがあった。僕は重い気持ちを抱えながら事務局に向かったので、最初に聞いた言葉が信じられなかった。

「マッチングOKでしたので、日付の調整となります」

 その言葉を聞いた僕は、なんどか聞き返してしまった。


 後にデートで阿賀多さんに話を聞いてみたところ、男子からのデートの申し出はとんでもなく多かったらしい。初日から申し出が合った人もいたが、ちゃんと人を選びたかった阿賀多さんは、その時期に申し込みしてきた人をNGにしたらしい。

 もともと名前をちゃんと覚えた人から申し込みがあったら受けるつもりだったそうで、その唯一の人が僕だったらしい。当然、三笠君もNGだ。

「ちゃんと私と向き合って欲しいだけなんですけどね」

結局、阿賀多さんとはデートをしただけでお付き合いには至らなかった。しかし、そのことだけで僕の過去の思い出は解消されたようだ。

それだけで僕はいくらか素直になれて、授業を受けて惹かれた女性に申し込みをすると、案外するすると交際に至ることができたのだった。

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