36日目 私と彼女の百戦目

 双子の姉との人生三度目の大喧嘩は、中学校の部活が原因だった。私も姉も、吹奏楽部に入りたくて、使いたい楽器も同じくフルートだった。

 私たちはお互いに相手が邪魔で仕方なく、言い争いから始まり、最後にはお互いに気絶するまで首を絞め合った。

 それまでも、お互いの存在が邪魔で仕方なかった。勉強でもなんでも、同じ物を好きになったし、行動も似ていた。何をするにしても相手の存在を意識してしまうのは、結局のところ無駄である。一人っ子だったら不要な面倒だ。

 気絶から目を覚まして、私たちはお互いにボロボロの状態で、どちらとも決着をつけようと言い始めた。

 しばらく話し合いを行い、勝負を複数回行って負けたほうが自死する、ということに決めた。不出来な存在は永遠にいなくなれ、と私たちは思っていて、そしてそれは相手だ、とお互いに確信していた。


 最初は、まずは十戦して決めよう、ということになった。

 勝負の対象は、テストの成績もあれば、イラストを描いた結果の評価数というものも対象にしていた。対象を選ぶのは、さほど揉めなかった。私たちは、片側だけ得意とか、そういうものがあまりなかったからだ。

 それから私は、勝負に真剣に取り組んだ。友人達からは「なんでそんな本気なの?」と言われるほどだ。それは姉も同じだった様である。

 私たちは、お互いに相手をぶちのめそうと真剣だった。勝負の結果は自身の死と決められていたが、私たちは自分が死ぬ恐怖から努力を重ねるのではなく、絶対に相手を殺すという決意で動いていた。


 勝負は往々にして、時間を多めに掛けたり、何らかのヒントを掴んだり方が勝つ。そのため、勝負に勝った方は他の時間を割いてしまっているというわけで、次の勝負では負けることが多かった。

 最初の十戦は四勝四敗二引き分けで、勝負がつかなかった。

 次の十戦は一勝一敗四引き分け、さらに次は五勝五敗、と勝負はつかない。

 私たちはお互いに真剣で斬り合うような戦いを続けていたので、二人とも成績は最上位であったし、イラストもかなりの勢いで上達を続けていた。

「なんでそんなに上手くなれるんですか?」

 と、イラストやらに対して言われることがあったが、私たちは揃って「殺す気でやっているから」と答えた。

 聞いた相手は精神論だと思うのが常だったが、私たちからすれば冗談ではなかった。

 気を抜けば相手に出し抜かれるというプレッシャーからサボることはなかったし、相手の実力が近しいからこそ向こうの成長を感じ取る事も出来る。相手はいつまで経っても自分と同じような実力を持っていて、少しも隙を見せられない嫌な相手だった。


 勝負がつかないため、次は長めに期間を取り、百戦目で決着としよう、と言うことになった。

 そして今、勝負は九十八戦目にして、私が四十勝三十九敗十九引き分けになっている。二連敗さえしなければ良い状況で、優勢ではある。しかし、きっとそう順調にはいかないだろうと私はわかっている。

 九十八戦目は全国模試でのテスト順位での勝負だった。勝負はギリギリで、総合点で一点差での勝利だった。学校の中で私が一番、姉が二番である。結果が出たとき、姉は悔しさで震えていたが、私は喜びに打ち震えていた。

 私は良い気分のまま帰宅したかったのだが、放課後の呼び出しを食らってしまったので、仕方なく空き教室に向かった。

 そこには、クラスメートの男子が待ち構えていて、私の姿を認めると挨拶をしてきた。

 私としてはもう慣れた物なので、話を早めに誘導すると、案の定相手は付き合ってください、と告白してきた。

「最初に一緒のクラスになったときから、何に対しても真剣な姿が好きでした」

 私は、感謝の気持ちを相手に伝えた上で、断りの言葉を告げた。

「今はやらなきゃいけないことがあるから、そういうのは出来ないの」

「やらなきゃいけないことって?」

「真剣勝負」

 相手の男子は困ったような顔を見せたので、私は「本当なのよ」と付け足した。


 家に帰ると、姉がパソコンの画面を見せてきた。

 そこにはイラストコンクールの結果が表示されていて、私たちは二人とも奨励賞だったが、評価数では姉の方が上回っていた。

「九十九戦目は、私の勝ち」

「そうね」

 私たちの間に一瞬の無音が生まれた後、姉は言った。

「次の勝負、……引き分けのない戦いにしよう」

 私は一瞬目を閉じて、それから答えた。

「えぇ、私も、そうしたいと思っていた」

 私と姉は無言で視線をぶつけあう。

 百戦目が、始まる。

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