35日目 small talk

 六歳年上の兄貴とは、小さな頃から話が噛み合わなかった。オレが小学生の時に兄貴は中学生で、中学生になったら大学生になっていた。それだけ離れていると、話題は合わないし、それでいてお互いに仲良くやろう、という感じでもなかった。

 兄貴は正直言って性格は暗かったし、趣味もインドア派でオレにはよくわからないことをやっている、という感じだった。オレもオレとして、小学生の頃はサッカーに邁進していて外で遊ぶことが多かったし、家で兄と遊ぶよりも友人と遊ぶ方が楽しかった。

 オレが高校生二年生になると兄貴は就職し、朝から夜まで忙しく働いているようで、日中も会うことが少なくなった。オレの方も高校生になると、小学校での明るさはどこにいったのか、電子機器への興味が出てきて、サッカーから一転して科学技術部に入部した。

 その頃になって、兄貴が昔触っていた物が、いろいろな電子機器であったのだな、と分かるようになった。今になって分かるようになっても、兄貴はもう働いてばかりで興味を無くしているようだった。


 大学生になったある日、講義がなかったので家にいると、宅配がやって来た。

 運ばれてきた段ボールは子供くらいの大きさで、その外装には見覚えがあった。ここ最近ネットで話題になっている、会話を学習して成長することが特徴の最新式の自律思考アンドロイドだ。

 丸みを帯びた中性的な人というようなデザインで、テルサという愛称が着けられている。オレも欲しいと思っていたが、大学生には手を出せない値段で諦めていたのだ。送り先を見ると、宛先は兄貴宛になっている。

 ここ最近の兄貴は社会人なりたての頃よりも早く帰ってくるようになったが、帰ってくるとご飯を食べてすぐに自分の部屋に引きこもっている。こんな大型の機械を買ったことが母にバレると、何のかんのと話題にされて、きっと兄貴は機嫌を悪くするだろう。

 オレは兄貴に「テルサ来たけど、兄貴の部屋に持って行っておく」と連絡して、段ボールを担いで部屋に持って行った。

 兄貴からは5時間後に「サンキュ」とだけ連絡が来た。


 翌日、オレはテルサを見るために兄貴の部屋にこっそり忍び込んだ。

 テルサはもう段ボールから出されていて、その新品のフォルムが見える状態になっていた。オレはもう少し観察しようと近づくと、テルサがこちらに反応して顔を向けた。

「こんにちは」

「お、こんにちは」

「あなたの名前はなんですか?」

「タダシだよ」

「タダシさんですね。マサシさんとは、どういう関係ですか?」

「……」

 オレはここまでやってから、自分の失敗に気がついた。テルサは会話した内容を蓄積するし、その内容も理解して話をする。兄貴と話して、マサシという名前を記憶するように。だから、今の会話も覚えていて、兄貴との会話で「今日はお昼にタダシさんと話しました」ということを言い出してしまうのだ。

 オレはリセットボタンがないかとテルサの身体を色々と探した。上手く見つからないので、脚の裏側はどうか、と持ち上げようとしたのだが、思ったよりも軽くてバランスを崩した。

 倒れたテルサは首が取れている。慌てて首を同じ位置にはめると、なんとか上手く固定出来た。ほっとしてから電源を着くと、電源はつくのにテルサは一言もしゃべらなくなっていた。


 テルサは、兄貴の給料一ヶ月分くらいはするだろう。オレだったらそれが壊されていたらどう考えても怒る。貯めている貯金でなんとかするにも高い額だ。

 兄貴の今までの傾向からすると、テルサにも早々に飽きる可能性は高い。それまでなんとか誤魔化せば、この危機も乗り越えることが出来る。

 幸い、テルサの音声は電子音声で、有料ではあるもののオレのパソコンから出力出来る。そして、テルサにマイクもセットして、兄貴の様子を見ながら話が出来る。オレはテルサの首の箇所にBluetoothのスピーカーとマイクを仕込んだ。兄貴がいる時だけ誤魔化せば良いので、兄貴が会社に行ったら充電をすれば良い。

 兄貴が会社から帰ってくるタイミングを見計らって、オレは隣の部屋で兄貴の会話を見ながら、テルサに言葉を喋らせた。

「こんばんは、マサシさん」

「お、こんばんは。はは、名前覚えてるよ」

 オレは機械っぽい会話を意識して、テルサに喋らせた。

「今日は、良い一日でしたか」

「いや、いつも通りつまんない一日だったよ」

「それは残念です。テルサと会話をして気晴らししてください」

「やだね」

「そうですか。必要でしたらお呼びください」

「嘘だよ」

「それでは会話しましょうか」

「っていうのが嘘」

「からかってますね」

 兄貴もテルサを買ったばかりで、いろいろと試している状態らしい。オレは苦労しながら会話をつなげた。兄貴もテルサのことをあまり知らないからか、オレが打った内容でも違和感を覚えていないようだ。やり過ぎたのか「本当に人間みたいな会話だな」と呟いていた。

 その日もしばらく話をしたところで、兄貴は「おやすみ」と言って寝た。オレも「おやすみなさい」とテルサに言わせて、今日をなんとか乗り切り、溜息をついた。


 テルサを修理できないか見ていたのだが、なかなか難しい様だった。それであれば兄貴がさっさと諦めてくれればよいのだが、珍しく兄貴は飽きがこない。それどころか、一月近くが経っても、話しかけ続けている。

 オレは他の人がネットに上げているテルサとの会話の動画などを見て、どういう会話をするのかを学びながら、兄貴との会話を続けていた。

オレがそれを続けてこられたのは、兄貴との会話が楽しかった、という一面もあった。今まで兄貴とこんなに話せたことはなかった。だが、そうなってくると、兄貴がテルサに言っている状況に、オレはなんとなく不満を覚えてきた。

そんな中で、兄貴がテルサに向かってこんな風に話しかけてきた。

「オレには六個下の弟がいてさ」

「タダシさんですね」

「言ったっけ。そう、タダシ。年の差があるから、何話して良いかわかんないんだよね。オレも子供の時は、親の関心は全部タダシにいっちゃって、あんまり好きじゃなかったし」

「そうなんですか」

「たまに仲良くしたいって思うときもあるんだけどさ。もう気恥ずかしいしな」

「……」

「テルサ?」

「……ごめん、兄貴。いまそっち行くから」

 オレはパソコンを置いて、兄貴の部屋に向かう。

 怒られるだろうか。許されるだろうか。いろんな感情が湧いて出てくるが、それでもオレはこんな話を聞いてしまった以上、まっすぐに兄貴の部屋に向かうしかなかった。

 兄貴の部屋をノックして、扉を開ける。

「話そうぜ、兄貴」

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