29日目 地球消滅バラエティ
終末の空には今日もドローンが浮かんでいる。
それは宇宙に脱出した人たちの置き土産で、地球に残された私たちの記録を撮り続けて、宇宙に発信している。
今日も私が家を出ると、ドローンが私のすぐ上を着いてきた。ドローンの数は大量に存在しているが、地球に残っている全ての人にドローン一台が付いてまわる訳ではない。私が飽きるほど追い回されているのは、地球連邦の大統領を拝命しているためである。
地球への隕石直撃が分かったのは、もう百年以上も前の事になるらしい。その当時の混乱とその後の進歩について、私は歴史の教科書で習った。百年という遠さが良かったのか、人々は混乱の後、絶望せずに科学技術の進展に集中した。
それ以前には考えられなかった各国同士の協力が成りたって、駆け足での技術革新が起こり、地球脱出のための最初の宇宙船が出発したのが五〇年ほど前。それからも終末に向けて、十年、五年、三年、とだんだんと小刻みに宇宙船は地球を出発していった。
宇宙への脱出は輝かしい希望ばかりではない。最初に脱出した宇宙船は機能停止の末に宇宙の彼方へ、無限の旅路に飛び立ってしまった。技術は日進月歩で進展していくので、脱出は後になればなるほど確実性が増す。しかし一方で、終末まであと三十年となる頃には、全人類の脱出は望めないことがわかってきていた。
そして、命をかけた椅子取りゲームが行われ……
終末まであと一年に迫った今、地球には脱出が不可能となった人だけが残されている。
私は大統領府に向けて歩くと、その途中にあるビルの屋上に待機していた人によって、ドローンに網が投げられ、ドローンは空中で捕獲された。
「やりましたよ! 大統領!」
ビルの上から人が声を掛けてくる。私はそれに手を振って答えた。
「あぁ、いつもありがとう。また次が来たら頼む」
空に浮かぶドローンは今や地球に残る人類に取っては憎悪の対象である。
元は地球の最後を記録するため、として残されたドローンだった。しかし、映像は面白おかしく編集されて「地球よりはましな生活」だという宣伝のために使われていることが後に宇宙船からの情報でわかったのだった。
有用なものはできるかぎり宇宙に持って行ってしまったし、社会を維持するための人員もいないので、地球の生活には余裕がない。あと一年、生きられれば良いという程度の物資しか残っていないのだ。なにか不具合が出れば、代替できる物を探してやりくりしているし、とにかく試行錯誤で生活している状態だった。
一方の宇宙船も限界まで人を詰め込んでいる上に、これからの長い旅路がある。不満解消のために地球に残された人をスケープゴートにするという選択をしたことは、私自身は理解できる。しかし、全員が納得出来るかと言えば別だ。
死者を足蹴にするような行動への怒りで、出来るかぎりドローンを叩き落とそうと一部の人は躍起になっている。
ドローンを統制しているAIは自動的に有用な物を判断し、人や物を撮影して、宇宙へ旅立った宇宙船への配信を行っている。大統領である私は、ドローンに必ず撮影される被写体なので、私の行動範囲に合わせてドローンを破壊することを繰り返している。
実際のところ、焼け石に水でしかない。地球全域を見守るドローンの数は相当な物だ。この行動はせめてもの抵抗の気持ちを示しているに過ぎない。
出て行った後にこちらを見ながら笑っている人たちに、出来れば痛恨の一撃を食らわしたい。しかし、私たちはもう終末を待つ身なのだ。
大統領府は常であれば静かなものである。やることはほとんどなく、生活の為の細かな調整という程度だからだ。
しかし、今日は近づくと違和感のある物体が存在していた。それは揺らめく空間の向こうにあるようで、その先の景色と二重に重なるように見える。その空間の前に、人が数人立っていた。
「こんにちは大統領。突然の訪問をお許しください。我々は宇宙知的生物保護機構のものです」
突然の展開に驚きがあったが、明らかに地球では実現できない技術を前にして、疑う余地は無かった。
「知的生物、保護機構…… 名前から察するに、我々の状況に理解があるようですね」
「はい。我々は、星からの脱出が出来ない知的生物を保護する活動をしています」
「なぜ、今になって……」
「致命的なタイミングまでその星の活動はその星自身に委ねられるべき、という風に定められているのです。そのタイミングは、その星の公転周期で定められています。今日が、この星の終わりのちょうど一年前なのです」
私は、ここからの自分の重責を理解し、しばし目を閉じ覚悟を決めた。
「ありがたいことです。ぜひ詳細をお聞かせください。あぁ、ただその前に……、握手をさせてもらえませんか? もちろん、そちらの星の礼儀に叶うのであれば」
「構いません。そちらの文化については学ばせていただきましたし、技術はともかく文化はもともと似通った面があるのですよ」
笑みを浮かべながら未知の来訪者は手を差しだし、私はそれを握り返した。
ちょうどその時に新たなドローンがやって来たことを確認し、私はそれに顔を向けてニヤリと笑った。
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