28日目 代理ワーク

 会社から端末が支給されてリモートワークが出来るようになったが、監視ツールが入っていて、十分ほど席を立つと分かるという困った仕様になっている。こんなのでは、おちおちタバコだって吸えやしない。

 しかも、今は家に不登校の次男がいて、その世話もしなければいけない。会社に行かなくていいからといって、まったく楽にはならないのだ。同僚とも愚痴を言い合っていたのだが、上司は全く取り合ってくれない。

 しかし最近、オレは上手い解決策を見つけた。


 そのやり方に気がついたきっかけは、休憩時間に寝てしまって、タバコを吸いそこねてしまった時のことだった。時間的にはすぐに仕事を再開しないといけないが、タバコを吸わないとやる気が出るはずもない。

 とりあえず立ち上げるか、とパソコンを立ち上げたところで、一人で飯を食べている次男を見つけた。

「おい、ちょっとご飯やめろ」

 オレは次男をオレが座っていた椅子に座らせた。

「ちょっとここ座ってろな。画面が変わりそうになったら、このマウスを動かしゃいいから」

 次男は何も言わずにコクンと頷く。「変な事するなよ」と言い含めて、オレはベランダにタバコを吸いに行った。

 タバコを吸って戻ると、次男は何も言わずにマウスをいじっている。こんな風に元気がないから、学校にも上手くなじめないのだ。

「ほら、もういいぞ」

次男をどかすと、監視ツールも問題無かった。その後、同僚に聞いたり、試してみたりすると、どうやら監視ツールではマウスを動かしているかどうかと、人がいるかどうかだけを見ているらしい。

 それから、席を外すときには次男を置いておくことにした。どうせ不登校でやることもないのだから、家の役に立つ分にはいいだろう。


 しばらくそんな風にしていると、ある時次男が「これってなにをしているの?」と画面を指さした。

 今やっている仕事は、頭を使うまでもない単純作業で、エクセルにデータを打ち込むだけの仕事で、眠気をこらえるのが大変だった。

 よい事を思いついたオレは、次男に「仕事手伝ってみるか?」と尋ねる。次男はまんざらでもなさそうだ。

 オレは簡単に説明して、続きの作業をやらせてみることにした。意外に根気よく作業を続けるし、間違いも少ない。なかなか悪くないことが分かったオレは、次男に仕事を任せてネットサーフィンをすることにした。


 一度任せ始めると、他の仕事も任せられるのではないか、という気がしてきて、オレは次男に少しずつ仕事を任せていった。定例的な作業も手順書通りに実施するだけだし、メールも決められた文面であればやり方を教えれば対応できる。

 次男はこの前来た新人よりもよっぽど理解が早かったので、教えた所は丸投げすることが出来た。オレは余った時間でタバコを吸ったり、寝たり、遊んだりする時間が増えた。

 さすがに声を出したらバレてしまうだろうが、web会議でも発言が不要なものであれば、次男だけで対応できる。

 朝起きて、リモートワークの端末をセットしたり片づけたりするのも任せると、オレは存分に寝坊することができるようになった。


 ある日、リモートワークではなく、出社が必要なったので、重い身体に鞭打って出社した。

 会社につくと、隣の席にいる若い女性社員からお礼を言われた。

「この前のやつ、ありがとうございました! 助かりました」

「えぇと、なんだっけ?」

「整理の表を作った奴です。急いで対応してもらったんで、なんとか間に合いました」

 さらに、上司との打ち合わせに参加するとそこでも、褒められてしまった。

「最近は仕事に熱心に取り組んでいるね。正直言って、テレワークでサボりがちになる人は多いんだけど、君はむしろ普段よりも仕事のスピード速いくらいで見直したよ」

「はぁ」

「ちょっと今度大きめの仕事をお願いしようと思っているからね。期待しているよ」

 オレはなんとも言えず、曖昧に肯定をしておいた。


 このままリモートを続けてくれれば安泰だな、と思っていたのだが、家に帰ると次男が「今度学校に行こうと思う」と言い始めた。

「突然どうしたんだ?」

「お父さんの会社の仕事をしていたら、案外できるなって思って。小学校も大丈夫な気がしてきた」

 次男はここ最近仕事をすることで、徐々に活動的になってきたようだ。それは喜ばしいのだが、オレはここ最近仕事を任せきりにしてしまっていた。急に仕事をすることになって大丈夫だろうか。しかも、これから新しく仕事が来そうになっている状態なのだ。

 オレは悩みながらも、「学校頑張れよ」と次男に告げた。

 そこからは、意地である。オレは休憩する間もなく、残業をしながら必死に仕事をこなすことになった。

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