27日目 悪趣味の家

 飲み屋巡りが趣味だったので、ある時期一人で一日に何軒も回るという事をしていた。そんな生活をしている中で、同じような趣味を持つ鍋島さんという男性と仲良くなった。

 鍋島さんは会社の経営者で、有り体に言えば成金であった。なかなか気前も良く、何度かおごってもらったり、大学生のオレでは手を出せないような店に連れて行ってくれたりしてくれた。

 鍋島さんのもう一つの趣味について知ることになったのは、ある日酔い潰れた鍋島さんを自宅に送っていったのがきっかけだった。

 酔った鍋島さんから、なんとか住所を聞き出してタクシーに一緒に乗ると、たどり着いたのは不思議な形をした家だった。表現するならば、プリンが揺れた所をデフォルメしたときのように、うねうねとした形をしていたのである。

 歪んだ形をした表札に「鍋島」と書かれている事を確認して、曲がりくねっている上に少し膨らんでいる扉を開けると、中にある廊下も歪んでいた。


 次に会った時、鍋島さんは謝りながら「家見てびっくりしたでしょ」と言った。

「そりゃもう。思った以上に自分が酔っているんじゃないかって、不安になっちゃいましたよ」

「はは。いや、別にあんな風な家が好きって訳じゃなくて、実は趣味なんだ」

「趣味?」

 詳しく話を聞くと、鍋島さんは好きな風に家を建てるのが趣味なのだ、と語った。

「最初に家を建てた時に、家ってどんな家にするか考えている時が一番楽しいなって思ったんだよ」

 金持ちにしかできない趣味だな、とオレは思ったが、その気持ちは分かる部分もあった。

 鍋島さんが言うには、その趣味を始めた頃は住み心地が良い家をイメージして作り、作った家がいくらで売れるのかを見て喜んでいたそうなのだが、最近は妙なこだわりで作ることにハマっているらしい。

「昔は本当に建てるだけで建てて売っちゃってね。でも、最近は一定期間住むようにしているんだよね。やっぱり少し住まないと善し悪しが分からなくて」

 その後、作った家の話を聞いていると面白そうに感じてしまい、「良ければ、僕も一定期間住んで感想言いましょうか?」という話になってしまった。


 それから鍋島さんが設計した家に二、三ヶ月程度住む生活を始めた。鍋島さんからバイト代を出そうかと言われたがそれは断って、引越し代金と家賃だけ出してもらうことにした。飲み屋でかなりおごってくれているので、その恩返しという気持ちもあった。

 最初に住んだ家は階段がない代わりに、真ん中に透明なエレベーターがある家だった。一階から三階までの吹き抜けをエレベーターが通っているのは、見た目はなかなか良かった。しかし、移動が面倒なことには変わりが無い。階段はつけないというのがこだわりなのだと熱弁する鍋島さんに、せめて滑り台をつけてほしい、とオレは反論した。

 その後にもいろいろな家に住んだ。どの部屋も立方体になっている家、天井が低い家、出入り口が五カ所もある家。鍋島さんのこだわりで、どれもこだわっている部分以外は住みやすいような工夫がされていて、絶妙に「これじゃなければなぁ」となるものになっていた。


 そんな中でオレが今住んでいるのは鍋島さんが作ったアパートの一室だった。アパートには四部屋あり、どれも特色があるらしい。

 オレの部屋の特色は普通ならば居住スペースにあたるところにお風呂がある家、というものだった。オレがもともと住んでいた1Kの部屋に近い形をしていて、入ってすぐの廊下にキッチンがあり、まっすぐ進んだ広い部屋が浴室になっているのだ。広い風呂と狭い風呂があり、広い風呂はちょっとした銭湯くらいあった。初日は広い風呂にお湯を張って、その贅沢さに感動した。だが、それ以降は狭い風呂ばかり入っている。

 風呂が広い代わりに、居住スペースは狭い。普通の家の洗面所と浴室の位置が生活の中心になる。収納は工夫が凝らしてあるので、住めなくはないがそれでも苦しい。ご飯は浴室に小さな机を持ち込んで食べている状態だった。

 しかし、部屋以外に嬉しいことがあった。隣に住んでいる女性に一目惚れしてしまったのだ。オレよりも少し年上なのだが、おかしな部屋のアパートに住んでいるという繋がりで、会うたびに軽く会話をするようになった。

 オレとしても、今後に少し期待してしまう、そんな話を鍋島さんに言うと、少し悩ましげな表情を見せた。

「どうしたんです?」

「うん、あのアパートは、君の部屋はお風呂だったけど、隣の部屋は……トイレなんだ」

 オレはしばしの葛藤の後、この恋を諦めることにした。

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