19日目 エンドレス六月

 激務だった六月はあまりにも長かった。平日は夜遅くまで働き、休日は寝て過ごすような日々を何度も繰り返していたのだが、ふとカレンダーを見るとまだ六月十日だったので、さすがにおかしい事に気がついた。

 どうやら私は六月から抜け出せなくなっているようで、六月三十日の夜を過ぎると六月一日に変わっている。そのことに気がついた時には、もう既に何度ループしているのか分からない状態だった。


 ループに気がついた後、ゆっくりと対策を考えたかったのだが、その時間は取れなかった。

 六月は、七月末にあるリリースに向けて、職場が大忙しだったのだ。猫の手も借りたい、という状況だったので、新人といえども懸命に働かされた。先輩曰く、帰れる日があるだけでも優しくしている、とのことであった。

 採用された直後の三ヶ月は試用期間ということになっているので、ループする前には、とりあえず六月さえ乗り切れれば、と考えていた……気がする。ループが一日で終わるならともかく、一ヶ月スパンは長すぎた。ループの一ヶ月間、忙殺されていることもあって、過去の事は急激に遠くの出来事となっていった。

 試用期間ということもあって、有給休暇は取ることができない。しかし、6月は祝日もない。私は無休でも良いので、とにかく一日休みを取って状況を確認したかったのだが、「休みたいなら休んでも良いけどさ。今、試用期間ってことわかってる? 」と言われてしまい、引き下がる事しかできなかった。

 その時の私は東京に出てきたばかりでお金もないし、友人もいなかった。地元の大学を卒業したばかりで、特にお金が稼げる知識があるわけでもない。少なくとも二十日の給料日まではいないと生活が出来なくなってしまうし、もし会社をやめた状態でループが終わってしまえば、来月以降の生活が立ちゆかなくなってしまう。


 職場の仕事は、ループしても楽になることはほとんどなかった。そもそも、私はまだ業務に関する知識も、使っているプログラムに関する知識も知らないので、任される仕事は単純作業であったり、肉体労働であったり、知っていたからといって手間が省けるものではなかったのだ。

 創作物であれば、先の予定を知っていることを利用して何かするのだろうが、余裕もないし、ほとんど使うことができなかった。それに、日々の違いを見つけてループを脱出するきっかけを掴むのだろうが、期間が長すぎたのと、忙しいのとでほとんど覚えてられなかった。たとえば、六月二十四日は電車の人身事故で電車が止まるのだが、毎回電車が止まって変えられなくなるタイミングで気がつくという有様だった。


 私の精神は、祝日も休みもなく働き続けることで、だんだんと疲弊していった。なによりも辛いのは、ゴールが見えない状況であることだ。職場の皆は、七月末さえ終われば、と合い言葉のように言いつづけていたが、私はそこにずっとたどり着けないのだ。

 私は酒に溺れたりしながら日々をしのいでいたのだが、六月二十四日に電車の前にとびこみそうになって、このままではいけない、と自覚した。

 その頃には、職場での日々をなんとかやり過ごすことしか出来ていなかった。仕事も最低限こなすというような状態なので、もはやループから出られるならば、会社を辞めてしまっても問題ないという気持ちになっていた。とにかく会社を辞めようと決意して上司に相談すると、引き留められることもなくもう7月からは来なくて良い、と言われ、残り数日は大した引き継ぎも送別もなく過ぎていった。

 六月三十日は、少しだけ特別である。抜けられるのでは、という期待と、もしループするのであれば節約する意味が無いので、私は高い酒を飲んだり、風俗に行ったりと豪遊した。

 翌日、二日酔いで頭が痛む頭を抱えながら、スマホを見ると七月一日になっていた。

 とりあえず顔を洗おうと鏡を見ると、そこには貯金もなく、友達もいない、無職の三十八歳がいた。

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