18日目 金曜ロードショーの夏
ぼくは夏休みの間、北鯉谷第五マンションの301号室で暮らしていた。そこにはぼくと同じく小学生が3人と中学生が何人か一緒に暮らしていた。僕たちはそこをグリフィンドールと呼んでいた。
ぼくがいた所と似たような場所が3カ所あって、僕の所と北鯉谷グリーンハイツは自分のところがグリフィンドールだと主張していて、相手のことをスリザリンと読んでいた。もう一つは鯉谷スプリングハイムで、そこにはバカな連中ばかり集まっているのでハッフルパフと呼ばれていた。
中学生は大人に連れられてどこかに行ってしまうので、たいていは小学生の三人で一緒に過ごしていた。小学生組のリーダーは、おでこに傷があるのでハリーと呼ばれていた。もう一人は眼鏡だからコナンと呼ばれていて、僕はカルキンと呼ばれていた。
カルキンと名前をつけたのは、ここにいつの間に混ざり込んだぼくを見つけて、話を聞いてくれたおっさんだった。
おっさんは強面で威圧感がある。僕を乱暴につかまえて別の部屋に引きずり込んだ時には、おしっこを漏らしそうになったほどだ。
部屋に引きずり込まれて、椅子に座らせられた後、「親はどうしたんだよ」と聞くおっさんに、ぼくはこんな風に言った。
「朝寝坊したと思って起きたら、家に誰もいなかったんだ。多分、親は多分、今は親戚のところだと思う」
それを聞くとおっさんは笑って、「ホームアローンみたいだな」と言って僕がここにいることを許してくれたのだった。カルキンというのはホームアローンという映画の主人公の名前らしい。
「薬物やった奴だから覚えているんだ」
と、おっさんは言っていた。
ここの部屋で過ごすためには、仕事をする必要があった。おっさんだったり、中学生だったりに言われてパシリをするのが主な仕事だった。おっさんが連れてきた女の人と一緒にマンションからマンションへと移動したり、なんだかよくわからない袋を運んだりすることもあった。袋を持っているときに声を掛けられたら、「知らないおじさんに持っていけと言われた」ということがルールだ。
おっさんに言われて変な男の人と一緒に中華料理屋に連れて行かれる仕事もあった。そこでは旨い料理を食べられるので、僕はその仕事が好きだった。一緒に行く男の人も気前が良くて、お小遣いとして千円くらいをぽんとくれたりしてくれるので好きだった。
仕事が無いときには別の部屋にいるマコさんがご飯を作ってくれる。マコさんのご飯は別に美味しくはないのだが、みんなで一緒に食べるご飯は楽しかった。
マコさんの部屋の奥には、個室があって、そこにはお姉さんがいる。最初のうちはご飯を渡しにいくだけだったのだが、だんだんと慣れて、ぼくはお姉さんの部屋に入り浸るようになった。マコさんの部屋は冷房が効いているのもの良かった。僕たちの部屋は冷房禁止だったのだ。
お姉さんも最初は暗い顔で笑顔は見せなかったのだが、一週間もすると次第に慣れてきたようだった。
ぼくたちがハリーだとか、コナンと呼んでいるのを不思議がって、由来を聞いたら爆笑していた。僕はお姉さんを爆笑させられたのなら、このあだ名も意味があったな、と思った。
「それなら私はラプンツェルかな」
お姉さんはそう言っていたのだが、呼びにくかったので、ぼくらはセンと呼んでいた。お姉さんの名前の漢字が鮮にしか見えなかったからだ。本当はアザミというらしかった。
ハリーもコナンも、もちろん僕も勉強なんてしたことがないくらいだったのだが、センは部屋でいつも勉強と運動をしていた。遊ぼう、とぼくたちは誘うのだが、センが一緒に遊んでくれることはなかった。
「あなたたち、夏休みの宿題は?」
ある日、センが僕らにそんな風に尋ねた。ぼくは「やってるわけないじゃん」と答えた。実際、それを言われるまで夏休みの宿題のことは全く思い出したこともなかった。皆も同じで、ハリーだけは宿題も入れたランドセルを持ってきていたのだが、当然なにも手をつけていなかった。
センは言った。
「ここ来たときに私が勉強見てあげるから。ハリーは宿題持ってきな」
「マジ? 言っとくけど、おれはそーとーバカだぜ」
「いいの。私も暇になったからね」
最初はぼくたち皆嫌がっていたのだが、お姉さんと仲良くしたかったので、しかたなく勉強に励んだ。
「君らのことをバカって言う人はね、君らにバカでいて欲しい人だよ。そいつがむかつく奴なら勉強しな。君らが頑張れば、そいつらは困る奴らだから」
お姉さんはそんな風に言って、実際ぼくらのことをバカにしなかった。
夏休みの半分以上をそんなふうに過ごしていたのだが、そんな日々も突然終わりを告げた。センが三階の窓から飛び降りたのだ。
周りに人がいる中だったので、その後すぐに警察がやってきた。警察がやってくるまでの間、いろいろな物を隠したり、水道に流したりしていた。警察が来た後、僕の存在に気がついたようで、おっさんはしまった、という顔をした。
実際、僕は他の物と同じく、隠しておかないといけなかったらしい。ハリーはマコさんの子供で、コナンはおっさんの子供。だが、ぼくは勝手に住み着いた子供だったので、誘拐されていたということになり、さよならも言えずに家に連れ戻された。
センは、僕と違ってちゃんと誘拐されていたらしい。部屋にずっといたマコさんは監視だったわけだ。それでも、よく三階から飛び降りたものだと思ったが、その後聞いた話によると、ぼくらに通報してもらうことも考えていたがあまりに覚えがよくないので諦めたらしい。
家に戻ると、残りの期間はずっと家の中で過ごすことになった。センと同じように三階から飛び降りれば外には出られるのだが、それをやる勇気は僕にはなかった。部屋に閉じこもっている間、僕はセンの言葉を思い出して宿題をこなしていった。
夏休みが終わった後に学校に行って宿題を提出すると、先生からは「宿題やってくるなんて、誘拐されて良かったんじゃないか」と言われる。クラスは笑いの渦が巻き起こったが、僕は笑わずにそいつらのことを見返そうと決意したのだった。
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