17日目 かわいそうだね?

「あぁ、なんて…… かわいそうに……」

 学校へ行く電車の中で、見知らぬおばさんがオレの手を掴みながら、そんなことを言う。

「な、なんですか……」

 戸惑うオレに対して、おばさんは涙を見せながら「ありがとうね…… ごめんね……」と言う。その様子を見た近くの人が、「やめなさい」と制止しながら、おばさんをオレから離してくれた。ちょうど駅に着いたところで、おばさんは下ろされるが、最後まで「ごめんなさいね…… かわいそうに……」と言いつづけていた。

 なんだったのだろう、と思いながら、なんだか申し訳ない気持ちで周りを見ると、見ながらこちらを妙な目で見ていることに気がついた。ただ変な人に絡まれて目立っただけではない、なにか罪悪感を持っているかのような……

 周りの人もすぐに目を外して、手許のスマホを見たり、目を閉じたりする。なにか変な感じだ、と思いながら、オレも普段通りスマホをいじり始めた。


 駅で彼女の沙織と合流すると、一緒に学校に向かう。沙織とは、つい先週付き合い始めたばかりで、朝に一緒に登校したり、昼を一緒に食べたりしている。今週末もデートの約束をしていて、オレは幸せの真っ最中という感じだった。

 沙織は美人だし、この田舎では名を知られている家柄で、告白されたときはなにかドッキリではないかと疑ったほどだ。どこで好きになったのかを聞いたら、高校に入った時から気になっていたということだった。誰でもいいから彼女が欲しかったオレとしては付き合うことに否はなかった。

「そういえば、今日さ。朝から変な人に絡まれてさ。おれを見て、かわいそうっていきなり言い始めて、テンション下がるよな」

「へー、なんか、前に聞いたことあるかも。電車にちょっと、変な人が出るんだって話」

 オレは内心少し気にしていたのだが、沙織の反応はあっさりしたものだった。オレとしても、そんなもんだよな、と思って、気にするのを止めた。

 沙織とは同じ教室であるのだが、クラスメートにはまだ秘密にしようという話をしているので、玄関のところで昼に会う約束をして別れる。うちは田舎であるが、高校にもなると生徒数はそれなりにいて、カップルもいくらかは存在している。だから、べつに広めてしまっても良いと思うのだが、秘密の関係というのもそれはそれで楽しかった。

 朝に一緒に登校するところを見られないように早めに来ているので、教室に行っても、まだ生徒の数は少ない。沙織は早く来ている友達とすぐに喋り始めた。教室での沙織は、恋人っぽいところを全く見せない。演技の巧さにオレは、女子って怖いな、と思うほどだ。


 教室では、仲の良い何人かで過ごす。その中には親友の邦彦もいる。邦彦は、小学校からずっと一緒の仲だ。高校はともかく小学校・中学校は生徒の数も少ないので関係が濃い。邦彦とはその中でも、ノリが合うというか、ずっと一緒にいても楽しい仲だった。

 授業の合間の時間にオレはふと思い出して、朝の出来事を話題に出した。

「今日さ、ちょっと早く来たら電車で変なおばさんに絡まれてさ。なんか噂になってるんだろ? 知ってる?」

「知らね。どんなのよ」

「なんか、オレを見て可哀想だ、って言ってきてさ」

 すると、友人達が「あー」と言いながら目を背けた。なんだその反応、と思っていると、邦彦が「実際、お前は可哀想な感じだからな」と言ってくる。

「てめぇ、どういうことだよ」

「人間として?」

 あくまで冗談っぽく邦彦が言うと、友人達も「そうそう。そうだよな」と追随してくるが、なにか妙な雰囲気になってしまった。


 その日は、部活も先生の事情とやらで休みだったので、オレは放課後暇になる。

「なぁ、今日帰り遊ばね?」

「いいな。でも今日は部活あるんだわ」

 友人達はそう言って去っていってしまったが、邦彦だけは「今日はサボるわ」といって一緒に帰ることとなった。

 邦彦がサボるなんて珍しかったので、何かあったのか聞いてみるが何でも無いと答えるばかりだった。

「それよりさ。せっかくだし遊ぼうぜ。最近はだれかが忙しそうだからな」

「へへ。まぁそうだな」

 彼女が出来たことは、邦彦だけには言っていたので、他の友人がいないのはちょうど良いかもしれない、とオレは思い直した。邦彦のリクエストもあって、カラオケに行って、適当に歌った後に、いろいろと付き合うことについての悩み相談をする。

 邦彦は「のろけ話なんて聞きたくねーよ」と、言うのだが、オレは一方的に話し続けると、邦彦も適当に返事をする。

 ただ、最後は真面目なのかふざけているのか、よくわからない雰囲気で邦彦は語った。

「ま、なんだ。すぐに別れることになってもショック受けんなよ。もともとお前とは釣り合ってないし」

「うるせ!」

「そのうち、合う人が見つかるよ。お前は良い奴だし」

「いや、なんでさっきから別れる前提!?」

 それから邦彦は元の雰囲気に戻って、「冗談、冗談」と笑った。


 邦彦が死んだと聞かされたのは翌日の事である。

 朝に目を覚ましたオレは、なんだか慌ただしい雰囲気を感じ取った。

 リビングに行くと両親が険しい顔をしていて、弟も混乱しているような表情を浮かべていた。

「おはよう。どうしたの?」

 おれが尋ねると、父さんから「とりあえずご飯食べていなさい。私は電話かけるから」と言って誤魔化される。

 朝ご飯を食べながら、玄関で電話している父さんの声に耳を澄ませると、断片的に声が聞こえた。

「……問題ないんですね。……誰が…………、…………あぁ可哀想に…………」

 父さんは何カ所かに電話を掛けたようで、朝ご飯を食べ終わったところで、父さんはリビングに戻ってきて言った

「邦彦君が亡くなったらしい。父さんは少し、行ってくるから、今日は家にいなさい」

 突然だったが、着いていきたいと言ってもそれは認められなかった。それどころか、さらに翌日、母方の叔父がやって来て、オレは強引に叔父の家で過ごすことになり、戻ってきた時には、邦彦の葬儀は終わっていた。

 戻ってきた学校では、ふと、遠くからおかしな目線で見られているような気がすることが増えた。友人達は気のせいだ、というが、それも信じられなくなってしまった。

 沙織とは一ヶ月後に別れた。別れ際に「沙織も何か知っているのか?」と尋ねると、「なんのこと?」と自然な表情で返されてしまい、それ以上はなにも聞けなかった。

 一度、邦彦に線香をあげようと、誰にも言わずに邦彦の家に向かったことがある。邦彦の母が出てきてくれたのだが、オレだと分かると表情がこわばり、何も言わずに扉を閉められてしまった。

 オレは閉められた扉の前で叫んだ。

「ねぇ、おばさん。邦彦は何で死んだんですか? オレがなにか関係あるんですか? わからないんです。おれには、わからないんですよ!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る