16日目 熱中禁止法
創作者にとって最も苦しいことは何だろう。面白いものが作れないこと、作ってもみてもらえないこと、……それも確かにそうだろう。けれど、僕は、つまらないものを作り続けなければいけないことではないか、そんな風に考えてしまう。
熱中禁止法は、正式名称を創作物による興味関心を制限する法律という。この法律はエンターテイメントを目的として作られる物、映画、小説、漫画、ゲームを対象にした法律で、その内容を制限する物だ。
この法律が制定された原因は、創作物が世の中に溢れて、それに熱中するあまり社会人生活を送れない人が増えすぎたことだった。そのことから、人の営みを阻害するような創作物には制限を与えるべきだ、と問題提起されたのである。今も昔も反対の声は大きいが、社会に出られず創作に浸ってしまう人のあまりの多さに、いまだ撤廃される気配はない。それどころか、むしろエスカレートしてきている有様である。
今の時代の創作者は不遇である。漫画家もその中の一人だ。商業誌での連載において、面白いと判断されたマンガは打ち切りとなる。日本で一番売れている週刊少年誌では、連載していた作品は軒並み打ち切りに追い込まれた。残っているのは、法律が出来る前から長期休載していた一作品だけである。
今では、打ち切りは面白いことの証明になっている。例えば、綿貫卯月という漫画家は、連載した三作品が全て一話打ち切りになるという伝説を残している。
一方で私は、連載を続けている漫画家である。連載を始めた最初は、打ち切りにされることを恐れていたが、今では打ち切りになぜされないのかを悩んでいる。
今では面白い創作物は、一般的な流通はされておらず、同人誌即売会で頒布されているというのが一般的だ。一話打ち切りの伝説を作った綿貫卯月も、同人誌即売会で百ページを超える本を出して、人気となっているらしい。
有名な一次創作限定の同人誌即売会は、あまりに人が集中したことで目をつけられ、開催が止められてしまったが、人々の熱は止まりはしない。これは漫画だけ出なくて、映画や小説も同じだった。
ファンレターを送ることも禁止となり、編集者からSNSで自分の作品を検索するのは禁止されていた。そんな中で連載を続けている私の唯一のモチベーションは、自分自身にとっては紛れもなく面白い作品であるということだった。
しかし、それもあまりに長く続くと揺らぎを見せ始め、私は自分を信じ切れなくなってくる。週刊誌に連載している私は笑われ物なのではないか、そんな気持ちが拭いきれず、私は禁止されていたSNSでの検索をしてしまった。
もう続きを描くのはやめようと思うんです、と編集者に告げると、考え直してください、と引き留められた。
「先生の作品を待っている人もいるんです」
「……本当はいないのかもしれない。実は、SNSで検索してしまったんだが、全否定された気分だったよ。私が面白いと思っているものは、間違っているのかも……」
編集者は、私のセリフにハッとした顔をして、申し訳なさそうな顔をした。
「先生! 本当に申し訳ない。」
「君が謝ることではないじゃないか」
「いや、先生が描くために必要なことをするのが編集の仕事ですから」
その後、落ち込む私を尻目に、気分転換に外に行きましょう、と妙に真剣な顔で言われる。、私は不審に思ったが連れられて外に出た。
近くの公園まで行ったところで、編集者が話し始めた。
「実はですね、今SNSでは逆の感想を書くようになっているんですよ」
「逆の感想?」
見てください、と編集者がSNSの画面を差しだす。そこには「主人公の過去で泣かなかった。伏線なさ過ぎ!」「今週は過去一番つまらなかったわ。この作品以外のために買っているといっても過言じゃない」とある。
今週号では、主人公の過去が明かされるところで、最高潮の盛り上がりに向けて秘密が明かされるところ、かなり気合いを入れていたところだった。
「よく見てください。伏線なさ過ぎ、なんて言葉として少しオカシイですよね。それに、こっちはこの作品以外の為に買っているといっても過言でないと言っているのに、ほとんどうちの作品の感想ばかりです」
「本当に…… いや、だとしても、なぜそんな……?」
「先生には黙っていて申し訳ないです。先生はSNSも見ないので、事情を知らない方が良いと思ってしまって。毎週全てをチェックしているわけではないので、少し込み入った設定の漫画であればこういった誤魔化しで騙せるんです。全部を守るのは厳しくて、うちの連載だと、一話目はどうしてもチェックが厳しいみたいなんですが」
編集者の言うことには、世の中のファン達は面白い作品をできるだけ残すために、必死につまらないアピールをしているらしい。
「とはいえ、普通に見れば暴言ですから、見なくて良いならその方が良いと思います」
私はそれ以降、描いていて不安になるときは、こっそりSNSを見てどこか違和感のある暴言に喜びながら、連載を続けたのだった。
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