14日目 親子になれない私たち
僕は子供の頃、山梨県の小さな村で共同生活を送っていた。自然豊かなその村で、同世代の子供と一緒に野山を駆けたり、住民皆で作った遊具で遊ぶ過ごす日々を過ごしていた。
その村には多くの大人がいたが、その中に僕らの”親”という存在がいるらしかった。後になってこの村に引っ越してきた子が言うには、子供はその”親”から生まれてくるらしい。
週末に話に来る導師に、それが本当なのかを尋ねると、その通りと答えが合った。そして、その上でこんな風に説かれた。
「ここの村では、大人は皆、父親であり母親で、子供はみんなの子供なんだよ。かつては、皆で助け合って過ごしていたから、親だけが絶対の関係ではなかったんだ。この村では、そういう良い関係が作られているんだ」
「わかりました。導師」
僕は導師に丁寧にお辞儀をして帰っていったのだが、実際には導師が言っていることが嘘であることは分かっていた。
大人の中には僕らの事を殴ってくる人だっているし、女の子に対して、イタズラをしてくる大人だっていた。話に聞いた”親”は、そんな事はしないはずだ。
きっと、僕の本当の親は鷹崎さんだろう。
鷹崎さんは遊び場近くに住む村の住人の一人で、いつも僕に優しくしてくれる。それに、鷹崎さんは他の大人と違ってちゃんと僕たちの話を聞いてくれるし、他の大人がサボりがちな地味な仕事をちゃんとやっている。僕たちの話を聞いて、遊び場にある全部の遊具のネジを締め直してくれたのは鷹崎さんだけだ。僕の親なら、こういう人がいい。
そう考えてしばらく過ごしていると、どう考えても鷹崎さんは僕に特別優しい。そう思って、僕は確信を深めていった。
山の遊具は大人達が頑張って作ってくれた物だが、大人達の自己満足みたいなものだと思う。まともに動かないものもあるし、一度作ってくれた後のメンテナンスをしてくれない。
だいたい、大人は目立った物を作るのは好きだけど、僕たちの本当に好きな事はしてくれないのだ。だから僕たちは、遊具を解体したり、勝手に壊れた物を使って別の遊び場を作って遊んだりしている。
太郎と一緒に、滑らない滑り台に上って、秘密の会話をしていると、太郎が実はと口を開いた。
「実はさ、オレの親って、鷹崎さんなんだ」
僕はそのセリフにショックを受けて、すぐに「そんなはずねーよ」と言ってしまった。
「なんだよ、それ」
「だって、鷹崎さんは僕の親のはずだから」
僕はそう言うと、太郎は頷いた。
「馬鹿だなお前。それなら俺たちは兄弟ってだけだろ。オレが5月生まれで、お前が12月生まれだから、オレの方が兄ってことじゃん」
太郎があっけらかんというので、僕は最初理解が追いつかなかったが、言われてみるとその通りだと納得した。
その後、子供達の中で話をしていくと、鷹崎さんの子供は何人もいるらしいことがわかった。その中には僕が嫌いな規人もいたが、僕が兄だと思えば不思議と嫌いな気持ちも薄れてきた。
鷹崎さんの子供達の中には、今までにはなかった連帯感が徐々にでてきた。僕たちは、他の兄弟を積極的に助けたし、まだ小さい子供に教えるのも率先して行うようにした。そういう風に行動していると、導師からは褒められるようになった。
僕たちがそういう行動をするようになったのも、鷹崎さんの行動を真似たからだった。鷹崎さんは導師の言葉に従って自分の事を親だとは話さないが、僕たちはそのことも理解していて、村にとって良く受け取られるように過ごしていた。
そんな風な日々がそのまま過ぎていくのだろうと思っていたが、終わりはあっけなかった。
小さい美衣ちゃんが他の大人の人に怒られたときに、鷹崎さんに「ママ、助けて」と言ったのがきっかけだった。美衣ちゃんは、大人達に問い詰められて、鷹崎さんが自分の親だと言うことを話してしまったのだ。そこから、子供達皆に確認が入り、うまくごまかせない子達は話をしてしまった。
大人達は鷹崎さんに対して「理念に反して子供達をたぶらかした」と言い、鷹崎さんは村の奥に隔離されてしまった。それでいて、僕たちには「みんなが親なんだよ」と言い始めたので、変な話だと思った。最初に優しくしてくれなかったのは、大人達なのに、優しくしてくれた人だけ引き離されるなんて。
僕たちは皆で鷹崎さんを助けようと、あの手この手を尽くしたのだが、それは逆効果だった。村では、僕たちに対する教育の見直しをすることになったが、大人達が自分たちの行動を見直そうとすることはなかった。
そんな流れの中、突然僕の前に親だという人が現われた。
その人はいきなり僕のことを抱きしめると、今まで寂しい思いをさせてゴメン、と言い、この村から出て行こう、と僕を連れ出そうとした。
僕は抵抗した。男の人の方はすぐに周りの人に怒る人だし、女の人の方は仕事を鷹崎さんに酷い罵倒をした人だった。それに、鷹崎さんの救出がまだだったのだ。
しかし、抵抗は無駄に終わり、僕は泣きながら車に乗せられて村から離されてしまった。
もうそれから十年ほどになるだろうか。
しばらく村の外で過ごしたら、連れ出した人が僕を産んだ親で、法律的な親なのだろう、というのは理解するようになった。鷹崎さんは、若い女性だったから、僕のような子供はいなかったに違いない。
しかし、それがなんなのだろう。僕にとっては今でも、鷹崎さんが親であるし、鷹崎さんのような大人になりたい、と思う。
だから、一緒に住んでいる人たちには言わないが、今でもふと鷹崎さんが元気に過ごしているかを思って、遠くのあの村の事を考えてしまうのだった。
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