13日目 二十世帯住宅

 杉浦家はかつて、その土地の名士という奴であったらしく、本拠地である都内のある地域に広い範囲の土地を持っていたそうだ。

 風向きが変わったのは、本家の長男がFXで失敗した時だったか、次男が怪しい詐欺にだまされた時だったのか、分家の方でやっていた会社が倒産したときだったか…… ここ何十年の間だけで、長年貯めていた資産をすっかり吐き出してしまったらしい。

 もともと本家の広いお屋敷があり、その周りにそれぞれの家があったそうなのだが、ある時に資産を整理し、もともとは貸す予定だったマンションに、杉浦家の一族は皆で移り住んだ。

 そんなわけで、今は杉浦家の一族二十世帯が今は一棟のマンションで過ごしている。マンションは当主の持ち物と言うことになっているが、賃料はとっていない。移り住んだ直後は、一軒家を買って出て行った人がいたり、逆にマンションに移り住んだ人もいたりしたのだが、ここ数年は現在の状況で安定してしまっている。


 私、杉浦茜は現在16歳になるが、物心ついたときからマンションの中に親族がいるというのが日常だった。私が生まれたばかりの頃は、次々と親戚が部屋に私を見に来たそうだ。

 親族の中で私は遅く生まれた子供で、服や遊び道具は、マンションにいる他の親族達のお下がりが多かった。私たち一家が風邪で全員寝込んだ時は、近くの敦子おばさんに助けてもらったこともある。

 しかし、そんな関係が長く続いたせいか、不満も多い。

 一番ストレスが溜まるのは、土曜日になぜか二階にある私たちの部屋に親族が集まり始め、飲み会が始まることだ。部屋の鍵は、もともと三階の敦子おばさんにだけ渡したはずなのに、今では皆がウチの部屋の鍵を持っているらしい。

 お父さんはお酒を飲まないのに、六階の真三さんや五階の久松さんがつまみを片手にやってきて、それから何人か増えて、みんなで世間話をして帰って行く。その後の片付けはうちの家族に残されているのだ。私はいつからか片付けを絶対にやりたくもなくなったのだが、お父さんとお母さんと片付けをしているのを見るのはもっと嫌なので、すぐに自分の部屋にこもるようになってしまった。多くの人がいる食卓が、幼い時には騒がしくて好きだったこともあったのだが、今ではなぜそんな風に思えたのかも分からない。

 勝手に部屋に入って来ること自体も、許しがたい事の一つだ。中学校の時に、部活から帰ってきたら遠い親族の十一階の達郎さんが私の部屋に入っていたことがあった。ゴキブリを見かけたように硬直してしまった私に対して、ごめんごめん、と言いながら達郎さんは部屋を出て行ったのだが、私はもう耐えられなくて、お父さんに言ってすぐに鍵をつけてもらった。


 私が嫌がっていることを両親は分かってくれているので、受験があるのでと言って、いくつかの関わりは絶った。そして、このマンションからの引越しを最近は真剣に検討している。

 父曰く、引越しは以前も何回か検討したことがあったらしい。その時は、引越ししようとしていることがばれると、あの手この手でそれを止めるように説得されたらしい。マンションの一番上に住んでいる当主の龍臣お祖父さんに父が呼び出されたり、日中に代わる代わる親戚が部屋にやってきて説得しにきたりしたそうだ。

 引越しの資料は、部屋に置いていると勝手に見られる可能性が高い。以前、棚の奥にしまっていた通帳を勝手に見られた事もあった。なので、引越し用の資料は私の部屋の鍵付きの引き出しにしまっていて、他の人が来ない深夜に家族三人で秘密会議をして引越先の検討をした。

 今回、引越しの事を周りに伝えてからすることは諦めた。新しい住居を決め、家電などはすべて新しくそろえることにした。誰にも言わずにこのマンションを出て行き、事後に業者に物を廃棄してもらうのだ。

 お母さんは、私の部屋の物をどれだけ持って行くか心配してくれたが、私は手で持って行けるもの以外は諦めることにした。本音を言えば、机やベッドも思い入れある物だったが、今の環境から抜け出す事を優先したかったからだ。お父さんの発案で、布団などは今まで使っていたものを新居に持って行き、新しいものを部屋に置いておくことにした。


 新居に移る日、私とお父さんは普通に学校と会社に行き、帰りに新居に向かうことになった。お母さんは、買い物に出かける格好でそのまま電車に乗った。

 新しい家に着いた後、お父さんから当主の元に引っ越ししたことを伝えて終わりである。当主からは「そんな夜逃げのようなことをしなくても、普通に言えば許したのに」と言われ、「失礼に過ぎる。とにかく帰ってきなさい」と何度も言われたそうだが、それに従うことはなかった。

 新居で、私たち家族は落ち着いた暮らしを始めることが出来た。親戚に気を遣わなくて良い年末はとても快適で新鮮だった。

 一年ほど経った後に、まだ繋がりがある親族から話を聞いたところ、その後マンションから次々と人が出て行って、今では六世帯しか残っていないのだそうだ。

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