12日目 礼アバター
友人達と一緒に徹夜でゲームをしていて、もう少しだけ続けようかと思っていると、そのうちの一人が「おい、メール見ろ」と言い始めた。
メールボックスを確認すると、遊び友達の具々木さんの葬儀のメールが届いていた。
「あー、亡くなったんだ」
「もういい年だから、って言ってたけど、悲しいな」
この前、具々木さん本人から、今度入院の予定があって、戻ってこられない可能性が高いと聞いていた。だから僕も驚きはなかったが、やはりショックは大きかった。僕にとっては友人の死というのが初めてで、色々と考えてしまう。
メールの中身を確認すると、葬儀はリアルでは行わずに、ウェブ上だけで行うそうだ。
「リアルじゃやらないんだな。まぁ具々木さんらしいか」
「礼装引っ張り出してこなきゃな。今のバージョン対応してたっけな?」
「やべ、オレ昔のやつ処分しちゃったかも」
仲間が口々にそう言い出すので、僕は尋ねた。
「やっぱり、礼装が必要なんですか。こういうの初めてなんですよ」
「一応必要ってことになってるよ。というか、お前はオークの野蛮人のアバターなんだから、絶対浮くぞ」
「それもそうっすね……」
とりあえずそう答えてから、新しいアバターを用意するお金があっただろうか、という不安がよぎり、僕は急いで確認することにした。
没入型のネットワークが発達したのは、ここ二十年ほどのことらしい。だいたい僕の年齢と同じである。没入型のネットワーク内では、よほど事情がある場合でもなければ、アバターが使われる。ゲーム以外でもそうで、お堅い会社でなければ、アバターで仕事をするようになるのが普通だ。
アバターはデフォルトのものや、簡単な設定で作れるものも存在しているが、こだわり始めると奥が深い。
僕もなにせお金がなかったので、どうにかしてこだわったアバターを作れないか、試行錯誤したものだ。たどり着いた結論として、アバターの自主制作を始めようと挑戦した。今の遊び友達と出会ったのは、その頃に色々教えてもらったのが最初の縁だった。ただ、結局、僕はアバターを作る前に小物の製作にハマってしまったのだったが。
ネットでアバターの礼装について調べてみたところ、やはり黒ベースの服装を着るのが一般的らしい。可能であれば、黒スーツにネクタイや、黒のドレスなどが良いそうだ。それに、数珠やハンカチなどの小物もあると良いらしい。
僕は悩んだ。というのも、僕が今使っているアバターは、結構な作り込みがされているので、服を着せるというのにも、それなりにお金がかかるのだ。一方で、適当なアバターにデフォルトの礼服を着せるだけなら、無料だしすぐに出来る。
僕はアバターのオークと向き合って、仕方ないか、と諦めた。
アバター業者の中に、礼装アバター専門業者というのがあるらしい。早速向かうと、向こうも慣れた物ですぐに見積もりを出してくれた。数珠なども勧められたが、そこは自分で用意できると断った。
数日後、具々木さんの葬儀の前日にアバターを受け取りに業者の所に再び出向き、データを渡されて試着をする。鏡を見せられると、普段はずるずるで汚れきった毛皮を着ているオークが、きちんとした黒スーツを着ているので面白い。
「サイズ感もちょうど良さそうですけど、どうですか?」
「あ、はい。大丈夫です」
そのままお金を支払いに向かうところで、職人さんに話しかけられた。
「しかし、いいアバターですね。自分が言うのも変ですが、丁寧な作りでしたし、もし後で違和感出てきたら、作ってもらった人に見てもらうってのも良いかもしれません。またウチに頼むと追加料金入っちゃうんで」
「あぁ、そうしたかったんですけど、……明日は作った人の葬儀なんです」
「あぁ、それは…… 失礼しました」
アバター業者を後にしてから、僕はホームに戻る。
葬儀の時にはアバターに感情を反応させる情動設定の項目をオンにするのがマナーらしい。設定を変えてみると、早速オークの目に涙が浮かんだ。いつもは情動設定をオフにしているので新鮮である。
具々木さんは昔から職人で、僕はお小遣いを貯めて具々木さんにアバターを作ってもらったのだった。鏡で表情を確認すると、自然で、かつオークの表情とも合っている、とても丁寧な仕事だ。
僕は自分で作ったハンカチを取り出して、静かに涙を拭った。
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