9日目 リモートワーク殺人事件

 事件が発覚したのは4月28日のことだった。祝日であったその日、グランドパレス401号室から異臭がするという電話が近隣の住民からあり、マンション管理会社が部屋の確認を実施することとなった。

 グランドパレス401号室は、丸谷章輔38歳の持ち家で、届け出されている電話への連絡や直接の訪問にも反応がなかった。やむなく鍵を開けると、異臭は明らかに室内からのものだとわかり、管理人はすぐに部屋の中で起きているであろう出来事を推察したという。

 異臭の元は風呂場で、死後かなりの時間が経った死体があり、そこで警察への通報が行われた。死体は身元を特定することが難しい状態であったが、状況から部屋の持ち主である丸谷のものと断定されて、捜査は進められた。

 しかし、その後におかしな事実がわかる。丸谷の職場に連絡したところ、丸谷は死体発見の前日にも仕事を行っていることが分かったのである。


 警視庁捜査一課の吾妻順平は妙な展開となった事件のことを考えながら筋トレをしていた。グランドパレス401で起こった事件は、当初は普通の不審死で事件性はないと見られていたが、ここに来て急展開が起こったために捜査一課が駆り出されることになったのである。

 だが、吾妻は事件の事で頭を悩ませる必要はないだろう、と考えていた。今回の事件の珍しさから、おそらくすぐに連絡があるはずだ、と考えていたからだ。そして、実際しばらく後に電話が入った。

「はい、吾妻です」

「もしもし。領家です」

 領家雅実は警視庁の中でも特別待遇の捜査官である。とある事件で身体に後遺症を負った領家は、現在では自宅からリモートワークで事件の捜査に参加している。

「グランドパレス401の事件の件で、お願いがあるのだけど」

「はい。今回オレは何をすれば良いんです?」

「えぇ、確かリモートワークのパソコンを押収していたでしょう。明日、グランドパレス401に持って行ってもらえますか。朝9時には家にいてください」

「了解です」

 吾妻が領家の指示を受けるようになったのはここ最近のことだが、もう領家とのペアを組むコツを把握していた。領家の指示は明確で、色々考えてのことであるらしい。そして、領家が動けない分の肉体労働だけすれば、事件は上手く解決していくのだ。

 考えるのがもともと苦手な吾妻からすれば、言われたことをやるだけというのは苦ではない。とはいえ、最初は戸惑いがあったが、すでにいくつかの事件で領家への信頼感を持っているので、既に迷いはなかった。


 翌日、吾妻は丸谷が仕事で使用していたパソコンを持って、グランドパレス401に向かった。到着すると領家から着信がある。

「着いたね?」

「はい」

 吾妻はGPSを渡されていて、仕事中は領家に常に位置を把握されている。

 そのまま部屋に入り、パソコンをセッティングすると、領家から「じゃあ9時55分まで待とう」と言われる。

 部屋の中にはまだ物が残っているが、死体の処理だけは終わっている。しかし、まだ残り香があるようで、吾妻は不快感で顔をなんどもしかめた。

「時間があるんで聞くんですが、今回の事件、結局どういうことなんですか?」

「うん。死体は丸谷で、事件性はない。死体発見の前日まで仕事をしていたのは、丸谷が残したプログラムだ。今は、それを実証しようとしている」

「なるほど」

 わからん、と吾妻は思ったが、とりあえず「犯人がいないなら楽でいいっすね」と答えた。

 そうこうしている間に、立ち上げていたパソコンが勝手に動き始めた。ブラウザが立ち上がり、自動でページが開き、ログインが行われる。並行して別のソフトが起動され、自動的に処理がされていく。

「丸谷がリモートワークで仕事しているところを誰かが見ているわけではない。丸谷の前職はかなり優秀なプログラマだったようだが、今の職場ではシステム保守の仕事で、丸谷の他にはパソコンに疎い人ばかりだった。実際、仕事はアウトソースされている部分も多いようだったよ。週報や月報まで自動作成しているようだったのは、逆にこだわりを感じるかな」

 領家の指示で、パソコンの動作内容を吾妻は確保した。

「メールも自動的に処理していて、定型的なものは自動化して、定型じゃない照会は一律“調査のために時間をいただきます”で返している。おそらく丸谷が亡くなったのは、先月の初め頃だろう。それ以前には、人の手が入った処理が見えるから」

「一月以上前ですか。ちょっと信じがたいですね」

「自動化の努力はしたのだろうが、周囲の無知につけ込んだんだろうね」

 しばらくして、証拠を確保したところでこの場所での仕事は終了となった。

「こういう事件が出ると、リモートワークの批判が出そうだ。やはり、職場にでないと把握できない、なんていう話が」

 リモートで働く領家は思うところがあるのか、珍しく思案していることをそのまま口にだしたようだった。それに対して、吾妻は言った

「オレは領家さんと仕事できて良かったっておもっているんで、リモートは必要です」

 そういうと、領家は微笑んだ。

「では、期待に応えられるように頑張るしかないな。吾妻君が戻る間に、状況を整理しておこう」

「了解です」

 吾妻は元気よく応えた。

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