8日目 睡眠労働

 睡眠労働によって、私は念願の不労所得を手に入れた。

 その内容は簡単に言えば、コンピュータが寝ている人の脳を使って仕事をするというものである。

 どのような仕組みなのかというと、睡眠時の人の脳にアクセスし、人間の瞬間的な判断能力、感性とでもいう部分を使うのだ。その判断は、例えるならば、絵を見せて綺麗だと思う感覚に近い。社会人であれば、資料を見て“しっくりくる”感覚が近いだろう。

 ここ数年で人間の脳内の仕組みに関する理解が進んできている。睡眠労働の元になった技術も、その成果の一つだ。最近の研究で、脳から記憶を引き出したり、考えたりすることを読み取ることは難しいことがわかっている。逆に脳にインプットを与えて、簡単なフィードバックを得るということが可能ということが分かったというわけだ。


 睡眠労働の流れはこんな感じである。

 まず、依頼者が日中に求める仕事の指示を与える。仕事の内容は基本的には資料作成が中心になる。資料を作る場合には、その作業のもとになるデータも与えておく。夜の間に、機械でデータを解釈し、寝ている人の脳による判断を踏まえて資料が作成される。翌日の朝には出来上がっている、という仕組みだ。

 仕組み上は、使用しているのは脳の領域のごく一部であるといわれていているので、脳への影響は軽微、ということになっている。ただ実際には、影響には個人差があるようで、睡眠労働をすると全く寝た実感を持てない人や、延々と仕事をする夢を見る人も多いらしい。

 また、判断能力も人によって個人差があり、すぐに判断が鈍ってしまう人や、正解を導き出す率が低い人というのもいる。そして、それは目を覚ますときの能力とは関連性がない、ということがわかっている。

 まだ実用化されたばかりの技術であるし、能力の測定というのもなかなか難しい。例えば、朝になって出てきた仕事の結果を、人が見て判断する、といった方法でしか計れない。そんなわけで現状は、意外にも仕事量が睡眠労働をする個人に依存するものとなっている。


 そんな中で私は睡眠労働の才能があるらしかった。睡眠労働してもすっきり寝ていられるし、私を通して出てくる仕事の結果は良い物が多いというのだ。

 普通に人間が行う仕事と違って、判断以外の部分はコンピュータで瞬く間に作成が可能なので、仕事の処理スピードも速い。結果的に、一人がこなしている仕事は膨大なものになる。睡眠労働への忌避感や、将来の見通しがつかないこともあって、給料は高額なものになっている。私の場合は以前働いて仕事よりも数倍高い。

 私は学生時代から要領が悪く、前の職場でも仕事が出来る方ではなかった。そんな経緯があるので、睡眠労働をしていて、しかも成績が良いというと、兄弟や友人からは馬鹿にされることも多い。しかしそんな相手も、給料の額を言えば反応が変わるのだ。


 私は念願の不労所得を手に入れた。しかも宝くじなどとは違って、ちゃんとわたし自身の能力に由来するものだ。良い収入が得られていて、日中の時間は自由に使うことができる。制限はちゃんと寝る必要があることくらいだ。

しかしどうしてだろう、時折何故か虚しさを感じるのだった。

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