7日目 ブサハラ

 朝の打ち合わせが終わった後、上司の大宮課長に「蔵前君ちょっといいかな?」と呼び出された。少し離れた会議室に入ると、すでに人がいる。

「こちら、人事部の南条さん」

 人事部ということで、私は心持ち背筋を伸ばし、どんな話が来ても良いように覚悟を決める。

「えぇと、今日はですね。蔵前くんに対して、ある話が挙がっていましてね。……私、人事部の方で、ハラスメント対策委員になっているんですがね。いろいろな話を伺うんですよ。」

 その言葉にずっしりとショックを受ける。私は過去の自分の行動に心を巡らせる。しかし、思い当たる所はなかった。

「そうなんですか。申し訳ないです。ただ、あまり、心当たりがないんですが……」

「ハラスメントっていうのは色々な形があるものですからね。本人が無自覚のケースっていうのも往々にしてあって、ですね。なかなか難しいんです」

 私の言葉に人事部の南条はピシャリと言う。言い訳のようで印象が悪かったかもしれない、と思いつつ、私は素直に受け入れる心構えをして、南条に尋ねた。

「それで、私はどのような事をしてしまっているのでしょうか?」 

「えぇ、誰、というのは話せないのですが、あなたの容姿がですね」

「容姿……ですか?」

「えぇ、あなた自身は、自分の容姿について、どう思いますか?」

 唐突な話に私は戸惑うが、南条はあくまで真面目な顔つきである。

「は、はぁ。どう、というと、まぁ、さほど良くはないと思いますが、普通より少し下という感じでしょうか」

「なるほど。このあたりの感覚も人に左右される部分が大きくありますからね。例えば、匂いなども人によって違うわけです」

「はぁ」

「だからですね。あなたの容姿が、こう目につくというか、あまり良くはない、と。それで仕事が手に付かない、ということなんですよ」

 私はその指摘に呆然としてしまった。

「蔵前さんにショックを与えるという事も分かっていましたが、会社としてはですね。社員全員の事を考えていかねばならないんですよ」

「いやいや、容姿のことはどうしようもない。そうでしょう?」

 南条にそう訴えかけるが、それまで黙っていた大宮が横から入ってきた。

「蔵前君、例えば服装規定というものがあるね? あれは仕事の相手に不快な思いをさせないように決められているものだろう。皆が円滑に仕事を進めるために自分自身の身の回りのことを出来る範囲で努力するのは、社会人として当然の事じゃないかな?」

「はぁ」

「もちろん出来る範囲にはなるが、これまで意識していたかね?」

「そうですね。清潔感であったり、そういったことは当然していましたが……」

「それを少しだけ、服装以外のところだったりにも向けてみてほしいということだよ」

「はぁ」

 それで話は終わった、ということなのか、今度は南条が口をはさんできた。

「内容を考えて今回はこの話で終わりとしますが、今後の様子を見て、人事からまた話をさせていただきますので、そのつもりでお願いします」


 打ち合わせの後、私は自分を否定されたようで随分とショックだった。今後は処分もありうるということだろうか。

 震えながら家に帰り、一人でやけになってお酒をあおった。仕事はそれなりにこなしている自信があった。しかし、自分自身の事に関しては自信がない。自信がないからこそ、見た目に対して何かすることを避けてきていたのだ。しかし、それからも逃げられないのだろうか。その日はすべてを忘れてお酒に逃げた。

 一夜明けて、私はいっそ前向きに必死に頑張ってみよう、と考えた。自身の見た目を気にしていなかったのは確かだ。ここはいっそ、やれることをやってみよう。それでダメならば、もうどうしようもないのだ。

 そう考えて私は、情報を集めて身だしなみを整え始めた。服装も適当に選んでいたところをファッション雑誌を買うようにして、髪型も美容院で整えてもらった。

 体型については、ジムに通うことにした。最初は普通のトレーニングジムを選んだのだが、変われる気がしなかったので、入会金5万円、全二十回で40万円のコースに申し込んだ。

 あとは、やはり顔である。最初は保湿クリームなどから初めてみるが、それで変われるきがしない。化粧品にも手を伸ばしたが、それでも自信が持てなかった私は、美容整形にも手を出して、コンプレックスがある箇所を変えることにした。

 そこまでやったところで、人事部の南条から再び呼び出された。その頃には、見た目に対するある程度の自信は生まれていたが、それでもまだ指摘されるのではないか、という不安は消せなかった。

「どうでしょう。見た目について、私なりに頑張ってみたのですが……」

「前回の件については、もう大丈夫です。予想以上に対応いただいて…… こういうときに自分では対処出来ない人というのは多いですから」

 その言葉に私は安心した。しかし、南条はそのまま言葉を続けた。

「ただですね。残念ながら、また別の話が出てきてしまっているんですよ」

「そんな……、今度は何なんです?」

「えぇ……、蔵前さんがかっこよすぎて仕事が手に着かないという話が出ているんです」

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