5日目 花食う男
大きな案件が終わったので、メンバーでランチに行こうという話になったときの事だ。
「僕は完全食にしているので、お昼食べてないんですよ」
完全食というのは一日に必要な栄養がすべて入った食事のことで、その人に合わせて定期的に配送されてくる。一日一回、その日の完全食を食べればその日の食事はそれだけで良いという代物だった。
最近では市民権も得始めているが、こういうときには少し言うのが気まずい。そんな風に僕が思っていると、今回初めて一緒の仕事をした峰岸さんが言った。
「門真さんもそうなんですね。実は私も完全食をしてて、いつも飲み物だけ飲んでいる感じなんです。もしそれでも良いなら、せっかくなので行きませんか?」
話をしたくない訳ではなかったので、それならば、とランチに参加した。僕は席が近かったこともあり、峰岸さんと完全食をしている人同士で話が盛り上がった。
食用の花の話になったのは、その時だった。
「完全食していると普通のご飯は食べちゃダメですし、私は花を食べているんです」
食用の花の事をエディブルフラワーと言うらしい。花にはカロリーなどはないので、完全食をしていても食べて大丈夫なのだそうだ。
「峰岸さんが花を食べているっていうのは、なんだかお似合いな気がしますね」
峰岸さんは小柄でかわいらしい服装を好む。それで、花を食べているなんて聞くと、妖精みたいな存在だな、と僕は思ったのだが、彼女は否定するように快活に笑った。
「そんな大した話じゃなくって。……花って結構食物繊維入っているらしくて。ここだけの話、便秘の解消目的だったんです」
それ以外にも色々話をしたのが、花を食べるというのがしばらく経っても記憶に残っていて、僕も試してみることにしたのだった。
完全食のデメリットは、食への楽しみが減ってしまうことだとよく言われる。僕もそういう状態だったこともあって、エディブルフラワーを楽しむようになっていった。それと並行して、峰岸さんとも折を見てはその話題で盛り上がる仲になった。
僕のようにごつい男が花を食べるというのは似合わない。内心そう思う気持ちがあったので、つい峰岸さんぽろりとこぼしてしまったのだが、「確かに男性は入りづらい雰囲気はありますよね。けど、別に気にしなくてよいですよ。食べることに男も女もないですって」と笑い飛ばされた。
そんなある日、峰岸さんからエディブルフラワーで有名なレストランを教えられた。完全食をしている人のメニューを置いている店というのは未だに少ないが、峰岸さんはその辺りの情報に詳しい。イチオシだというので、僕も予約して行ってみた。
予約でしか出せないそこの料理は、芸術品のようだった。店の情報によると、どうやら店主は生け花の免状も持っているらしく盛り付けにもこだわりが感じられる。食事とは思えない花を口にする瞬間は刺激的だ。最初は店がオシャレで気後れしていた僕も、満足して食べ終わることが出来た。
だが、お会計をして外に出たところで、店内にいた他の客に声を掛けられた。
「あの、あんまり男性に来てもらいたくないんです。普通わかりませんか?」
僕が何も言えずにいる間、その人は喋り続けた。どうやら、女性目当てに店に来られるのは困る、ということを言いたいらしい。
僕は頭が真っ白になってしまい、すいません、とだけ言って逃げ帰った。
後日、起こったことを峰岸さんに話すと、険しい表情に「はぁ?」と声を荒げた。
「ひどいですね。門真さん、あんなに楽しみにしてたのに……」
それから、「今の話、ちょっとネットに出しても良いですか? 」と確認される。
「あんまり大事にしなくても」
「そうですよね。ただ、今後似たようなことが起こるのを防ぎたくて、出来れば繋がりがある人には伝えたくて」
そういうことなら、と僕は了解した。
数日後聞いたところによると、峰岸さんが広めたエピソードは界隈で一気に拡散されて、私に注意してきた人は特定されて炎上までしたらしい。どうやら、私を追い払ったという事をネット上で話していたそうだ。先日行ったレストランからも公式に「男性客も歓迎」という発表がされたらしい。
「私の知り合いの中では、門真さんは人気者ですよ。実は、職場の男の人が徐々にハマっているって話は元々していたので」
今度似たような事があったら、また燃やしていきましょう、と峰岸さんは冗談めかして言った。僕は峰岸さんに感謝すると同時に、見かけとのギャップに恐ろしいものを感じた。
かつて峰岸さんのことを妖精のようだと思ったが、妖精の中でも火の妖精だな。そんなことを思った。
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