4日目 味覚調整療法

 僕は子供の頃から食べることが大好きで、物心ついたときから痩せていたことは一度も無かった。家族全員太っているので、そのことで食事を止められたりすることもなく、中学の頃には体重も百キロを超えていた。

 時が経ち成人してからも、食生活は変わることはなかったので、体重はますます増えていた。いつの間にか家族の中でも一番の巨体になっていて、町中で目立つレベルのデブとなっていた。

 しかし、どうやら僕の身体は世の中の人よりも太ることに向いていなかったらしい。社会人になった後、医者から、「今のままだと10年以内に突然死することもありますよ」と言われ、僕は人生で初めて減量することに決めたのである。

 ダイエットを始めると、自分の食に関する理性のなさを思い知らされた。食事量を抑えようとしても、物足りなさを感じると追加で食べることを止められない。健康的な食事に変えようとしても、味が濃くてカロリーの高い物を求めてしまう。そういった時に理性は全く働いてくれず、食べ終わった後に、やってしまった、と後悔することを繰り返した。


 理性が全く役に立たず、どうして僕はこんなに意志が弱いのだろう、と思い悩んだ。病院を頼ったところ、僕は食事依存症で、過食障害に近いのだろう、と診断された。

 じっくり治していくしかない、と言われ、そのことを理解していても、身近な解決方法がないのかを探ってしまう。

そうした時に見つけたのが、味覚調整療法だった。それは、脳の味覚を司る部位に対して特定の刺激を与えることで、治療後には美味しいものが不味く感じられるようになるのだという。

治療の説明にはこんな風に書かれている。

いわく、人類は進化の歴史で必要な栄養を持つ物を美味しく、毒を不味く感じるようになった。そのために、飽食の時代となった今でも、人類の身体は美味しいものに対するブレーキがない。味覚を調整し、不味くすることで身体にこれ以上食べなくて良いと伝えることができる。

 ダイエットを失敗し続けた僕は、悩んだ結果この治療法に手を出した。


 治療を行った後、ラーメンを食べれば輪ゴムのように感じ、ハンバーガーは雑草を食べたように感じた。逆にダイエット用に買った激まずのお菓子は美味しく感じるようになった。効果は凄まじく、僕はみるみるうちに痩せた。高額のお金を使ったことで、背水の陣になったことも影響していたかもしれない。一年経つ頃には、一般的なデブのレベルとなり、二年経つ頃には普通体型に近づいてきた。


 そうして身体が軽くなると、人生のいろいろな所にも影響が出てくる。普通の生活を送る自信がついた結果、人生で初めて恋人も出来たのだ。

しかし、そこでようやく治療の問題点を感じるようになる。味覚を変えてしまった為に、一緒の食事が楽しめないのだ。

 しかしその悩みは、杞憂だった。

 僕の恋人は、料理が壊滅的に下手だったのである。

 どのように作ったのか、どの料理もダイエット用のお菓子レベルに美味しく感じられる。彼女も、自分で作っただけであって、味は問題無いらしい。

 そんなわけで、僕は今少し幸せ太りしている。

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