3日目 転移装置の受信側

 人類が、宇宙からやって来たその物体に気がついたのは、2038年のことだった。

 まだ宇宙の遠くにある物体に気がつくことが出来たのは、近づいてくる途中も定期的に数種類の信号を発し、明らかに自分の存在を気がつかせようしていたからだ。

 その物体が地球に最接近するまでの間、人類は数多の議論を繰り返したが、ほとんどの場合は「その物体を確保する」という結論自体は変わらなかった。人類史上初の知的生命体とのコンタクトへの期待を、止めることができなかったのである。

 物体の確保にあたっては、あらゆる危険性の検討が行われた。そして、未知のウイルスなどの危険から宇宙空間での確保・検疫を行うことが決められ、そのためだけに宇宙船が打ち上げられることが決まった。

 宇宙船のクルーの選定は人格・能力を考慮して厳選された。選ばれる条件の一つには「最悪の場合、生命の保証がないことを許諾できること」というのもあった。というのも、宇宙からやってきたのが攻撃的な生物である場合などを考慮し、最悪の場合にはクルーの命もろとも破壊したり、宇宙への再放出をしたりすることが検討されていたからだ。それでもなお、希望者は多かった。

 そのような経緯を踏まえて確保された物体だが、中にあったのは、知的生命体の存在ではなく設計書であった。設計書はその後の調査で、転移装置の「受信側」の設計書だということが判明する。


 僕は今、太平洋にある島で研究生活を送っている。島には生活に必要な物は何だってあるし、欲しいものがあれば時間はかかるが取り寄せ可能だ。しかし、物を出すことは厳重に取り締まられている。ここにいるのは大半が研究者なので、こういった閉鎖環境でも不満の声は少ない。むしろ、ただ研究に没頭出来る環境に大半は満足している。しかもとびきりの研究すべき対象がある状態であればなおさらだろう。

 これだけ厳重な環境にするのはもちろん意味がある。人類にとってオーパーツである宇宙からの贈り物を研究する施設であるからだ。

 設計書が転移装置の「受信側」であることがわかってから、情報の持ち出しは一層厳重になった。

 研究者の代表となった教授はこう語ったという。

「もちろん、宇宙のどこかにいる人類以外の知的生命体に期待したい気持ちはわかります。しかし、これではわれわれは受け入れることしか出来ません。一度作ってしまえば、もう新しい存在との関わりを止めることは出来ないのです。向こうが善意であったとしても、それが人類にとって望ましいかどうかは不明です。」

 教授は強く主張した。

「作ってしまったら最後、“俺たちはそんなこと望んでない!”と言っても相手は待ってくれないのです」

 そして、少なくとも、「送信側」の仕組みを理解できるまでは、この装置は作るべきではないという決定が成された。設計書の分析チームは、今は「受信側」の技術から「送信側」の仕組みを考察することに熱中している。


 僕はと言えば、設計書ではなく「設計書を運んできた装置」の研究チームのリーダーとして働いている。こちらは、転移装置に比べれば比較的技術的に人類の科学に近い物があり、そろそろコピー品の完成が近い状況だった。

 そんな最中、研究所の上司からの呼び出しがあった。

「コピー品が出来たら、大量製造して宇宙に放出することに決まったので、計画を立てるサポートに入って欲しいんだ」

「なにを放出するんです?」

「あぁ、例の転移装置の設計書だよ」

「なぜ……?」

 僕の疑問に対して、上司は張り切った顔で答えた。

「転移装置の送信側ができあがるのは、まだ未来のことになるだろう。しかし、それが出来たときに受信側が地球にあったら意味が無い。いずれ装置が出来ることに期待して、我々も受信側を撒いておくべきだろう。そうして知的生命体と出会えることができれば、向こうの星にこちらの文化を伝えることも出来る……」

 宇宙の遥か彼方から、俺たちはそんなこと望んでない! という声が聞こえた気がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る