第12廻
「え、いや…え?ドユコト?」
「まぁそうなるのも無理はない。なんせ私自身驚いているからね。アッハッハッハ!」
廻はそう言うとファサリと艶やかな紅色の髪を払った。その優雅さに思わず見惚れてしまいそうになるが、サイド機を引き締めることでなんとか持ち直す。
「それじゃあ。私は朝の準備があるからここらへんで。学校行くときは言ってね」
そのまま場を去ろうとする廻の頭部をガッチリ鷲掴み、その場に固定する。
「いや?いかせねーけど。キッチリ説明してもらうぞ、俺が納得するまで」
「……すんません、本当に自分の記憶消しちゃったんです。だからなにも知らないんです私」
「いやいや。ならなんで記憶消したことはわかってんだよ?」
「あっ、自分神様なんで。一応。そう言う部分はなんとか出来るようにしてるんで」
頭だけはこちらに向けてドヤ顔で自慢する廻だが全く羨ましくない。でもそれ伝えたら傷つきそうなのであえて言わないのだ、さすが俺。
「ふぁぁぁ〜〜〜おはよ〜〜」
その時、ちょうど起きたばかりであろう美春姉さんがリビングに来た。そしてそのまま俺たちをスルーして冷蔵庫の中から酒を取り出すと一気にそれを仰いだ。
「くあぁぁぁーー!!!!きっくぅぅぅ!!!やっぱ朝っぱらから飲む酒ほど美味い物はないわよねぇー」
おっと、マズい。普段は優しく、気配りのできるおっとりした見かけの姉さんだが、実は大の酒好きでこのように、朝から酒を飲むことがしばしばある。ちなみに朝から酒を飲む日は、休みをとっている日なので問題はない。
ってそうじゃない。なにがマズいのか、それは。
「ふぁぁぁ〜〜廻ちゃんやっぱ可愛いわね〜娘にしちゃいたいぐらい」
そこにはソファに腰掛けグッタリした廻をぬいぐるみの様に抱き締めている姉さんがいた。
廻はさっきまでの元気はどこへ無くしたのか、目から光を無くし、ただ延々と抱かれていた。
もうわかったと思うが美春姉さんはすごく酒癖が悪い。とにかく悪い。すごい悪い。
しかも、酔っている間の記憶が無くなるので本人にその自覚がないというのが、最も厄介な点なのだが。
ちなみに指摘しても本人は頑なにそれを否定した後に、酒に逃げるので意味はない。
「あ〜〜。姉さん?廻も学校に行かないといけないから...そろそろ離してやってくんね?」
「え〜〜〜〜〜いやだぁ。やだやだやだぁ。私もっと廻ちゃんとイチャイチャしてたいもーん」
あんたは幼児か。と心の中でツッコんでおく。
にしてもコレはまいった。まだ時間に余裕はあるがこのままでは遅刻は確実だろう。なんとかできないかと首を傾げているとふと、廻の様子がおかしいことに気づいた。首にまわっている姉さんの腕をバンバンと叩いている。しかしそれに姉さんが気づくことはない。
何事かと不思議に思っていると、廻と目が合った。そして、微かだが確かに聞こえた。
「タ..スケ....テ.....」
(あ、首絞まってんのか。なるほど…ってソレ、ヤバくね?)
姉さんがいる手前、神様パワーとやらも身バレの防止上使えない。ならば力づくという手段がある……かと言われればそうではない。
なぜなら美春姉さんも十分人間をやめているからだ。その根拠はただ一つ、その馬鹿力だ。
真偽の程は定かではないが、山で出会った熊を引きちぎった(?)とか、突進してくるトラックを片手で止めた(?)とか。色んな噂を姉さんの親友経由で聞いたことがある。
嘘だと信じたいが、俺は以前に姉さんのことを"おばさん"呼びした際に地獄を見た。具体的に言うことは難しいので敢えて言わないでおこう。
さて、本当にどうしよう。廻の顔色がそろそろ真っ青になってきた。実は廻は、今まで何回も酔っ払った姉さんに殺されかけてきたのだ。だから姉さんが酒を飲んだ時に、恐怖でおとなしくなっていた。
「うーん、この抱き心地。最高だぁ……仕事のストレスと疲れが一気に溶けてくぅ〜」
しょうがない。ダメ元でやってみよう。
俺は姉さんの部屋からダッシュで猫のぬいぐるみを持ってくると、それを姉さんの目の前においた。
「ん〜〜?あれ?ニャンちゃんどうしちゃっちゃんでちゅか〜〜〜?」
姉さんは廻から手を離し猫のぬいぐるみを、まるで割れ物を持つかのようにそっと手に取った。なんとか姉さんから廻を奪還することに成功した。
廻は息絶え絶えながらも、なんとか生きながらえていた。激しく肩で呼吸をする廻の背中をさすってやってると廻が、確かにこう呟いた。
「わたし、猫のぬいぐるみに負けたの…?!」
正直、オモロかったので少し放置することにした。
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