第7廻

「「「ご馳走様でした」」」


 三人で一緒に、口を揃えて言う。

 先程、各々が醜態を晒す羽目になってしまったのだ。そこから何かをする気にもなれず、時間も時間だったので各自で夕食の支度をすることになったのだ。

 そこで姉さんが思い出したように言ったのだ。


「せっかくだし廻ちゃんの引っ越し祝いのパーティーでもどうかしら?」


 と、いうわけで引っ越し祝いをすることになった。

 そして今は、ちょうど夕食を食べ終わったところだった。


「いや〜〜大地が料理できるなんて微塵も思っていなかったなぁ……」


 食器を洗っていると、何故か遠い目をした廻が漏らすようにそう言った。


「何か問題あるか?」

「あるに決まってんじゃん。知ってると思うけど、私って料理できないんだよ。コンプレックスなんだよ。なのに見せつけるように堂々と、あんな料理もん作られたら私、自分の存在意義を見出せなくなっちゃうじゃん」

「たかが料理ぐらいで大袈裟だろ...こんなもんできなくても問題ねえよ。できる奴がやってればいいんだ」


 呆れて、諭すようにフォローする。

 良くも悪くも、廻の精神は不安定だ。今のようにナイーブな面もある。急にロジカルな奴になったかと思えば、次の瞬間にIQ2になったりする。怒ったかと思えば、笑ったり、泣いたりなど感情の起伏が激しいのだ。

 廻は自分を確立できない。だから、どんなに人間のように取り繕おうと、必ずボロがでる。それが神たる廻の宿命なのかもしれないが。


「でもね大地君。廻ちゃんだっていつかは一人で暮らす日が来るかもしれないのよ?そんな時に自炊ができれば、色々困らないと思うのだけど……」

「え、廻がずっとここに住めばいいじゃん」


 急に場が静まり返る。このとき、俺は皿に付いた油を落とすのに集中しているせいで、気づかなかったが俺を除く二人が頬を赤らめ、赤面していた。


「だっ!?だいちくんっ?!廻ちゃんが結婚したらここに住むわけにはいかないでしょう?!」


 妙にうわずった声で話す美春姉さんを、特におかしいと感じることもなく、俺は無意識で爆弾を投下した。


「俺が廻と結婚すればいいじゃん」


 再び静まり返る場の雰囲気に惑わされることもなく、俺は何事もなかったかのように皿洗いを続けていた。

 しかし、次の瞬間には嫌でも意識を廻に向けなければならなかった。

 ドサッと何かが倒れた音がしたのでその方向を見ると、なんと倒れていたのは廻だった。妙に顔を赤らめて、何かにうなされているようだった。


「まっ、廻!どうした?しっかりしろ!」


 急いで駆け寄り、状態を確認する。


「ひゃっ!」


 廻の額に触れ、体温を確認する…平熱。

 次に手首に触れ、脈を確認するが特に問題は無い。

 ならば心臓は...


「だっ、大丈夫だから!大丈夫だから……ほっといてぇぇぇーー!!」


 ものすごい力で振り解かれた思うと廻は既にいなかった。

 マズイ。今使ったのはおそらく、廻がよく言っている神様の力、とか言う奴だ。姉さんがいる今、それを使うのはよくない。


「うーん、不純...異性...甥っ子.....」


 テーブルに突っ伏し、廻と同様の赤面でうなされている姉さんを見て安心した。どうやら廻がやったらしい。あいつもこういうところはしっかりしてるんだな、と思いつつ再び、皿洗いに取り組む。

 にしても廻はなんで嫌がってたんだ?




「はぁーはぁーー.....」


 その時、廻は藤原家の二階にいた。


「もー!なんなのよアイツ!」


 そうだ、なところで鈍感な癖に、こういう何でもない時に限ってグイグイくるのだ。だがそれが藤原大地という人間なのだ。仕方あるまい。


「結婚、か……」


 空想の指輪を薬指にはめて、それを眺めながら呟く。

 それが許されるならば、どんなに幸せだろう。しかし、それは許されない。私が私を赦さない限り、その日は永遠に来ないのだから。




 今日の神の心は乙女模様。いつかは変わる模様だとしても、これは、間違いなく彼女の本心。藤原大地は誤解している。大地に恋心を持つこの姿……いやこれに限らず、全て本物の芥神廻なのだ。彼女は遥か昔に、自己を確立している。

 そして彼女もまた、誤解している。何も、恋心を有しているのは、己だけではないことに。今はまだ、芽吹いていなかったとしても、いずれ芽吹くその心を彼女も彼も、まだ知らない。今は、夏の夜の夢に過ぎないのだから。

 





 

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