第5廻

「大地君?一体、何をやっていたのかな?」


 目の前の女性は穏やかな笑みを絶やす事なく、こちらに問いかけてくる。

 藤原ふじわら美春みはる。俺のお母さんの妹にあたる人だ。今は社会人であり、普通のOLとして会社に就いている、ただの一般人である。

 そんな人が一体何を問いかけているのか?

 言ってしまえば俺と廻がナニをしていたか、の酷く単純な質問である。

 ならばさっさと答えて終わりにすればいいと思うだろう。

 …そこなのだ。俺はさっきから、何もしていない。ただ2人で寝ようとしていただけだ、と何回も答えた。しかし、美春姉さんは頑なに信じてくれない。

 そこで急遽、家族会議のようなものが始まったのだ。


「美春姉さん…だから寝ようと----」

「大地君?本当の事を言いなさい?」


 未だに姉さんは笑みのまま質問を繰り返している。正直言って、怖い怖すぎる。

 廻に証言してもらうにもアイツは今、ソファーの上で絶賛睡眠中だ。起こそうにも中々起きないので非常に困っている。


「あなたの気持ちもわかるわ。年頃の男の子だもの。ちょっと欲求を満たしたくなっただけだものね」

「待って?!それは違っ!?」


 何故かそういう話になっている。


「けれどね、それを廻ちゃんで解消しようとするのはまず、人間として大きく間違っているわ。

しかも幼なじみなんでしょう?それを無理矢理襲って......」

「違う、違うんだ、姉さん...俺はそんなケダモノみたいな奴じゃないんだ...」


 このままだと埒があかない。そう思った俺はひとまず説得を諦めることにした。

 ならばどうするか。決まっている。廻を無理矢理にでも起こすのだ。起こす方法は既に考えている、なら何故早く使わなかったかと言えば、後が面倒臭くなりそうだからである。

 しかし、今は状況が悪いとにかく悪い。このままだと幼なじみを襲った変態という名の烙印が焼き付いてしまう。そんな事があってはこれから先、俺は生きていけなくなる自信がある。


「姉さん、少し聞いてくれないか?」

「何かしら?やっと認める気になった?」

「いやそうじゃない。廻のしょう---」


 ガタタッと音が聞こえたのでその方向を見ると、どうやら廻がソファーから滑り落ちたようだ。目は泳ぎ、目に見えるほどの冷や汗を垂らしながら廻は早口で喋り出した。


「い、イヤァーオハヨウオハヨウ。なんだか急に眠くなったから寝ちゃったヨー。あれ、美春さん?!美春さんダーオカエリ。仕事は終わったの?終わってなかったらそもそもいないか。アハハハっ。何言ってんだろ私。疲れちゃったのカナー。疲れた時はビタミンCが良いんだっけ?大地ー、今日の夕食はレモンが食べたいなーー」


 独り言の激しいこと激しいこと。

 そう、これは廻の正体について言及しようとすれば廻が察知するシステムらしい。いつかは覚えていないが廻が俺にそういう術をかけたらしい。神様って何でもできそうだな。


「廻ちゃんっ!大丈夫?大地に何もされてない?!」

「え、あ、アハハハ。大丈夫です。何もされてません」


 まだキョドッている所を見るに、今回の件についてはかなり焦っているようだ。だが、こうなったのも元はと言えば廻の責任だ。十分に反省してもらおう。

 廻は、おのれ憎し、と言わんばかりにこちらをキッと睨みつけてくる。オイオイ、そんな可愛い顔で睨んでもただ可愛いだけだぜ。

 その直後、背筋に悪寒が走る。そう、まるで嫌なことの前兆かのように。


「あ、美春さん?ちょっと聞いてもらいたいことがあるんですけど...」


 そう言った途端に、ヤツはこちらを見て、一瞬ニヤリと笑ったかと思うととんでもない事を口走った。


「私の……処女についてなんですけど」

「「は?」」


 一瞬で場の空気が凍りつく。

 何を言い出すのだこの野郎は。

 大体、この流れでその発言は……姉さん、頼むから勘違いしないでくれよ?


「大地君?」


 テーブルの向こう側から、名を呼ばれた。


「ちょっと…別の部屋に行きましょうか?」


 姉さんがどんな顔をしているのか、見なくてもわかる。ただ、一緒に暮らしてきたわけではない。それこそ本当の姉妹のように...家族として、接してきたのだ。

 だからこそ、姉さんの顔を見たとき、本当に驚いた。

 姉さんは、笑顔を崩してはいなかった。もはや狂気とも取れるその姿に背筋が凍える。

 だがその姿に怯えていたのは俺だけではなく、廻さえもガタガタと身震いしまくっていた。

 このままだとマズイと感じたのか、廻は呼吸を整える。そして、姉さんから誤解を解こうと奮闘し始めた。


「み、美春さんそうじゃなくて...」

「ん〜なぁに?」


 廻は震える手を抑えると、姉さんに対してコッチに来てとジェスチャーをした。

 姉さんはよくわかってなさそうだったが、とりあえず椅子から立ち上がり廻の元へと赴く。

 対面から姉さんがいなくなったことに対する安堵と、廻に対する感謝の気持ちで頭が一杯だった。あんなに恐ろしい姉さんを見たのは、中学の時にふざけて美春おばさん、と言った時以来だ。思い出すたびに心の古傷が痛む。

 話は終わったのか2人がこちらに来る。が何故か2人とも暗い表情で俯いていた。

 何事かと思い、何があったのか聞こうとした。


「大地君ごめんなさいっ!」


 だが、俺が口を開こうとした瞬間に姉さんが頭を下げた。突然の謝罪に、脳内が混乱している。


「だいち、ごめん....」


 廻も同様に頭を下げた、がコイツは本当にどうしたんだ。今までの人生で一度たりとも見たことのない顔をしている。言葉で表せるものではないが強いて言うなら虚な顔、と言った具合だろう、知らないが。


「えっと、とりあえず説明してくんない?」


 美春姉さんは何故かオドオドしているし、

 廻は何故か死にそうな顔をしているし、

 俺は何があったかまるでわからないし、

 ナイナイ尽、というやつだろう。














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