第7話-2 悪夢のフローチャート

――公爵&フレイヤあいつらなら、やりかねん……


 朝食後のマリとの会話で、公爵とフレイヤの恐ろしいプランを知ることとなったライトは、雑居ビルのダイニングで、退出したマリが入れてくれたコーヒーの香りに包まれながら、一人悶々と悩んでいた。

 個人的には、お世辞にも仲が良いとは言えない、公爵とフレイヤ。

 王が、自身の誕生祝賀パーティを抜け出すなど前代未聞。

 本来ならば、犬猿の仲である公爵の失態を笑ってみているはずのフレイヤが助け舟を出すのは、彼女が敬愛してやまないバルドルシルヴァに、恥をかかせたくないという思いからで、それは亡くなって10年が経った今も変わらない。

 国家のメンツにおいても背に腹は変えられない公爵と、自国でも未だ多くの民から敬愛されているバルドルその女性の品位を守りたいフレイヤの利害の一致が、犬猿の仲の二人に協力体制をひかせていた。

 利害が一致さえすれば、どんなことでもしてしまう二人だと言うことを、一番よく知っていたライト。

 だからこそ、心置きなく出来た『嫌いなアルコールの臭いが漂う社交という名の覇権争いを常とする者たちの腹の探り合いの場』と化す『誕生祝賀パーティ』からの脱走――

 唯一、あの公爵を出し抜くことができるライトの特技とも言える、この行為を可能にしたのは、少年期に『スリリングな暇つぶし』として、付き人の目を盗んでは行っていた宮殿内探検より培った『宮殿の屋内見取り図インドアマップ』を、脳内に作成できた事と、リア・ファルのよる『二人の人物の使い分け』が出来るという、特異体質に他ならなかった。

 その結果、『主役不在の誕生祝賀パーティ』の毎年開催が、可能、、だったのである。

 しかし、自身にとって都合の良い『利害の一致による協力体制』が、ここへ来てこんな形で裏目に出るとは、思ってもいなかったライト。

 『王女公表』を阻止するためと言うのなら、自身の代役フレイヤがいる限り、自身だけのエスケープでは意味を成さない。

 むしろ、公爵&フレイヤかれらに、都合の良い解釈を公表されかねない。

 そして、ヒカリが、元家族で今もヒカリの保護者として力を、、尽くして、、、、くれている、、、、、マリ、、と、同居中と言う事実。

 公爵の息のかかった者に匿われていることは予想できたものの、その者からヒカリを力で奪還、、、、し、誕生祝賀パーティ当日、二人でエスケープするつもりだったライトの目論見もくろみは、脆くも崩れ去った。

 しかも、今のタイミングでの告白に、ライトは頭を抱えた。

 自身と同様、父娘おやこの再会を楽しみにしているであろうと思っていたヒカリへの告白は、見つけ出してしまえば容易であると考えていたライトの誤算。

 それは――

 自身に対し、敵意すら感じられるポニーテールの失言少女こそがヒカリだったという事実だった。


――冗談じゃねぇぞっ! このまま公爵&フレイヤあいつらの勝手で事が運んだら……


 ヒカリを強制的に宮殿へ招く

  ↓

 応接室で『高貴な威圧感』を放ちながらの、淡々とこれまでの経緯とヒカリの素性を説明

  ↓

 戸惑うヒカリに、自身の【恩寵の輝き】を披露

  ↓

 ヒカリから【破壊神ヘイムダル】が消えた事実と、ヒカリを王女として世界に公表

  ↓

 世界中の人々が平和の訪れに安堵する

  ↓

 めでたし、めでたし!


 脳裏に浮かぶ『表向き』のフローチャート。

 それは更に続きを書き出す。


 めでたし、めでたし!(注:世界的には)

  ↓

 『こんな人がお父様だなんて嫌っ! おじいちゃんのところへ帰るっ!』と泣き崩れるヒカリ

  ↓

 『ヘイルダルの驚異も消えたし好きにしろ』と言わんばかりに、ヒカリのリクエストを承諾する公爵

  ↓

 笑顔で『おじいちゃん』の下へ戻っていくヒカリ

  ↓

 めでたし、めでたし・・・?


――何が、『平和の訪れ』だっ!? 父娘オレたちの平和はどーなるっ!? 全然めでたくねぇ!!!


 とは言え、否定できないこの完成してしまったフローチャートに、ライトは真っ青になった。

 特に、ヒカリの正体を知ることにより書き足された部分の現実化は、とても耐えられる展開ではない。

 このフローチャートが出来上がってしまった、そもそもの原因は――


『おじいちゃん?』

『んなわけねぇだろうっっっ! オレのどこがじーさんなんだよっ!?』

『全然似てないっ! おじいちゃんは優しかったし突然怒鳴ったりしないもんっ! おじいちゃんはそんなに目つき悪くないっ!』


――だ~か~ら~、おじいちゃんって誰なんだよぉ……


 ヒカリの、自身に対する『おじいちゃん発言』。

 ヒカリ捜索を10年間続けてきた彼が、確実な情報の下やっと出会った少女の失礼すぎる人違い発言と、それに激高してしまい大人気なく塩対応してしまった自身――

 今朝のマリとの会話で、その『おじいちゃん』がヒカリをどれだけ大切に思っている人物かは分かったものの、『報酬すら断った彼らの唯一の条件』が『自分たちの素性の公表NG』が、益々ライトを混乱させた。

 そして、なによりも――


――オレ、そんなに老けて見えるのか?


 その認めたくない疑問は、鏡を見れば不意識のうちに、自身の顔や体を確認してしまう行為に走らせる。

 ソックリと聞いているにも関わらず、その顔が浮かんでこない『おじいちゃん』。


 『おじいちゃん』がオレとソックリなのは、

  偶然なのか、

 それとも――

  整形した似せたのか

  変身した化けたのか


 いずれにせよ、そのベースが『おじいちゃん』と言われる程の老け顔、、、であることに変わりはない――

 何度考えても結局行き着いてしまう『老け顔』に、ライトはがっくり肩を落とした。


▲▽▲


「ご苦労だったな……」

「……」


 スルーズヴァンガル王国 ビルスキルニル宮殿 執務室――

 城下を見渡せる自慢の大窓を背にした公爵は、机に両肘を付き組んだ手の向こうに見えるスーツ姿のローテールの女性を労った。


「そんな顔をするな」

「……」


 いつもであれば同意とともに頭を下げる彼女の滅多にない抵抗。

 あまりない不機嫌に見える表情に、その意味を知る公爵はため息をつく。


「私が言ったところで、あいつは聞く耳を持たないだろう? おまえならばあいつも心を許す。 ヒカリさまと暮らしているとなれば尚更だ」


 組んだ手を崩し背もたれにその身を任せながらの公爵に、向けられていた彼女の、鋭さが増した視線が彼に突き刺さった。


「労いの言葉など私ごときに勿体無いことでございます。 公爵様お義父様の命令とあらば、私に断る理由はございません」


 ふぃと目を逸らし、彼女は棒読みの決まり文句を口にする。

 眼鏡レンズの下にその表情を隠しながらもこちらを伺うように感じられる公爵に、気がついた彼女は改めて向き直すとさらに続けた。


「10年前、我が主バルド……いえ、シルヴァ様が亡くなられ、祖国の裏切り者、、、、、、、として、行き場のない私を養女として拾って下さった事は感謝しきれません。 ましてや『姉』としてヒカリさまにお仕えできるなど、身に余る光栄でございます」


 先程とは違い、情感あふれるマリの言葉。

 聞く公爵の眼鏡レンズに、白く光が走る。


「しかしながらそれは、ヒカリさまを監視するためでもなく、ライト様の足枷になるためでもありません」


 沈黙を続ける公爵に、凛としたマリの言葉が、自身の想いと違うそれを否定した。

 その言葉に、彼は上体を起こし、再び手を組み肘を机に付き直す。


「卑怯、とでも言いたいのか?」

「私はそう思ってはいません。 しかし、ライトさまは……」

「そう思いたければ、そう思わせておけばよい……」

「……それでは、ライト様の宝探し、、、は終わりません」


《らいとぉ――》


 10年前――

 魔物討伐から帰還したトール王一行を出迎えるべく、妃であるシルヴァと数名の侍女と共にしていたマリを追い抜き、嬉しそうに走っていくヒカリ。

 慌てて止めようとする侍女の声など聞こえていない彼女の向こう側に、大きな影が現れる。

 宮殿の奥の居室から玄関口おもてへ続く通路を歩く彼女たちを、待ちきれないとばかりにこちらに向かうそれは、やがて中庭を横に見るアーチ抜きの壁へ差し掛かった時、その差し込む光に照らし出された。

 笑顔で近づいてくるヒカリを、赤髪の男は膝をつき待つ。


《走られては、危ないですよ、――ヒカリさま、、


 らしくない敬語と、憂いを帯びた笑顔――

 嬉しそうに飛びつく王女ヒカリ親衛隊長ライトはその大きな胸に迎え入れた。

 思い出すその頃の日常とその彼の表情は、いつもマリの心を締め付ける。

 悲しみに沈む彼女の前で、公爵はその続きの自身の記憶を観ていた。


《走られては、危ないですよ、――ヒカリさま、、


 ヒカリを抱きしめる大きなマント。

 軍服姿の凛々しいライトへ、自身はゆっくりと歩み寄る。


《ご苦労さまです、ライト》


 この声に、彼はすぅと立ち上がった。

 赤い瞳に映る、王妃シルヴァの姿。

 笑顔の彼女に笑顔を向けると、頭を下げた。


《陛下は既に王の間へ向かわれていますので、私が皆様をお迎えに――》


 いつもの決められた台詞、、、、、、、を言うライトに、その足元のヒカリの小さな手が、彼のズボンを引っ張る。

 見上げながら訴える、いつもの瞳にライトは微笑むと、いつものように彼女をひょいと抱き上げた。


《それでは陛下の下へ参りましょうか、ヒカリさま》


 蹄を返すライトの後を、公爵とシルヴァたちは続く。

 目の前のヒカリに声をかけるライトに、彼女は嬉しそうに微笑むと、彼の耳元に口を近づけ、その小さな手でそれを隠した。


《おかえりなさい、おとうさま》


宝探し、、、は、終わった」


 思い出した、ヒカリの嬉しそうなその声の余韻が、公爵にいつも静かに決意させる。


「探し出した宝を、また、、宝石箱に戻すことはない」

「えっ?」

穢れ、、を隠すために、紛い品で飾ることもない」

「……」


 淡々と話す公爵の声が、執務室に響く。


「本人がそれを望んでいないのなら、それに従うだけだ。 紛い物で飾りながら生きてゆく姿を、私はもう見たくはない」


 まるで自身に言い聞かせるような公爵の言葉が、静かにゆっくりと熱さを増しながら執務室を伝う。 自身を見つめる悲しげなマリの表情が、最近のライトの表情を思い出させる。

 あの『ガス爆発』の倉庫で再会を果たしたそれ以降、時々様子がおかしいライト。

 数々の気になる仕草に最近加えられた、真剣、時には、悲しげに、鏡の前で佇む姿。


「これからのことを考えれば、今の戸惑い、、、、、など一時的なものだ。 躊躇している時間はない」


――事が済めば、修正などいくらでも利く


「それには何としても、ライトの誕生日までに、ヒカリさまに【恩寵の輝き】を――」

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