第7話-2 悪夢のフローチャート
――
朝食後のマリとの会話で、公爵とフレイヤの恐ろしいプランを知ることとなったライトは、雑居ビルのダイニングで、退出したマリが入れてくれたコーヒーの香りに包まれながら、一人悶々と悩んでいた。
個人的には、お世辞にも仲が良いとは言えない、公爵とフレイヤ。
王が、自身の誕生祝賀パーティを抜け出すなど前代未聞。
本来ならば、犬猿の仲である公爵の失態を笑ってみているはずのフレイヤが助け舟を出すのは、彼女が敬愛してやまない
国家のメンツにおいても背に腹は変えられない公爵と、自国でも未だ多くの民から敬愛されている
利害が一致さえすれば、どんなことでもしてしまう二人だと言うことを、一番よく知っていたライト。
だからこそ、心置きなく出来た『嫌いなアルコールの臭いが漂う社交という名の覇権争いを常とする者たちの腹の探り合いの場』と化す『誕生祝賀パーティ』からの脱走――
唯一、あの公爵を出し抜くことができるライトの特技とも言える、この行為を可能にしたのは、少年期に『スリリングな暇つぶし』として、付き人の目を盗んでは行っていた宮殿内探検より培った『宮殿の
その結果、『主役不在の誕生祝賀パーティ』の毎年開催が、
しかし、自身にとって都合の良い『利害の一致による協力体制』が、ここへ来てこんな形で裏目に出るとは、思ってもいなかったライト。
『王女公表』を阻止するためと言うのなら、
むしろ、
そして、ヒカリが、元家族で今もヒカリの保護者として
公爵の息のかかった者に匿われていることは予想できたものの、その者からヒカリを
しかも、今のタイミングでの告白に、ライトは頭を抱えた。
自身と同様、
それは――
自身に対し、敵意すら感じられるポニーテールの失言少女こそがヒカリだったという事実だった。
――冗談じゃねぇぞっ! このまま
ヒカリを強制的に宮殿へ招く
↓
応接室で『高貴な威圧感』を放ちながらの、淡々とこれまでの経緯とヒカリの素性を説明
↓
戸惑うヒカリに、自身の【恩寵の輝き】を披露
↓
ヒカリから【
↓
世界中の人々が平和の訪れに安堵する
↓
めでたし、めでたし!
脳裏に浮かぶ『表向き』のフローチャート。
それは更に続きを書き出す。
めでたし、めでたし!(注:世界的には)
↓
『こんな人がお父様だなんて嫌っ! おじいちゃんのところへ帰るっ!』と泣き崩れるヒカリ
↓
『ヘイルダルの驚異も消えたし好きにしろ』と言わんばかりに、ヒカリのリクエストを承諾する公爵
↓
笑顔で『おじいちゃん』の下へ戻っていくヒカリ
↓
めでたし、めでたし・・・?
――何が、『平和の訪れ』だっ!?
とは言え、否定できないこの完成してしまったフローチャートに、ライトは真っ青になった。
特に、ヒカリの正体を知ることにより書き足された部分の現実化は、とても耐えられる展開ではない。
このフローチャートが出来上がってしまった、そもそもの原因は――
『おじいちゃん?』
『んなわけねぇだろうっっっ! オレのどこがじーさんなんだよっ!?』
『全然似てないっ! おじいちゃんは優しかったし突然怒鳴ったりしないもんっ! おじいちゃんはそんなに目つき悪くないっ!』
――だ~か~ら~、おじいちゃんって誰なんだよぉ……
ヒカリの、自身に対する『おじいちゃん発言』。
ヒカリ捜索を10年間続けてきた彼が、確実な情報の下やっと出会った少女の失礼すぎる人違い発言と、それに激高してしまい大人気なく塩対応してしまった自身――
今朝のマリとの会話で、その『おじいちゃん』がヒカリをどれだけ大切に思っている人物かは分かったものの、『報酬すら断った彼らの唯一の条件』が『自分たちの素性の公表NG』が、益々ライトを混乱させた。
そして、なによりも――
――オレ、そんなに老けて見えるのか?
その認めたくない疑問は、鏡を見れば不意識のうちに、自身の顔や体を確認してしまう行為に走らせる。
ソックリと聞いているにも関わらず、その顔が浮かんでこない『おじいちゃん』。
『おじいちゃん』がオレとソックリなのは、
偶然なのか、
それとも――
いずれにせよ、そのベースが『おじいちゃん』と言われる程の
何度考えても結局行き着いてしまう『老け顔』に、ライトはがっくり肩を落とした。
▲▽▲
「ご苦労だったな……」
「……」
スルーズヴァンガル王国 ビルスキルニル宮殿 執務室――
城下を見渡せる自慢の大窓を背にした公爵は、机に両肘を付き組んだ手の向こうに見えるスーツ姿のローテールの女性を労った。
「そんな顔をするな」
「……」
いつもであれば同意とともに頭を下げる彼女の滅多にない抵抗。
あまりない不機嫌に見える表情に、その意味を知る公爵はため息をつく。
「私が言ったところで、あいつは聞く耳を持たないだろう? おまえならばあいつも心を許す。 ヒカリさまと暮らしているとなれば尚更だ」
組んだ手を崩し背もたれにその身を任せながらの公爵に、向けられていた彼女の、鋭さが増した視線が彼に突き刺さった。
「労いの言葉など私ごときに勿体無いことでございます。
ふぃと目を逸らし、彼女は棒読みの決まり文句を口にする。
「10年前、我が主バルド……いえ、シルヴァ様が亡くなられ、
先程とは違い、情感あふれるマリの言葉。
聞く公爵の
「しかしながらそれは、ヒカリさまを監視するためでもなく、ライト様の足枷になるためでもありません」
沈黙を続ける公爵に、凛としたマリの言葉が、自身の想いと違うそれを否定した。
その言葉に、彼は上体を起こし、再び手を組み肘を机に付き直す。
「卑怯、とでも言いたいのか?」
「私はそう思ってはいません。 しかし、ライトさまは……」
「そう思いたければ、そう思わせておけばよい……」
「……それでは、ライト様の
《らいとぉ――》
10年前――
魔物討伐から帰還したトール王一行を出迎えるべく、妃であるシルヴァと数名の侍女と共にしていたマリを追い抜き、嬉しそうに走っていくヒカリ。
慌てて止めようとする侍女の声など聞こえていない彼女の向こう側に、大きな影が現れる。
宮殿の奥の居室から
笑顔で近づいてくるヒカリを、赤髪の男は膝をつき待つ。
《走られては、危ないですよ、――ヒカリ
らしくない敬語と、憂いを帯びた笑顔――
嬉しそうに飛びつく
思い出すその頃の日常とその彼の表情は、いつもマリの心を締め付ける。
悲しみに沈む彼女の前で、公爵はその続きの自身の記憶を観ていた。
《走られては、危ないですよ、――ヒカリ
ヒカリを抱きしめる大きなマント。
軍服姿の凛々しいライトへ、自身はゆっくりと歩み寄る。
《ご苦労さまです、ライト》
この声に、彼はすぅと立ち上がった。
赤い瞳に映る、王妃シルヴァの姿。
笑顔の彼女に笑顔を向けると、頭を下げた。
《陛下は既に王の間へ向かわれていますので、私が皆様をお迎えに――》
いつもの
見上げながら訴える、いつもの瞳にライトは微笑むと、いつものように彼女をひょいと抱き上げた。
《それでは陛下の下へ参りましょうか、ヒカリさま》
蹄を返すライトの後を、公爵とシルヴァたちは続く。
目の前のヒカリに声をかけるライトに、彼女は嬉しそうに微笑むと、彼の耳元に口を近づけ、その小さな手でそれを隠した。
《おかえりなさい、おとうさま》
「
思い出した、ヒカリの嬉しそうなその声の余韻が、公爵にいつも静かに決意させる。
「探し出した宝を、
「えっ?」
「
「……」
淡々と話す公爵の声が、執務室に響く。
「本人がそれを望んでいないのなら、それに従うだけだ。 紛い物で飾りながら生きてゆく姿を、私はもう見たくはない」
まるで自身に言い聞かせるような公爵の言葉が、静かにゆっくりと熱さを増しながら執務室を伝う。 自身を見つめる悲しげなマリの表情が、最近のライトの表情を思い出させる。
あの『ガス爆発』の倉庫で再会を果たしたそれ以降、時々様子がおかしいライト。
数々の気になる仕草に最近加えられた、真剣、時には、悲しげに、鏡の前で佇む姿。
「これからのことを考えれば、
――事が済めば、修正などいくらでも利く
「それには何としても、ライトの誕生日までに、ヒカリさまに【恩寵の輝き】を――」
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