第5話-2 古本屋での真実

「か、返してっ! それはクライアント様からの――」

「うるせぇぞっ! さっきから散々オレに歯向かいやがって! 一体何なんだ、おまえはっ!?」


『タイムリミットも予言のひとつだ。 おまえの『恩寵の輝き』が破壊神ヘイムダルからヒカリさまを解放する。 それを逃せば破壊神ヘイムダルの覚醒を止める術はない』


 公爵から告げられた衝撃の事実。


『一ヶ月後のおまえの誕生祝賀パーティーに、ヒカリさまをゲストとしてお招きする』


 それは、ヒカリを宮殿へ招いたあと、淡々と事務的に今までの事の経緯が語られ、感動も何もない、父娘おやこの再会になるとの宣言に他ならない。


『その席で、全世界にトール王、、、、として、ヒカリさまを公表する』

『もう、無駄なヒカリさまの捜索はするな。 誕生日まで静かにしていろ、いいなっ!』


 傍観など、できるはずもない。

 このままだと、ヒカリを破壊神呼ばわりした、ノルンの予言ガセネタの言う通り、全世界へ晒し者になってしまう。

 それだけではない。

 父親としてヒカリに接することができるのは、トール王、、、、の人格の時だけという最悪の可能性に、その辛さを知るライトは焦った。

 4歳の顔から成長し、確信が持てない容姿のヒカリ。

 【リア・ファル】らしきものを持ち、忘れたくても忘れることのできない『あのフレーズ』とセットの、失言少女ポニーテール

 どちらが探しやすいかなど愚問である。

 一刻も早く見つけ出さなければ、取り返しのつかないことになる。

 日々気になり続け、自身を追い詰める、あの――


老け顔おじいちゃん』発言の撤回要求っ!


 …

 ……


――は、ひとまず置いといて……


 ヒカリの所在を聞き出す。

 そして彼女と感動の再会、、、、、を果し、父親であることを名乗り【恩寵の輝き】を見せ、【破壊神ヘイムダル】の覚醒を阻止する。

 そうなれば、誕生日祝賀パーティー当日は当然のごとく……

 Xデーに向けて作戦を練るも、役者が揃わなければ成立しない。

 そう危惧していた矢先、思いがけず再会してしまった二人。

 声を上げながら、自身の持つハードカバーを必死に取ろうとする、ポニーテール。

 全く自身を信用していない瞳と、それと比例する反抗的な発言と行動。

 ヒカリの所在を問いたとしても、応じないであろうことは容易に予想できたライトは、ある閃きに、にやりと笑った。


「おまえ、そんなにこの本読みたいのか?」


――!


 立ち上がって手を伸ばしても届かない位置で、ハードカバーをチラつかせながらニヤつく赤い瞳。


「返してやってもいいぞ。 ただし条件がある」

「条件?」


 失言少女ポニーテールに触らせるのはしゃくだが、これでヒカリを見つけることができるのなら――

 思いついた交換条件に絶対の自信があったライトの口角が上がるも、極悪人の赤い瞳のその表情は、彼女に強い嫌悪感しかもたらさない。


「これを読ませてやる代わりに、オレの質問に答え――」

「やめて、その表情かお……」

「?」

「おじいちゃん、そんな表情かおしないし、見たくないっ!」

「!」

「なんで、おじさんがおじいちゃんに似てるのっ!?」


 年寄りの爺さんと、見間違えるほどの老け顔……。

 誤解が解けたと思っていた矢先の、まさかの『振り出しに戻る』の展開に、ショックを受けるライト。


「知るかそんなことっ! こっちが迷惑だっ! いい加減オレを、爺さん呼ばわりするのをやめろっ!」

「勝手に似た、おじさんが悪いんじゃないっ!」

「前言撤回しろっ! じゃないと、この本貸さねぇぞっ!」

「ただいま! 店番ありがとう――って、どうしたの?」


 町外れの古びた一軒の古本屋。

 オレンジ色の光が差し込む、ノスタルジックなそこへ戻ってきた店長を出迎えたのは、大人気なく騒ぎ立てる赤い瞳の男と、正義感に燃え絶対に負けないと誓ったポニーテールの、熾烈かつ不毛な戦いであった――


▲▽▲


「こちらです。 さぁ、どうぞ」


 そう言いながら、店長はドアを開く。

 ライトは古本屋の奥にある、『スタッフルーム』へ案内された。

 薄暗く決して広いと言えないスペースに並ぶロッカー。

 並べられた二つの折りたたみ式の長机に、パイプ椅子。

 その奥には、ノートパソコンが置かれた二つの机が向かい合わせで置かれている。


「店長、……いいんでしょうか?」


 促されドカっとパイプ椅子に座る赤い瞳を見ながら、ヒカリは恐る恐る店長にお伺いを立てた。


「構わない、そうおっしゃられているから大丈夫でしょう。 そうですよね、ライト様」

「あぁ、オレの条件を飲んでくれるんならなっ!」


 向かい側で腕組みするライトの横に立つ店長の言葉に、彼は答える。

 二人を見ながら、ヒカリもパイプ椅子に腰掛けた。


「でも……」


 そう言いながら、ブレザーから取り出すスマホ。

 付けられた宝石は、いつもの白い輝きに戻っていた。


古本屋ここにいる間、その宝石を確認したいだけだと。 大丈夫ですよ。 彼の素性は明かせませんが、それなりに地位があるお方です。 卑怯な真似をするようなことはしませんよ」


 優しく自身を説得する店長の言葉に、ヒカリはやっと頷く。


「交渉成立だな」


 先程とは打って変わって落ち着いているライトの声を聞きながら、ヒカリはスマホを差し出した。


――す、素性を明かせないって……


 信用できる店長からの保障に、それと焼きついてしまった赤い瞳のインパクト大の行動とのギャップは、ヒカリを躊躇させる。


――王族? まさかホントに? でも……


 猜疑心が表情に出てしまっているヒカリが差し出したスマホに、大きな手が触れた。


「……おい……」

「?」

「おまえ、いい加減手を離せよ……」


 表情と比例する、分かりやすい抵抗。


「あっ……」

「あっ、じゃねえよ。 この本読みたくねえのか?」


 無意識の抵抗に、無意識の威圧感が応戦する。


――ない、ない! ありえないっ!


 目の前の威圧し続けるライトという男が、ほんの少しでも、尊敬するトール王へいかだと思った自身を恥じた。

 緩めた手から、離れるスマホ。

 ライトに渡ってしまったそれを不安そうに見るポニーテールの姿に、彼は彼女の自身に対する評価を知る。

 約束したものの不安が拭いきれず、思わず追ってしまうヒカリの視線に、突然ハードカバーが飛び込んできた。


「約束だからな。 古本屋ここに居る間なら、読んでもいいぞ」


 空いた手で、ハードカバーを差し出すライト。

 だがしかし、その言葉とは裏腹な不機嫌な表情に、ヒカリの伸ばしかけた手が止まる。

 その動きに、ライトの眉がヒクっと動いた。


「読みたくないんならいいんだぞっ! オレは――」

「読みますっ! 読ませてくださいっ!」


 目の前に差し出されたハードカバーの奥に見える、不機嫌なライトの赤い瞳。


――あっ……


 受け取ろうと差し出した両手を自身のブレザーでゴシゴシ拭くと、改めて受け取る。

 また触れることができたハードカバーに、思わず笑みが溢れた。


「あ、ありがとう……ございます」

「おっ? おう……」


 自然と口から出た感謝に、そんな言葉が帰ってくると思わなかったライトの返しが上ずる。

 調子を狂わされたライトは頭を掻きながら、失言少女ポニーテールから借りた宝石を覗き込んだ。


――白……まだ、、、混濁してるのか?


 手に取り改めてこの宝石が、【リア・ファル】であることを確信したライト。

 懐かしい白い光に目を細めるも、その心は嬉しさだけではなかった。


――これじゃ、『神』がどれか分かんねぇ……。 もしも【ヘイムダル】じゃなくて、オレと同じ【トール】なら、ヒカリの汚名を返上できる。 それに、次期王オレの次として、その地位を保証される。 『不要な者』として権力好きな貴族あんなやつらに、蔑まされることもねえんだが……


 ふと、少年の頃の公爵の姿が脳裏を過ぎる。

 ライトの口から、ため息が漏れた。


――それにしても……


 【リア・ファル】から移る視線。

 ハードカバーを笑顔で読み始めた、失言少女ポニーテールの姿が、赤い瞳に映る。

 自身を見る時の敵意丸出しの見据えるそれとは全く違う、穏やかな表情でページをめくろうとしている普通の少女。


――こいつは一体、何者だ?


 自身が見つめていることにも気がついていない、目の前のポニーテール。


――ナゼ、ヒカリの【リア・ファル】を持ってる?


 ゆっくり文字を追う瞳。

 目の前の読書に耽る少女を見ながら、湧き出る疑問に首をかしげた。


――ヒカリは、親衛隊入隊を希望している、って言ってたよな?


 公爵の言葉を思い出し、目の前のポニーテールを改めてそれに見合うものか見定める。


――華奢な読書少女こんなやつじゃ、とても務まるような仕事じゃねえし、そもそも希望しているとは思えねぇ……


 国王であり親衛隊隊長としての自身の立場から、自らの疑問の答えを出した。


――それに、ヒカリは……


 目を伏せるライトの脳裏で、4歳のままのヒカリが笑顔で話しかける。

 その姿に、自身に対し反抗的な仕草はない。

 先ほどの自らの疑問の答えと、その笑顔が、『【リア・ファル】を持っている目の前のポニーテールがヒカリである』と言う常識、、を逸脱させた。


――と、言うことは、やはり……


「おい」


 再び響く重低音。

 またもや、現実世界へ呼び戻され、驚いた顔のポニーテールにライトは、次なる疑問をていする。


「おまえの知り合いに、ヒカリ、って名前の奴はいるか?」

「えっ!?」

「おまえと同じくらいの歳なんだが?」


 ライトの言葉に、どうすれば良いのか戸惑うヒカリ。

 答えを待つライト。

 しばらく、ふたりの間に沈黙が続いた。


――ん? ヒカリを知らねえのか? そう言えば……


 ライトは『ガス爆発』した倉庫での出来事を思い出す。

 乗り込んだ早々、ヒカリの存在を確認した時も、それに答える者はいなかった。


――ひょっとして公爵あにきの奴、ヒカリに偽名違う名前使わせてるのか?


 ノルンの予言ガセネタを信じ、直接ヒカリを暗殺しようとする輩がいるとも限らない。

 身を守るため、そのくらいのことはやりかねない、兄の性格を思い出した。


「あー、うん、質問を変える」

「?」

「おまえ、信用できる友達とかいるのか?」

「友達?」

「いるんだろ? そいつに会わせろ」


 【リア・ファル】を預けられるほど、信用されているポニーテール。

 その相手こそがヒカリとの推測からの要求も、唐突すぎるそれを、ヒカリが受け入れられるはずもない。

 ましてや、今までのこのライトという男の言動、行動からすれば尚更である。


――こ、こんな危険な人、サキに会わせるなんて出来るはずないっ!


 まさかそれが、自身のことであるなどと思いもよらないヒカリは、ライトの一方的な要求に驚愕した。


「なるほど……。 ライト様は、そういうお誘い方アプローチをされるのですか」


 突然、二人に割って入る声。

 いつの間にか席を外していた店長が、コーヒーカップを乗せたトレイを携え、ライトの横に立っていた。


「ですが、今は読書タイムのはずです。 お話しは、それが終わってからでも構わないかと……」


 やんわりとライトを諌めながら、彼はコーヒーカップを彼の横へ置く。


「どうぞ。 お口に合えばよろしいのですが……」


 もうひとつのカップを、ポニーテールへ運ぶ店長。

 その姿を見ながら、ライトは頭を掻いた。

 カップから香るコーヒーに視線を移す。


――?


 その香りに誘われ手を伸ばすも、ここにあるはずもないそれに、ライトは首をかしげた。

「あっ、このコーヒーの香り!」

「分かりましたか?」

「はい! これ姉さんが淹れたコーヒーですよね!?」


 嬉しそうに話すポニーテールの言葉に、驚いたライトの視線が向けられる。


「でも、私はいいです。 本汚しちゃったら大変なので」

「そうですか。 では、読み終わったら声かけてくださいね、ヒカリちゃん」

――!!!


 ふたりの何気ない会話に唐突に現れた、10年間探し続けた名前。

 待ち焦がれたそれも、あまりに突然すぎる展開にライトの思考が停止した。


「んっ? どうかしましたか、ライト様?」


 様子がおかしい彼に、店長は声をかける。


「ひっ……ヒカリ!?」


 我に返り、思わず叫んでしまったライトの口調トーンに、ヒカリはギクッと反応した。


――こいつがヒカリ!? どういうことだよっ!?


 驚いた表情のまま自身をじぃーと見据える赤い瞳に、ギョッとするヒカリ。


――何? 何なのっ!? まさか……


 育ての親から聞いていた『父親のイメージ』から、かけ離れた行動を目の当たりにし、既に父親候補から除外されている、目の前の育ての親そっくりさんからの、分かりやすい『迷惑な疑い』に、思わずハードカバーでその視線を塞ぐ。


――そ、そんなはずねぇ! だってこいつじゃ……


 出したばかりの自身の答えとは違う新事実。

 だがしかし、その体型となによりも見たばかりの読書をしている時の、穏やかな彼女の表情が、事実を認めさせない。

 戦いを生業とすることを目指している者とは思えない、目の前のポニーテール。


――そ、それに、姉さん、、、って、誰だよっ!?


 突然出現した、身に覚えのない、姉さんもう一人の娘の存在が、彼の困惑に拍車をかける。

 だがしかし、脳裏に過る、先ほどのあの『氷のトール』の姿。


『取りに行ってもらいたいものがある』


 その言葉で、今ここにいる自身。


『あれから十年間、必死に探しているおまえに、花を持たせようとしていたにも関わらず――』


――う、嘘だろう?


 そう思いたくとも、意味のない行動を嫌う公爵の分かりやすい誘導。

 そこにいた、娘と同じ名前の『ヒカリ』。

 何より今自身の大きな手の中にある、自身が認めた【ヒカリのリア・ファル】の存在が、その事実を認めさせる。

 自身の命と同じ重さのリア・ファルを、信用できるとはいえ他人に預けていると言う仮説よりも、遥かに説得力のある、常識的な見解。


 【リア・ファル】を持っている、目の前のポニーテールがヒカリである――


 ガス爆発さわぎに対する『おしおき』だと思っていたそれの本当の意味に、やっと気がついた彼の顔から、血の気が失せてゆく……。


――まさか、そんなことは……


 そしてその真実を認めた時、彼女のこれまでの反応に認めたくない事実を見つけてしまう。


――父親オレのことを覚えていない?


 幼児期の、自身に向けられる無防備な笑顔。

 脳裏に浮かぶその笑顔を、つい最近向けられた敵意むき出しの表情が、人格否定の言葉と共に上書きオーバーライトする。


――ヒカリにとって、父親オレはどーなってんだっ!?


 まだ殆ど会話がないとはいえ、ヒカリからの言葉から感じられない父親自身の存在と、絶対の信頼を得ている、自身にそっくりという謎の人物の存在感。


――おじいちゃん……、おじいちゃんって、一体何なんだよっ!?


 受け入れられない事実の乱発に耐え切れず、再び思考停止に陥りかけているライトを目の前で見ながら、店長フレイヤはふぅっとため息をついた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る