第3話-2 ノルンの予言

「今日の授業は、キツかったよぉ……」


 ビルスキルニル中学校から下校する生徒たち。

 その一人であるヒカリは、同じく一緒に下校しているサキと校門を出た。


「やっぱり寝不足が原因?」

「?」

「ヒカリが、根を上げるなんて、見たことないもん」

「そ、そうだっけ?」


 仲良く並んで歩く、ポニーテールとショートヘア―。

 心配そうに見つめる純粋無垢な瞳に、ヒカリはたじろいだ。


――寝不足が、原因じゃないんだよね


 今日一日の授業態度に、『集中力欠如』の烙印を教官に押されてしまったヒカリ。


――寝不足の原因、、が、原因なんだよね


 友人に引きつり気味の笑顔で返しながら、口にできない本当の理由を心で呟く。

 授業中、どんなに集中しようとしても蘇る、昨夜の記憶。

 『国王直属の親衛隊』を養成している『親衛隊候補生学科』の教官が、らしくなく上の空のヒカリの態度に、気がつかないはずもない。

 満身創痍の自身を癒してくれる友人の優しい声に、またも本心が言えずヒカリは人知れず悶えた。


「これからバイト?」

「う、うん」


 並ぶ同じ高さのポニーテールが、縦に揺れる。


「……そんなに疲れてるんなら、今日はバイトお休みすれば?」


 朝から元気のないヒカリに、サキの顔がより近づいた。


「折角決まったバイトだもん。 時給もイイし、好きな職種しごとだし」


 心配そうな表情のサキに、ヒカリは笑顔で答える。


「納品の締め切り近いし、頑張らなくちゃっ!」


 張り切るヒカリの横で、その明るくなった顔にサキは安堵した。

 二人の通学路の途中にある古本屋。

 そこへ歩みを進める二人の話題が、尽きることはない。


「あの古本屋さん、お客さん見かけないし、その割には潰れないなぁ、なんて思っていたら、そんな仕事もしてたんだ」

「うん、去年ここに引っ越してきた頃に偶然、バイト募集の張り紙見つけたの。 中学校公認のバイト先だったし、幸運ラッキーだったぁ」


 ポニーテールを揺らし満面の笑みを湛えながら話すヒカリに、その横のショートヘア―のサキも、自然と笑顔になる。 


「書籍の電子化作業だっけ? 本の内容をパソコンに打ち込んでデータ化するんだよね?」

「うん、パソコンもソフトも古本屋さんで用意してくれてるの」

「ヒカリが入力速いの知ってるけど、一文字一文字打ち込むの大変じゃない?」


 自身を心配してくれるサキに、ヒカリは笑顔で説明を続けた。


「文字によってはそうなるけど、今回はOCRソフト使っているからそこまで大変じゃないよ」

「OCRソフト?」

「うん。 画像データ化した本のページをOCRソフトで解析して自動的に文字を出力するの。 いちいち打ち込まなくていいんだけど、違う文字に変換されている場合があるから、それをチェックしてデータ作らなくちゃいけないんだ」

「ふーん」


 中学生ながら、大人が行なう入力業務を既に請け負っているヒカリ。

 彼女の高いスキルを認めているサキは、興味深くその話を聞きながら歩みを進めた。


「それに、この仕事バイト続けていたら、おじいちゃんから聞いたあの本、、、に出会えるような気がして」

あの本、、、? 前に読んでみたいって言ってたルーン文字の本?」

「うん、その本を探していて、今のバイト先古本屋さん見つけたの」

「それって、王女ひかり様のために、王妃のシルヴァ様が作らせたって言う本でしょ?」

「そう! 私と同じくルーン文字に興味を持たれていて、しかも同じ名前の王女様のっ!」

 憧れの王女に、ヒカリの瞳が嬉しそうにキラキラ輝く。


「私たちと同い年だよね、その王女様。 たしかシルヴァ様が亡くなられた後、シルヴァ様の出身地のフォールクヴァング王国へ留学されてるんじゃなかったっけ? 」

「フォールクヴァング王国かぁ……」

「フレイヤ女王と言えば、ルーン文字を言語とするYggdrasillユグドラシル systemシステムの管理者。 ルーン文字を学ぶのなら、絶対に外せない国だよね」


 大好きなルーン文字に一日中触れていられるであろう留学先に、思いを馳せるヒカリ。

 全寮制で卒業するまで、例え親が王族であっても会えないなど、厳しい規律があるとは言え、その魅力は彼女の心を捉えて放すことはない。


「ひかり様、フレイヤ女王陛下にルーン文字、習ってるのかなぁ? いいなぁ~」


 遠くを見ながら呟いてしまったヒカリの一言に、サキの歩みが止まる。

 それに気がついたヒカリも、立ち止まった。


「あのね、ヒカリ」

「何?」

「前から聞こうと思ってたんだけど」


 自身の顔を覗き込むサキが、言いづらそうに口を開いた。


「なんで、この学校に入学したの? ルーン文字を専攻したいのならフレイヤ女王様が治める、フォールクヴァング王国だよね?」


 ごもっともなその言葉に、ヒカリの顔が引きつる。


「それは――」

「親衛隊候補生学科専攻したのって、ヒカリのお父さんを探すためなの?」


 サキの鋭い指摘に、ヒカリの瞳が泳いだ。


「そ、それだけじゃないよ、陛下にお仕えしたいって言うのもホントだからっ!」

「……」


 逃げるように歩き出すヒカリに、サキもそれに合わせる。

 おじいちゃんが生前言っていた言葉。


《おまえのお父様はとても強い人だったんだ。 しかし――》


 ヒカリなりに考えたその言葉の意味と出した結論。

 疑う視線を向けるサキに、ヒカリは必死に訴えた。


「ホ、ホントだよっ! 陛下のことはおじいちゃんからいろいろ聞いていて、それでお仕えしたいなぁって思ったことはたしかだしっ! それに親衛隊員として、陛下や公爵様の期待に応えることができれば、宮殿の図書室にしかない古書やルーン文字の専門書とか、読むことを許されるかもしれないでしょ?」

「……」

「そうすれば、お父様と一緒に暮らすようになっても、きちんと生活費を稼ぎながらルーン文字の勉強もできるしっ!」

「……生活費?」

「前に話したでしょ? お父様が私をおじいちゃんに預けた理由」

「うん、聞いたけど……でも――」


 ヒカリの言葉に不安げなサキが、言葉を返そうとした時だった。

 見慣れた寂れた建物を前にし、二人の足が止まる。


「じゃあねサキ、お仕事頑張ってきますっ!」

「う、うん、じゃあまた明日ね」


 心配そうに見送るサキの視線を背中に感じながら、古本屋へ入るヒカリ。

 自身を見送ったサキが帰って行く気配を感じながら、仕事の準備をしようとするヒカリに、店の奥から一人の男が駆け寄ってきた。


「待ってたよヒカリちゃん。 ちょっと頼まれて欲しいんだけど」

「何ですか? 店長」


 小走りに近寄ってきた初老の男に、自身用と用意されているパソコンの前でヒカリは声をかける。


「いやいや困ったことが起きてね。 急ぎの仕事がね」


 そう言いながら彼は、ヒカリに小さな紙袋を手渡した。


――本……単行本? ハードカバーだから単行本っていうより日記……かな?


 袋の膨らみと形、大きさ、紙一枚から手に伝わる感触が彼女にそう告げる。

 厚さはあるものの、大きさはスマホと同等か一回り大きいくらい。

 微笑む彼に見守られながら、開いた紙袋の中を見てヒカリは驚いた。

 革製のハードカバーに施されている金箔の装飾。

 まるで子供向けのような可愛らしいデザインのそれに特徴的な文字。


「店長、これって!?」

「説明は後でいいかな? 僕とベリファイ入力で納期は二週間後! 受けてくれるよね?」

「もちろんですっ!」


▲▽▲


「何で、こうなる……」


 ビルスキルニル中学校 校門前――

 帰宅していく生徒たちに混じって歩く、ひとつふたつ出た赤髪。

 笑顔の彼らとは違う、困惑した赤い瞳が必死に何かを探す。

 耳に障る高い声と笑い声。

 時折聞こえる、意味不明イマドキな単語。

 同じ制服ブレザーに、似たようなヘアースタイル。


――こんなに、ウジャウジャいるとは思わなかった……


 普段、接点など皆無の学生彼らが、全て同じに見えてしまうそれに、ライトの心が折れかける。

 公爵との会話で知った、ヒカリの在籍する中学校。

 将来、自身に仕えるであろう彼らに、大変失礼な感想を心で呟きながら、赤い瞳は昨夜見た面影を探した。

 昨夜の衝撃的な『再会』。

 淡い懐かしい、白い輝き。

 震えながら自身を見つめる瞳。

 そして、もれなくついてくる第一声。


《おじいちゃん?》


 その衝撃は、昨夜の面影を思い出す度繰り返され、彼の眉を不自然に上げる。


――違うっ! アレはオレが老けて見えるとかそーゆーことじゃねぇっ! アレはアレは……そうっ! オレに似てるって奴の名前だっ! そう名前っ! オジイ=チャンとかっ!


 民族にこだわりのない、国家形成が普通であるこの世界。

 とはいえ、流石に無理があると思いつつも、本当にポッキリ折れてしまいかねない自身の心に刷り込もうと藻掻もがいた結果、出した自身のバカバカしいオチに、危なく心が折れ自滅しそうになった。


――あのポニーテールを見つけ出して、大問題発言爺さん呼ばわりを、必ず撤回させるっ!


 忘れられない衝撃フレーズに振り回される時間から、一刻も早く解放されたいライトは強く心に誓う。


――それに、早くヒカリを見つけ出さねえとっ!


 公爵に告げられた言葉は、無駄と言われたヒカリ捜索に、再びライトを駆り立てた。


『どういうこと、って……、どういうことだよっ!?』


 先程までいた、宮殿執務室での出来事を思い出す。

 まるで、こうなるように仕向けていたかのような公爵の口振りに、ライトは驚いた。


『フレイヤ様からのアプリで、ヒカリさまの【リア・ファル】の場所を、おまえは特定できていたはずだ。 ヒカリさまを、何故連れ帰らなかったのだ?』

『連れ帰るも何も、居なかったんだよっ!』

『そんなはずはないっ!』

『んなこと言われても、居なかったんだよっ! 呼んでも名乗り出る奴いなかったし、オレの顔を見ても、オレのこと知ってる奴は――』


《おじいちゃん?》


 昨夜の少女の顔が脳裏を過ぎると同時に、再生される聞き捨てならないその一言。


《おじいちゃんは、こんなに怖くないっ!》

《全然似てないっ! おじいちゃんは優しかったし、突然怒鳴ったりしないもんっ!》

《おじいちゃん、そんなに目つき悪くないっ!》


 しかも、見知らぬ相手と勝手に比較された挙句の、人格否定三連発。


『オレのこと、知ってる奴はいなかった……』


 表情がどんどん引きつり、そのまま固まってしまったライトに、公爵は首をかしげた。


『【リア・ファル】を所持している少女を、確認すればよかったではないか?』

『しょ、しょうがねえだろっ!? 馬鹿な野郎どもがオレに喧嘩売りやがって、それどころじゃなかったんだよっ!』


 これ以上その話題に触れたくないライトは、ミッション失敗の責任を他に押し付ける。


『喧嘩?』

『あの野郎、何を言うかと思えば、このオレにてめぇの偏見と理解不能の持論で講釈たれやがった挙句、ユグドラシルシステムイカれたパソコンノルンの予言ガセネタを、持ち出しやがったっ!』


 自身で説明しながらその時の怒りを思い出してしまい、より一層粗暴なものになったライトの言葉に、自身の予想との望まぬ、、、合致を見た公爵から醸し出す『高貴な威圧感』が、一気にパワーアップする。


『お前もお前だっ! そのような者を相手してどうするっ? そんな場合ではないだろうっ!?』


 再び声を荒らげてしまった公爵はため息をつきながら、眼鏡の橋ブリッジを中指で押し上げた。


『やむを得ないな……』


 呟く公爵の眼鏡レンズに、白い光が流れる。

 その言葉の意味が分からず戸惑うライトを、公爵のそれは見据えた。


『一ヶ月後のおまえの誕生祝賀パーティーに、ヒカリさまをゲストとしてお招きする』

――!

『理由ならば何でも良い。 そうだ、ビルスキルニル中学校親衛隊候補生学科に在籍している、ただ一人の女子生徒に感動した陛下が、引見を希望されている、ということにしよう』

『はぁ!?』


 突然明かされたヒカリの近況と、勝手に決められた自身のスケジュールに、ライトの口から思わず驚きの声が漏れる。


『その席で、全世界にトール王の娘として、ヒカリさまを公表する』


 白く光り、その奥の瞳を隠す眼鏡レンズ

 感情を排除した、有無を言わせぬ重低音。


 『氷のトール』の降臨に、目の前のライトは身震いした。 

 『神に選ばれしもの』でもない公爵から放たれる『高貴な威圧感』。


 貴族としての誇りと、若くして王国の参謀として、国王の代わりに政を取り仕切っているプライドから醸し出される、年々威力を増すそれに、26年に渡り刷り込まれたトラウマ、そして国内外の責任を全て押し付けているという後ろめたさが、公爵に対し意見することを許さない。

 それでも、ヒカリとの再会の理想的なシチュエーションを思い描くライトは、必死に声を荒らげた。 


『じょ、冗談じゃねえっ! そんな見世物みたいな扱い受ける覚えねえぞっ!』

『冗談など言った覚えはないっ! それにそんな悠長なことを言っている暇はないのだ』

『ど、どういうことだよ』

『おまえの誕生日が、タイムリミットだ』

『タイムリミットぉ!?』


 初めて聞く制限時間の存在に、ライトの眉が不機嫌に動く。


『忘れたわけではないだろう……、ヒカリさま、、、、、の身体に宿っている、、、、、破壊神ヘイムダル】の存在を』


 眼鏡レンズを白く光らせたままの、無感情のはずの言葉が重く響く執務室。

 王の住まうこのビルスキルニル宮殿内にて、使うことを憚られる【神】の御名は、ライトの瞳に暗い淀みを灯した。


『あぁ……、ノルンの予言ガセネタならな……』


 張り詰めた執務室の空気を、ライトの低い声が伝う。


『タイムリミットも予言のひとつだ。 おまえの『恩寵の輝き』が【破壊神ヘイムダル】からヒカリさまを解放する。 それを逃せば【破壊神ヘイムダル】の覚醒を止める術はない』


 自らの『予言』の『解決方法の予言』をするそれに、懐疑心むき出しのライトが鼻を鳴らした。


『そんな話し、信じるに値するのか? 何を理由に、そう決めつけられるんだよっ!』

Yggdrasillユグドラシル systemシステムを支える【ハードウエアノルンの巫女】の予知が、今までどれだけ人類を含む全ての生物に恩恵を与えたことか、おまえも知らないはずはないだろう』

『……』

『過去のあらゆる出来事をデータ化し、そこからはじき出される処理結果――『予言』の的中率を無視することはできない』

『要するに兄貴は、その【ノルンの予言ガセネタ】を信じてるってことだな?』

『それを信じている民の不安は、計り知れん』


 淡々と語る公爵。

 その言葉を支持するかのような、昨夜の人身売買男バイヤーの言葉を思い出し、ライトの顔が悔しさに歪んだ。


『ノルンの予言が、真実か否かは、今は問題ではない。 まずは、民の不安を払拭するのが先決だ。 そうすれば、おまえとヒカリさまの汚名を返上できる。 だからもう無駄なヒカリさまの捜索はするな。 誕生日まで静かにしていろっ! いいなっ!』


――何が、いいなっ!、だっ! 何でオレたちがそんな【ノルンの予言ガセネタ】のために、晒し者にならなきゃならねえんだよっ!


 機械の思うがままに振り回されていることが気に入らないライトの眉が、不機嫌に動く。

 とは言え、このままだとそうなりかねないという焦りが、ヒカリの在籍すると言われた中学校に、ライトを向かわせていた。

 必死に捜すも、一向に見つかりそうもない『手がかり』に、焦燥感が一層募る。


――この一ヶ月の間にあの娘を探し出して、ヒカリの居場所を聞き出さねえとっ!


 もう既に下校してしまっている『手がかり』に対するこの『無駄な捜索』は、この後、不審者発見の通報を受けた警察の職質から逃亡することで幕が降りることなど、この時のライトは知る由もなかった……。

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