第2話-1 コピーライト

「えぇ!?」


 ビルスキルニル中学校2年教室――

 登校早々、もう戻らないものと諦めていたパンダの財布の帰還に、それの持ち主の少女は驚きの声を上げた。


「どこにあったのっ!?」

「えっと……落ちてたんだよね、本屋さんのすぐ近くに」


 終始泳ぐ、ヒカリの瞳。


「落ちてた?」

「う、うん……」


 頷くヒカリを、じーと見つめる友人。

 しばらく続いた沈黙に、さすがに無理な嘘だったと後悔しかけた時だった。


「そうなんだぁ。 ヒカリ、見つけてくれてありがとうっ!」


 嬉しさに輝く友人の、曇りない瞳。


――そんなで見ないでぇ!


 疑うことを知らない生粋のお嬢様の瞳に、そんな相手だと分かっていながら、嘘をつかなくてはならないヒカリは人知れず悶えた。


《このことは、絶対に口外してはならんぞっ!》


 自身を守るという白い宝石を探知するアプリに対する、育ての親の忠告を守るためとは言え、目の前の瞳はヒカリに罪悪感を覚えさせる。


――ごめんねぇ……サキ……


 大好きだった彼との約束を破るなど、たとえ亡くなってしまった相手でも出来なかったヒカリ。

 あの、くせ毛の赤髪と優しく見つめてくれる、赤い瞳はもういない。

 思い出した優しい面影。

 図らずもそれは、彼を懐かしむヒカリの脳裏に思い出したくない、昨夜の男を連れてくる。


――あの人は、おじいちゃんぢゃないっ!


 上から見据える、威圧感満載の赤い瞳―― 


――ソックリだけど、全然似てないっ!


 脳裏に焼き付いた、赤髪の男の形相を振り払おうと、頭を振るヒカリ。


――ナゼ、私の名前を知ってた!? あの人は、一体何者???


 昨夜の出来事を思い出す度、湧き出る疑問とそれに付随する非現実的な光景。

 青ざめるヒカリの顔を、サキは覗き込んだ。


「ヒカリの大切な宝石も、見つかったんだよね?」


 その表情に、意味を取り違えたサキが心配そうに尋ねる。


「あっ、うん、この通り大丈夫」


 ブレザーから取り出したスマホとそれのアクセサリー。

 淡く白い輝きにサキは安堵するも、依然変わらぬ浮かない表情のヒカリに戸惑った。


「どうしたのヒカリ、なんだか……変だよ?」

「えっ? そ、そんなことないよっ!」


 必死に平静を装うヒカリ。

 珍しく追求する友人にたじろぐも、後ろめたさと純粋無垢な瞳が逃げることを許さない。


「ひょっとして……寝不足?」

「な、なんでも……えっ? 寝不足?」

「夜中の爆発っ! すごかったよねっ!」

「え゛っ!?」


 昨夜の非現実的な光景と合致するその単語に、ヒカリの表情は凍りついた。


「ほら、昔使ってた港の倉庫で、ガス爆発ってネットニュースになってるっ!」


 ヒカリの虚ろな瞳に映る、昨夜の惨劇を伝えるニュースサイト。

 サキがかざすスマホが現場と伝える画像は、ナゼか更地で、あの倉庫ではない。


「老朽化したガス管から漏れ出たガスに、何らかの火が引火したためとみられる……、だって」


――サキ、あれはガス爆発なんかじゃないんだよぉ……


 読み上げるサキの声を、虚ろな瞳のまま聞くヒカリ。


「当時、倉庫は無人でけが人もなかった……、だって。 よかったよねぇ~」


――いえ、いましたよ……


 忘れたくとも忘れられない、所謂『テレビで観た事あるけど周りにはいない』タイプの方々。


――あの人たち……逃げられたのかな?


 折角の飛び道具を有効活用できなかった、黒ずくめの男たち。

 もう、何度も読み直したそのサイトの内容に、口に出すことができないツッコミを入れたのは何回目だろう。

 とは言え、そうするしかなかったのかもしれないと思うヒカリ。


――本当のあんなこと書いたって、誰も信じてくれないよね……


 盗られてしまったモノを取り戻すため、忍び込んだ倉庫には、売り飛ばされる寸前の少女たちと黒ずくめの男たち。

 そこに、素性の分からない恩人ソックリの男が現れて……

 その後の、未だに信じられない結末に、ヒカリはゾッとした。


落雷、、したみたいな地響きだったよね? あれじゃ、目が覚めちゃうよ」


 思いがけないサキの正解回答に、ヒカリの脳裏にその解説画像が過ぎる。

 目の前の大きな背中から発せられる金色のオーラ――

 轟く雷鳴――

 大きくなる地響き――

 浮き上がる足元の小石――

 赤髪の男の怒号とともに、金色の光と衝撃に包まれる倉庫――

 気が付けば、何故か不在偽装おきまりの細工を施した座り心地の悪いベッドに正座している、消し飛ぶ倉庫と運命を共にするはずだった自身――

 あまりの非現実的な出来事に、夢だと思いたい自身を、手元の淡い輝きとパンダがそれを許さない。

 一緒に暮らしている、姉のようなマリに一連の出来事を話したくとも、忠告を無視したことがばれ、雷を落とされた挙句、嘘つき呼ばわりされるのが関の山で、到底信じてくれるとは思えないヒカリは、相談どころか目を合わす事も出来ず、そそくさと登校していた。


――間違っちゃった通報の履歴も、スマホから消えてるし……もう何が何だか……


 何が何だか分からない状況――


――あの時、悲鳴さえ上げていなければぁ……


 公衆電話からの緊急通報に、コインは必要ないことに、ナゼあの時気付けなかったのか。

 スマホのお手玉タップを後悔しても、後悔しきれないヒカリは人知れず悶えた。

 自身の手をしっかり握りながら『今度お礼するから期待しててね』と語るサキの声が素通りしていくヒカリの脳裏に、その中でも疑問の残る対応が過る。


《勝手に話をするなっ!》


 ヒカリの失言に、揉め始めた二人に離れたところから、震える銃口を向け吼える黒ずくめの男。

 顔を上げ、声の方を見た赤髪の男は、口を止めるとすぅっとヒカリと男の間へ入った。


――あれって……私を守ってくれた?


 広い背中に守られた気になり、安堵するヒカリ。

 だがしかし、それはつかの間の出来事だった。

 それから発せられる金色のオーラが、束の間の安らぎを蹴散らす。


――あの人は一体……


 非現実的な出来事と、恐怖のどん底に突き落とした赤髪の男に苦悩するヒカリを、始業を告げるチャイムが現実に引き戻した。


▲▽▲


「アレって、どーゆー意味だよ……」


 町外れの小さな雑居ビルの一室、1DKのバスルームに反響する赤髪の男のぼやき。

 彼の身なりとは釣り合わないそれのバスタブから湯が流れ落ちる。 


《おじいちゃん?》


 少女が呟いた、復唱することを憚られるショッキングな一言に、彼の心は重く沈んだ。

 瞳を逸らさず呟かれてしまった彼に、それは自身のことではない、と言う逃げ道はない。


《おじいちゃん?》


 湯に浸かる彼の脳裏をよぎる、理不尽な言葉と一時間ほど前の出来事。

 34歳の彼にとって酷すぎるこの一言は、十年ぶりの感動の再会になると期待していた想いを、一瞬にして地獄へ叩き落とした。


『んなわけ、ねぇだろうっっっ!』


 会いたかった――

 そう言うはずだった、第一声。


『オレのどこが、爺さんなんだよっ!?』


 優しく抱きしめるはずだったそれは、前言撤回を強要する威圧感満載の仁王立ちに変わる。

 赤い瞳に映る、どんどん恐怖で引きつっていく少女の表情。

 再び震え出す小さな体に、その扱いを知らない彼はぎょっとした。


『ち、違う…… 』


 恐怖に震えながら必死に口を開く少女の姿に、一気に襲う罪悪感。


『わ、分かれば良いんだよ』


 少女のそれに、狼狽うろたえた彼から冷や汗が溢れた。


――オレに気づいていない!? ヒカリじゃないのかぁ!?


 期待が大きかった分、落胆も大きい。

 挙句に失礼すぎる人違い発言に、怒りをぶつけることができない彼。

 まさに、踏んだり蹴ったりの状況にも関わらず、少女に恐怖心を与えてしまったという罪悪感は、彼から前言撤回の要求をも棄却させた。


『違うもん…… 』

『まぁ、もういいぞ……』

『だから、違うっ! 』

『だから、もう気にしてな――』

『おじいちゃんは、こんなに怖くないっ! 』

『……はぁ?』


 予想だにしない言葉を、力強くしっかり言い切る少女。

 謝罪だと思っていたそれは、全くの思い違いであったことを知った彼は呆然とした。


『全然似てないっ! おじいちゃんは優しかったし、突然怒鳴ったりしないもんっ!』


――な、なんだよコレ? 逆ギレかぁ!?


 謝罪どころか震えながらも自身を見据える少女に、彼の眉が不機嫌にヒクっと動いた。


『おじいちゃん、そんなに目つき悪くないっ! 』


 自身を蔑む言葉を立て続けに話す少女のトドメの一言に、罪悪感は吹っ飛び、自称『温和な性格』の彼の中で、他人よりも遥かに切れやすい堪忍袋の尾がキレた。


『おまえ、オレに喧嘩売ってんのかっ!? ガキだと思って我慢してりゃ図に乗りやが――』

『か、勝手に話をするなっ! 』


 突然割り込んできた男の声に、彼と少女は我に返る。

 上げた視線の先に、自身と少女の背中に向けられた、震える銃口に限界まで引けた腰。

 チラリと見た横には、目隠しをされた怯える少女たち。

 ヒカリを探していた十年間で、何度も同じ場面に遭遇していた彼に、この状況の説明は無用だった。

 周りの状況に、彼はため息をつきながら頭を掻く。

 ヒカリとの再会が今は果たせないことを知った彼は、この倉庫に入った時に決めていた次にやるべきことに気持ちを切り替えた。


『おい』


 その存在をすっかり忘れていた黒ずくめの男を見据えながら、少女とそれの間に彼は割り込む。


『こいつら、おまえのモンじゃねぇよな? どっから連れて来た?』

『ど、どこだってイイだろうっ! 』


 横を親指で差しながら説明を求める彼に、震える声が反抗する。

 それに反応したかのように、彼から金色のオーラがゆっくりと放たれた。


『イイわけ、ねぇだろう……』


 少女の時とは違う重低音。

 怒号とは違う落ち着いた口調と見据える赤い瞳が、男を威圧する。


『分かるわけねぇよな、おまえにオレら、、、の気持ちを、説いたところで』

『お、おまえだって、オレの気持ちなんて分からないだろうっ!?』

『……どういう意味だ?』

『おまえ、王族か貴族に雇われて探しに来たのか? その格好じゃあ、結構儲かるみたいだな』


 恐怖におののきながらも、必死に語る男。


『……何が言いたい?』


 見据える怒りに満ちた赤い瞳が、珍しくその続きを許した。


『金儲けのためにやってんなら文句はないが、同情やらでやってるんなら、上流階級あいつらには無駄だぞ。 子どもは家系存続のための道具としか思ってない奴らばっかりじゃねぇかっ! 王のガキどもなんて【リア・ファル】を持って生まれてこなかったら、一族どころか人間ひととして扱われないって有名だ! おまえを雇った奴らも、品位だの精々世間体を考えてのパフォーマンスだろ? そんな奴らの下で一生暮らすぐらいなら、ガキ欲しがってる奴に買われた方がこいつらも幸せじゃねぇか! そういや、現国王の娘だって、女戦士の国に留学中ってことになってるが、生まれる前から呪われた姫、、、、、だって、既に消されたって噂が――!!!』


 いきなりの地響きに、必死の形相でまくし立てる男の口が止まった。

 幾千も伸びる、黄色い鋭い光に轟く雷鳴。

 彼が破壊した大きな入口から見える空を、いつの間にか集まっていた黒く重い雲から漏れた稲光が、雲を夜空を黄色に照らす。


『何を言うかと思えば……おまえの偏見と理解不能の持論か。 聞くだけ無駄だったな……』


 男の目の前の彼から放たれる金色のオーラはその威力を増し、足元でカタカタ音を立てて震えていた小石が、重力に逆らい宙に浮き始めた。


『あのユグドラシルシステムイカれたパソコンノルンの予言ガセネタを信じている奴が、まだ居るとはな……』


 図らずも彼の逆鱗に触れてしまった男に、許しを請う機会など与えられるはずもない。

 今まで感じていたものとは桁違いの威圧感と、それに加わった殺気。

 恐怖に腰を抜かしてしまった男に、彼の怒号が容赦なく向けられた。 


『真実を知らないおまえが、偉そうに語るんじゃねぇよっ!!!』


 金色の光に包まれる倉庫に雷鳴が轟く。

 悪意すら感じられる偏見と持論に爆発した怒りは、彼のみ、、、が使うことを許される力、、、、、を持って表現され、それはいつものごとく、彼を後悔の念に駆り立てる。


「あいつら、大丈夫だったんだろうか……」


 その後聞こえてきた、早すぎるけたたましいサイレンの到着に逃げ出してしまった彼には、彼らの無事を確認する時間はなかった。

 一人自宅のバスルームでの反省会。

 しかしそれは、いつまで経っても改善される気配はない。


――それにしても……


《おじいちゃん?》


 自身を見つめる、純粋な瞳と悪気のない口調が、彼の胸に突き刺さる。


「オレはそんなに老けてないっ! ……ハズだよなぁ……」


 町外れの小さな雑居ビルの一室、1DKのバスルームに心が折れそうな赤髪の男の呟きが悲しく反響した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る