第1話-2 衝撃的な再会

――ここ、だよね?


 ヒカリは、倉庫の前に立っていた。

 新しい港が別の場所に作られたため、使われなくなった古い港。

 ここ数年使われたことがないであろう公衆電話の照明が、不規則に点滅する。

 すっかり寂れた小さな港町に、人の気配はない。

 スマホに表示されている「★」の前にいる自身を示す点滅。

 この場所に間違いないことを確信したヒカリは、倉庫の壁を伝いながら入口を探す。

 所々にある小窓からうっすらと漏れる灯の光が、無人のはずのこの倉庫に先客が居ることを表していた。


――ここが、窃盗犯どろぼうさんのアジト?


 スマホを携え窓の下をかがみながら歩く。

 頭の上から漏れ聞こえる複数の男の声に、ヒカリは眉をひそめた。

 数時間前、ヒカリは友人と下校中立ち寄った本屋で不覚にもスリに遭ってしまった。

 いつもならばスマホのアクセサリーとしてつけていた、『育ての親』から『ある手がかり』として託された真っ白な宝石。

 繋いでいたチェーンが切れてしまい、落とさないようにとブレザーのポケットに入れたのが間違いだった。

 友人も被害を受けたため警察に行ったものの、その対応の悪さに不信感を募らせたヒカリ。


――絶対っっっ、自分で取り戻してみせるっ!!!


 自身の大切なアイテムであることと、もう帰ってこないものと諦めてしまった友人の悲しげな表情が、自主奪還という無謀な行動をヒカリに起こさせてしまった。


――えーと……


 かがみながらスマホを慣れた手つきでタップする。

 Y-systemのロゴから屋内見取り図インドアマップへ変わるディスプレイ。

 建物の外に自身を示す点滅と、壁をはさんで表示されている「★」。

 そのすぐそばの「ドア」のマークに、ヒカリは顔を上げてその場のドアを探した。


▽▲▽


――ここかぁ?


 ダークスーツの男は、倉庫の壁に横付けしていた。

 新しい港が別の場所に作られたため、使われなくなった古い港。

 ここ数年使われたことがないであろう公衆電話の照明が、不規則に点滅する。

 すっかり寂れた小さな港町に、人の気配はない。

 バイクにまたがったまま、取り出したスマホを操作するも、その覚束おぼつかい手元に、それはなかなか言う事を聞かない。

 赤髪を掻きながらのそれが、赤い瞳がつり上がってきた頃、ヤケクソのタップが望みのアプリを起動させた。

 Y-systemのロゴから、屋内見取り図インドアマップへ変わるディスプレイ。

 建物の外に点滅する自身を示すそれとともに、それから一番離れた金色の点滅が、建物内に表示される。


――やっと会える……


 娘が行方不明になってから十年間、兄に反対され続けながら一人で行ないやっと実を結んだ捜索は、彼を万感にふけさせた。

 


《――お父様――》


 自身をそう呼び満面の笑みで走ってくる女児を抱きしめる、十年前の当たり前だった日常が脳裏をよぎり、彼の目を細めさせる。

 再会により始まるであろう楽しい生活を疑わない彼の表情は勝手に綻んだ。


――それにしても、何故、港町の倉庫こんなところで……


 倉庫を見つめる赤い瞳。

 戸惑う彼の大きな手の中のスマホの振動しらせに視線が動いた。


――!


 赤い瞳に映る、自身を示す動かないままの点滅に、動いている金色の点滅。

 やっと見つけたそれの逃亡の可能性に焦る彼だが、その動きは良い意味で期待を裏切るものだった。

 外へ出ると思われたその金色は、自身を示す点滅から遠ざかるどころか倉庫の対角線上に近づいてくる。

 彼はバイクから降りると、警戒しながら倉庫に近づき、見つけた小窓から中の様子を伺った。

 薄明かりの中、何かうごめく影と感じる気配。

 一人ではない。

 複数の気配と微かに聞こえてくる、男の声と若い女の悲鳴。


――ヒカリ!?


 見回す視線の先に倉庫のドアを見つけた彼は、それに向かって走り出した。


▽▲▽


――あったぁ!!!


 数分前――

 気配を消しながら忍び込んだ倉庫内。

 微かに聞こえてくる複数の男の声を聞きながら、ヒカリは辺りを物色していた。

 重機の搬送も可能であろう大きな鋼鉄のダブルスライドドアの入り口とは逆の裏口で、表示されている「★」。

 倉庫中央から感じる気配に注意しながら探していると、それらはすぐに見つかった。

 倉庫の角に配置された、数台の収納棚シェルフ

 そこに自身を隠しながらの搜索に、見つけてください、と言わんばかりに視線の高さに並べられている、パンダの財布と宝石を見つけたとき歓喜の声を上げそうになるのをヒカリは堪えた。

 ウエストポーチにまずパンダの顔を入れると、次に自身の宝石を確認した。

 暗闇に浮かぶ、淡い光。

 いつものその姿に安心するも、切れたはずのチェーンが直されていることに気がつきヒカリは首を傾げた。

 と、倉庫の中心から聞こえてくる男の声。

 そして、微かに聞こえてくる女の怯えた声。

 長居は無用とばかりにさっさと退散するつもりだったはずが、持ち前の探究心がそれを確認するよう要求し、正義感が断ることを許さない。

 収納棚シェルフに身を隠しながら、その隙間から声の方へ視線を向けたヒカリは、飛び込んできた光景に息を呑んだ。

 目隠しをされ、口には猿轡さるぐつわ

 後ろ手に縛られ座らされている、自身と同年代の数人の少女。

 非現実的な光景に一瞬狼狽えるも、すぐにスマホを取り出す。


――警察にっ!


 そう思いタップしようとした手が、何かに気がつき止まった。


――どうしよう……


 指先には『23:48』。

 中2女子が外出して良い時間帯ではない。

 少し変わった『育ての親』から託された、この白い宝石を探索できるアプリが反応したのは、夕食後日が落ちてからだった。

 自身の行動パターンを熟知したマリの忠告にぐうの音も出ないヒカリだったが、ダメと言われると余計にしたくなるのは人の常。

 彼女の就寝を確認してからの行動も、ベッドに施した不在偽装おきまりの細工も、通報したことでバレるのなら意味をなさない。

 よりヒカリの脳裏で具体化する『女神の形相』。

 仁王立ちするその姿の周りを『もれなく教官からの説教付き』『停学っ!?』が乱舞し、それはどこからともなく降ってきた『退学!』のゴシック体太字の赤文字にかき消された。

 ヒカリの脳裏を支配する『退学』の二文字。

 彼女は首を左右に振った。


――見捨てるなんて出来ないよぉ!


 スマホの角に表示されているY-systemのロゴ。

 いつも自身を手助けしてくれていると思っていたそれがヒカリの瞳に恨めしく映る。


――こんなところじゃ助けを呼びたくても人なんていそうにないし、スマホこれからだと名乗らなくても私だってバレちゃうし……


 『女神の形相』に『退学』を覚悟でスマホを使うしかないのかと諦め始めた時だった。

 ここまで来た時の光景が思い出され、その中にあった通信手段の存在に気が付く。

 不規則な瞬きを放つボックス。


――そうだ、公衆電話っ!!!


 印象的だった四角い緑色が、ヒカリにガッツポーズをさせた。

 市街地に設置されている黒のそれとは違う緑色。

 旧式のアレならば、それの場所は特定されても通報する人物までは特定することはできない。

 コインの持ち合わせがないことに気がついた彼女は、ウエストポーチに入れたばかりのパンダの財布を取り出すと使い込まれたそれを、ここにはいない持ち主に謝りながら開けた。


――!!!


 驚きのあまり、取り出したそれをスマホ共々落としそうになるのを、数回お手玉した後何とか堪える。

 コインどころか現金ではない、数枚のカード。

 スマホのディスプレイの光に黒光りする、通常中2女子が持っていないアイテムは、地味な容姿から想像できない、大手スイーツ店オーナー社長令嬢が友人であるという今思い出さなくてもよい事実を思い出させる。

 それを静かにポーチに戻すと、ヒカリは悄気しょげた。

 不意に持っているスマホが震える。

 呆気なく消えてしまった希望の光に、落ち込む彼女の瞳に映るスマホのディスプレイは、その彼女にトドメを刺した。


「えぇぇぇぇ!!!」


 倉庫内に響き渡る、ヒカリの悲鳴。

 お手玉によりタップしてしまった通報画面に、それに応える行動を起こしたことを伝えるスマホの振動。

 『通報しました』の文字の下に仲良く並ぶ『出動しました』の応え。

 その下に続く文に目を走らせようとした時、それを妨害する怒号にヒカリは固まった。

 突然現れた、全身黒ずくめの男。

 目だけ出したその男に引きずり出され、今まで助けようとしていた彼女たちの輪の中に放り込まれる。

 その気配とヒカリの悲鳴に、目隠しで視界を奪われている彼女たちはビクッと反応した。


「おい、おまえ、どこから入ってきた?」


 突き飛ばされ転んだ自身の頭上から落ちてくる男の声。

 それの発する一言、否一文字に怯える彼女たちの気配に、ヒカリは頭上を見据えた。

 突然の悲鳴に驚いたものの、確認すれば、まだ子ども。

 華奢なポニーテールの少女の睨みに、男たちは鼻で笑う。

 倒れたままのヒカリに腰を下ろし視線を合わせる一人の男。

 隠れている口角が意地悪く上がり、見えている瞳が彼女を蔑む。


「なーんだ、おまえ、こいつらと一緒に売られたいのか?」


――!!!


 売られる、という言葉に見据えた瞳が一瞬たじろぎ、それは男たちを嘲笑させた。

 必死に再び見据えるも、男の指がヒカリの顎を押し上げ、蔑んだままの澱んだ瞳が彼女を値踏みする。

 その背後にいた別の男が、ヒカリの横に落ちているスマホに気がついた。


「なんだぁ、これ?」


 それに付けられた、淡く輝く白い宝石に興味を示す。


「ガキのくせに、随分値の張るモノ持ってるなぁ」


――!!!


 自身が盗んだはずのヒカリの宝石を、初めて見るように眺めるとそれに手を伸ばした。


「だ、ダメっ! それはおじいちゃんからっ……!!!」


 やっと取り戻した育ての親から託された自身の肉親を探す手がかりに触れようとする男に声を上げるも、顔を鷲掴みされてしまったヒカリは声どころか身動きすらとれない。


《これを持っていれば大丈夫だぞ、ヒカリ》


 一年前、淡い光を放つ白い宝石を彼女の手に握らせながら、赤い髪のその男は言った。

 光を握る小さく白い手を、大きく日焼けした手が優しく包み込む。


《この光が『お父様』を導く。 おまえは待っていればいい》


 包み込む大きな手から伝わる力に彼女は顔を上げた。

 戸惑う彼女に、視線の高さを合わせた穏やかな赤い瞳。


わしの分まで『お父様』を守ってやってくれ》


 育ての親である男の託す言葉がヒカリの脳裏をよぎる。


――やめてっ!


 必死に足掻く彼女に笑いながら男は構わずそれに触れた。

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