第95話 夏のお買い物

 スオウをどう葉桐から解放するか?それについて俺と綾城は悩んでいた。わかっているのは金に困っていることだけだったが、俺が調べた限りスオウもその家族も日本国内においては借金の類は抱えていなかった。可能性としては葉桐から金を借りている可能性、ブラジルに借金等を抱えている可能性。いずれかだろうと思われる。


「それよりも問題はスオウが何をやっているのかわかんねぇことなんだよなぁ」


 まじでこれがわからない。スオウにこっそり探偵をつけてみたが、いずれも一瞬にして巻かれてしまったらしい。只者じゃない。古き良き時代の犯罪映画ならスオウは組織の会計士で重要とかってのもありだと思うが、本人に学歴はないからその線もない。


「ただの接待係が未来じゃ葉桐の側近なんだ。何かあるはずなんだけど…愛人ならまだ理解できるのに、ユニコーン綾城Xがその線を潰しちまった。もういいや、考えてもわかんねぇ。パスパス!」


 俺は机から離れる。そして部屋の隅にある階段を上って屋上に出た。今俺がいるのは下北の俺の家ではなく、渋谷に買った小さな六階建てのビルである。ここは完全なる俺の趣味の世界だ。五階から上を俺専用のプライベートルームに改造した。建築模型のあふれる製図室、好きなだけ芸術に没頭できるアトリエなどなど様々な施設を用意した。一階のテナントにはコンビニとカフェを入れたが、二階から四階は空っぽのまま放置してある。だがいずれ必要になったら使う予定ではある。


「自分の城サイコー…ふぅ…」


 マイホームを持って一人前という風潮は衰えることがないけど、俺はやっぱり自社ビルって言葉に憧れを抱いていた。このビルは様々な事情で安くなっていたところをキャッシュ一括払いでゲットした。駅からもわりと近い俺だけの遊び場である。今のところケーカイパイセンとツカサくらいしか遊びに来ていない。


「とりあえず貢ぎまくれば何かわかるかな?今日行っちゃおうかな」


 なんだかんだといってあの店で会うスオウは非日常的な美しさがあってそれにドキドキとしてすごく気持ちよく酔える。綾城はホステスの仕事をスオウがすることを嫌がっているが、俺は夜のスオウに会うのも好きである。


「でもその前にちょっと遊びに行くか」


 俺はビルから出て渋谷の道玄坂に向かった。ここらへんに建築模型の材料になる資材が売っている大きな雑貨屋のビルがある。そこへ向かう途中だった。


「あっ常盤くん?」


「五十嵐?」


 偶然にも道玄坂で五十嵐と真柴、それにもう一人女子がいた。その女子は知っている。未来の世界で何度かあったことがある。


「あらあら?あなたさまが噂の常盤奏久さんですか?はじめまして、わたくし経済学部経営学科の滝野瀬澪と申します」

 

 丁寧なお辞儀で自己紹介してくる滝野瀬。明るい茶髪に鳶色の瞳の上品な美人さん。俺も会釈を返して。そのまま横を通り過ぎようとする。


「そう。よろしゅう。じゃ俺はこれで失礼するよ。ぐぇ!」


 五十嵐に襟首を掴まれた。


「ちょっとちょっと!なんで行っちゃうの!」


「いや、俺買い物の途中なんだけど」


 五十嵐単体ならともかく真柴と滝野瀬と一緒にいるのはいやだった。真柴ほどじゃないが滝野瀬も前の世界じゃおれにとってはウザい奴の一人だったのだから。


「そうなの?私たちも買い物だよ!ほら!そろそろ本格的に夏でしょ!服とか、サンダルとか、水着とか!」


「へ、へぇそうなんだぁ。やっぱりそういうのって男がいるとよくないよね。じゃあこれで、ぐわっ!」


 またも首を掴まれた。五十嵐がニコニコと笑っている。


「私たちも買い物なんだよ!そろそろ本格的に夏でしょ!服とか、サンダルとか、水着とか!」


「ループするな!怖いわ!ああ、もう。そっちお二人さんはいやでしょ」


「当たり前じゃん!水着を選ぶのになんで男が一緒とかありえないでしょ!!」


 真柴さんがまともなことをおっしゃってる。


「あら。わたくしはかまいませんわよ。別にわたくしの体は見せても恥ずかしいものではありませんから。真柴さんとは違いますからね」


「あ?なに?うちだってスタイルいい方なんだけど!?別に誰かに見せつける気とかはないだけ!お嬢様と違って自意識過剰じゃないから」


 お前も自意識過剰だよ。って言ったら燃えそうなので言わないけど。この二人、なんかチクチクしてる。だから俺は察してしまった。滝野瀬も葉桐と肉体関係ありそうだな。そしてそれをお互いに知っている。知らぬは五十嵐ばかりである。


「ねぇ常盤くん。私の気まずさがわかったでしょ?二人ともさっきからずっとお互いのことをチクチクネチネチ言い合ってるの。なんかちょっと前に何かあったみたいで最近仲が良くないの。ねー助けてよーねーってばー」


「あー。わかったよ。でも俺の買い物にもちゃんと付き合えよ」


「うん。わかった!じゃあ行こう行こう!」


 五十嵐が俺の袖を引っ張っていく。そしてあとの二人がその後ろをついてきた。真柴は不機嫌そうに眼を反らしていたけど、不思議なことに滝野瀬は俺のこと、というか俺の袖を引っ張る五十嵐の指を睨んでいたのだった。







 女の買い物は長い。男とはきっと買い物の意味合いが違うのだ。さっきから五十嵐は手に取ったものをこれかわいいよね?あれよりきれいじゃない?それもいいね!とかそんなばっかり真柴たちや俺に話を振ってくる。女子たちはそれだけでわりとテンション高く楽しそうにしているが、俺には違いがよくわかんねぇ。その行動の無駄さにイライラする気持ちもあったけど、五十嵐のコロコロ変わる表情には不思議と興を覚えている俺がいた。そしてやっと服を選びサンダルを選びそれを全部俺に持たせて、水着コーナーにやってきた。


「ねぇ普通こういう時、男の俺はこういうところにいるのよくないからとか言って逃げたりしないの?そういうもんじゃないの?」


 真柴が俺にジトっとした目を向けてくる。彼女的にはおれがこのままどこかに行ってくれるのがいいんだろう。


「俺はおとなだから女子の水着売り場に入っても別に動じない」


 下着売り場でも女の子と一緒なら別にどうとも思わない。下着は女の子が着ているところを見るのがいいのであって、下着そのものを見ても、意外にフルバックのパンツってでかくない?くらいの感想しか出てこない。


「ねぇねぇ常盤くんはどんなのが好みなの?」


 五十嵐がどことなく俺のことを揶揄うような笑みを浮かべていた。

 

「エロいの」


「ええぇ…直球過ぎない?」


「でも君に似合うやつならなんでもいいよって言われるよりましじゃない?」


「それはなんかわかるかもー。なんか男らしくない感じがして嫌だね」


「でしょ?だからエロいのがいいです。でもエロいって言っても布面積が少ないのじゃなくて、こうデザイン的に刺激してくる感じがいいのよ。Tバックでもフルバックでもない適度な感じがいい。あとね。背中って意外にブラ紐が大きいほうがクビレが強調されていい感じになると思うんだよね。あとパレオいいよね。あのパレオから下の水着がちらりと見えるのいいよね。という感じでエロイのがいいです」


「注文が逆に多い!!?常盤くんのエッチマン!」


「ふっエッチマンでーす!ほらほら!選んで来い来い!」


 俺は五十嵐の背中を軽く押す。彼女はそのままの勢いで水着売り場に突撃していった。


「あんたってひろとは違った意味でりりの操縦上手ね。なんかコツでもあるの?」


 コツ?結婚生活を一度送ってみることかな?というか。


「葉桐くぅんと比較されるのマジで嫌なんですけど」


「そうなのですか?葉桐さまと比較される対象になれるというだけでもすごいと思うのですが?」


 滝野瀬が至極当然といった感じでそう言った。そこにはなんの疑いもないようだ。


「比較されること自体が嫌だってわかんないんですかねー。男の子のハートは傷つきやすいんだぞ」


「男心とはそういうものですか?これはべんきょうになりましたわね。わたくし普段は葉桐様とくらいしか同じ世代の殿方とはお話しないので、逆にこういう意見は新鮮ですわね」


「たしかにね。うちもひろとくらいしか同い年系男子と喋らないね」


 お前は他の女子とも喋れないだろ。って言ったら泣いちゃうかな?


「しかし五十嵐さん、常盤さんに懐きすぎではありませんか?」


 それは少し冷たい声だった。滝野瀬が俺を下から覗き込むように冷たい目を向けている。笑みを浮かべているからこそそれはとても気味の悪いものだった。


「以前もそうでしたわね。ええ、たしかあれは六本木のパーティーの時でしたかしら?理織世さんが常盤さんを追いかけていましたわよね?その先には別の女がいましたけど」


「やめて。黒歴史ほじくらないでくれ。あの点については申し訳なかったと思ってるんだ。というかあのパーティーにお前もいたのか」


「ええ、あの部屋はわたくしが葉桐様に差し上げたものですから。合鍵ももっております。いつでもわたくしは葉桐様の隣にいますわ」


 ああ、五十嵐が言ってた葉桐に部屋をあげたお嬢様ってこいつのことか。


「そのあとのサークル合宿もいっしょだったとか?」


「偶然いっしょだったね」


「本当に?偶然ですか?」


「何が言いたいの?」


「わたくしはただ警告をと思っているだけです」


「警告?」


「あなたを邪魔だと思っているのは葉桐様だけではないということですよ」


 そう言ったときの滝野瀬の瞳には確かに殺気が満ちていた。


「理織世さんにふさわしい男はただ一人だけだと思いませんか?」


「それは他人が決めることじゃねぇと思うけど?」


 俺と滝野瀬は睨みあう。その尋常ならざる雰囲気に真柴はどこかおろおろと狼狽えていた。


「お姫様を迎えに行く王子さまは一人だけでいいのです。そしてそれはあなたではない」


「へぇ。王子様ねぇ。あの男は王子様というには薄汚さ過ぎると思うけど?」


「有象無象の人生をひき潰してこその葉桐様でしょう。それは強さの証明ですよ。あなたにはそういうものがないのです」


 滝野瀬は本気で葉桐に心酔しているようだ。悪徳さえも彼女にとっては魅力のステータスの一つに過ぎない。


「ねぇ!見てこれ!どっちがいいかな!?」


 俺たちが睨みあっているのに、のほほんとした声が後ろから響いてきた。五十嵐が両手に水着を持って俺の傍にやってくる。だけどその恰好がちょっとあれだった。


「どっちがいいって聞いてるのに、本人がすでに水着を試着してるの実質的に三択な気がするんだけど?」


 五十嵐はすでに水着を試着していた。緑色のビキニと、腰には半透明なパレオを巻いている。


「この水着いいでしょ!色もいいし、パレオもかわいいの!ほらこんな感じ」


 五十嵐はくるっとその場で一回転した。パレオが遠心力で舞い上がり、ぷりっと肉付きがよく形が綺麗なお尻が見えた。フルバックでもないTバックでもない適度なカットが最高にエチチである。


「うん。それすごくかわいいね」


 じぶんでも頬が赤く染めっているのがわかる。俺の頬が赤く染まったことに気がついた五十嵐は俺のことをニマニマと笑っていた。


「ありがとう。でもどうしたの?久しぶりにシャイっちゃってるの?ねーってばー」


 おれのおなかを五十嵐が突っついてくる。そのくすぐったさに俺は心地よさを感じていた。






***作者のひとり言***



カナタ君の秘密基地が筆者的にはタイムリープ物の醍醐味かなって思ってます。

内部はカナタ君好みに改装してあります。


空いているテナントがどう使われるのかは今後の展開を見ていただければと思います。


次回はスオウさん出てきます。







あと感想欄ですけど、オープンしてみてなんか肩の荷が下りたような開放感があります。

とても良かったと思っております。


感想欄はなかなかコメントが多くてコメ返しできないのですが、

よろしかったら過去の好きなエピソードのところとかでもなにか呟いていただけると嬉しいです。


筆者はちゃんと全部読んでます。


それと各シーズンの筆者側からの解説みたいなものも活動報告に置いてあるので、興味のある方はどうぞ読んでみてください。



これからもよろしくお願いいたします。




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