第96話 彼女の闇

 俺は女の子たちが水着をきゃきゃと楽し気に選んでいるのを遠目から見ながら休憩を取っていた。その時に綾城から電話がきた。


『ブラジルでの調査結果が届いたわ。結論から言うと、エディレウザは彼女名義の借金をブラジルでしてた。そしてその債権は元の持ち主から葉桐の手に渡ったとのことらしいわ』


「ふーん。それなら共犯関係も納得かな」


『あたしは納得いかない。あんな男の借金なんて踏み倒せばいいのよ!』


「ちなみにその額はいくら?」


 葉桐が借金でスオウを脅してこき使っているなら、その借金を俺が回収してしまえばいい。


『日本円換算で1億円』


「はぁ?!ちょっと待て!まてまてまて!?一億円?!どんな大金だよ?!うそでしょ!?」


 タイムリープチーターな俺にとっては払えない額ではない。だけどこれでも一般人としての感性は残っているのだ。一億円なんて大金過ぎる。俺は戸惑いを隠せない。


「そもそもそんな額を借りることなんてできるのかよ?!いくらなんでも無理だ!スオウはスラムの出身だろう?そもそもそんな大金を借りられる与信なんてあるはずがない!どういうことだ?!」


『当然そこを気にするわよね。結論から言うと弟のヒカルドの命を救うための治療費よ。ヒカルドは心臓移植手術を受けてるの。その治療費を彼女は『ミリシア』が経営する金貸しから借りたのよ。ミリシアには相手の公的な与信は関係ないもの』


「ん?ミリシアって何?民兵…?って単語だよね?なにそれ?」


『ミリシアはブラジルにいる犯罪組織の種別を指す言葉よ。そうね。わかりやすく説明すると、警官が本職の傍らでヤクザをやっているような感じかしらね?』


「うわぁ…なんだそれ…ええ。ドン引きなんだけど。そんな連中がいるのかよ…」


『ミリシアの構成員は主に警官やその他公務員なんかだと言われてる。本職の権力を利用してファベーラを拠点にあらゆる犯罪行為に手を染めてるそうよ。ファベーラは政府の統制が及ばない無法地帯。だけど票田にはなるからミリシアの連中はファベーラ住民を脅して自分たちがひいきする候補に投票させて、自分たちの味方になる議員を州の議会や連邦議会に送り込んでるなんて話だそうよ』


「だけどそんな連中にとってだってエディレウザに大金を貸す理由がないだろう。なんで貸した?」


『そこがわからないのよ。エディレウザが住んでたリオのファベーラの住民たちに聞き込んでもエディレウザはいい子だったとしか言わない。でも雇った探偵は調査の途中でミリシアから警告の襲撃を食らったそうよ。その時ミリシアからこう言われたそうよ。『雇い主に伝えろ。エディレウザを嗅ぎまわるな。首を突っ込めば家族もろとも殺す』ってね』


「そういう警告を出すとき、相手はガチのマジだ。だけどこの感じだとエディレウザはミリシアって連中からそれなりに尊重されているような感じだな」


『犯罪組織がエディレウザを尊重しているって事実があたしには恐ろしく聞こえるわ。常盤。エディレウザは本当にいい人なのよ。ブラジルでの調査結果もそうだったわ。彼女、学校に行かずに家族のためにずっと働いてたんだって。機械いじりが得意で、ファベーラでの家電修理の仕事を請け負ってたらしいわ。商売も上手で廃棄された家電を修理してファベーラで売るなんていう商売を成功させて、仕事のない子供たちを雇って養ってたんだって。あと大きな声じゃ言えないけど、貧乏な人のために電気を盗むのもやってたって』


「本当にいい人なんだな」


 電気を盗むっていうのが俺にはピンとこないけど、スラムではそういうことをしないと生きていけない現実があるのだろう。


『エディレウザはファベーラでもみんなに慕われてた。だけど何かがあって日本に逃げてくるように出稼ぎに来た。ミリシアから大金を借りてこれた理由もたぶんそこらへんにあると思うの。まあそっちはともかく、今は葉桐から債権を回収する方法を考えましょう』


「そうだな。とりあえずそれを考えよう。そのあとで何があったか、彼女の口から聞けばいいさ」


『そうね。ところで常盤』


「なに?」


『あたしは借金の清算をたてに相手からヴァージンを奪うような展開を好まないわ』


「俺がそんな反社なことするわけないでしょ!異世界ラノベの読みすぎじゃボケ!!」


『それならよかったわ。ねぇ常盤。思ったんだけど、エディレウザの処女を心配し続ける自分が酷くみじめなの』


「やっと気づいてくれた?ユニコーンの醜さに」


『だからこう思ったのよ。あたしの処女とエディレウザの処女を交換すればいいんじゃないかしら?どう?いいアイディアじゃない?』


「そんなものをどうやって交換すんだよ!?ユニコーンだってそんな発想には至らねぇよ!!?!」


『ああ、エディレウザ!待っててね!あたしがきっと助け出してみせる!!』


 そして電話は切れた。処女と処女の交換ってどうやるんだろう。もう忘れよう。こんなどうしようもないことはすぐに。俺はそう思いながら五十嵐たちの方に合流することにしたのであった。








 開店前の準備の時間が一番楽しい。今勤めているクラブは私のことを重宝してくれている。店の運営にも私に口を挟むことを許してくれる。


「あんたがうちの店に来てくれて本当に良かったわ。現場では男どもから荒稼ぎしてるのに、バックではお店の雑務から経営まで丁寧に全部こなしてくれるんだもの」


 このクラブの女将がカウンターに座って、煙草を吹かしながら私を優し気に見詰めていた。


「恐縮です」


 私は自分の客に出すグラスを洗って拭いていた。男どもは嫌いだが、それでも私は自分が提供するサービスの質を落としたくない。


「うちも高級クラブなんていってるけど、ただ顔面レベルが高くて内装が綺麗なだけじゃない?キャストのお嬢さんたちは自分たちのことを特別な女だと思ってるけど、別にやってることはそこら辺のキャバクラとさして変わりがないわ。でもあんたは違うわね。本当にまじめにこの店の格に見合うサービスをお客さんに提供してる。丁寧な仕事ぶりってやつを男たちは本能であんたに感じてるのね。だからあんたにはみんな喜んで貢いでいく。本当に楽しそうにあんたとお喋りしてってる」


「ワタシは求められてイることヲちャンとこなしたイだけです。仕事をまッとうにこなせば、正しく社会につながれるから」


 ホステスのような水商売でも私からすればまっとうな仕事だった。この店で働いているときと、家族と共にいるときだけが私を地獄から引きずり出して社会に繋いでくれる。


「そうね。仕事を通して人は社会につながってる。ねぇ、そのうちあんたに店を一軒任せてもいいかしら?」


「それッて店長になるッてことですか?」


 給料が上がるなら歓迎すべき話だが、仕事の責任が増していくことには抵抗がある自分がいる。だって私は所詮地獄の住人でしかないから。


「ううん。店長じゃなくて暖簾分けかな。あんたが店をそのものを経営するの。大丈夫!私もちゃんとサポートするわ!出資してくれる人も見つけてきてあげる!どう?!」


 女将は目をキラキラさせている。その光が私に眩しいかった。だから私はそっけない返事しかできない。


「…でもワタシは…。両親に楽をさせて弟を大学に入れたイだけです…この店で働けるだけでもう十分ですよ」


 誰かが私に期待してくれるたびに申し訳ない気持ちでいっぱいになる。私は他者のお眼鏡に適う人間ではない。そんなまっとうな人間ではない。まっとうな道を選ぶことを私にはできなかった。私が他者の人生に深く関わっていいわけがない。そんなことはきっと誰も許してはくれないのだから。


「そう?でも気が変わったならいつでも言ってね!私はあんたを応援してるからね!」


 女将さんは私に断られても快活に笑っていた。私の周りにはいい人がたくさんいると思う。だけど誰の手も私は握れない。だって私の手は。気まずさを覚えた。そして疚しさを。だから休憩に入ってすぐに外に出た。段々と日が暮れていく新宿の街は徐々に多くの人でにぎわってくるだろう。好きな街ではない。だけどその営みに混ざり切れない自分はもっと好きになれない。この街には多くの居場所のない人間を受け入れる度量があるのに、私はそこですら他者と交われないのだ。できることはただ一つ。地獄をばらまくことだけ。


「やあ。レイチさん。ご機嫌はいかがかな?」


「葉桐」


 暗くなってきた路地裏に葉桐がいた。いつも通り高級なスーツをきちんと着こなしている。私の好みではないが見てくれだけはいい男だ。中身はギャングやミリシア以上に残酷な男なのに。


「借金ならちャンと払ッてイるだろう?取り立てと仕事以外でお前の顔など見たくもなイ」


「あいにくだけど僕は君の顔をちゃんと見たいと思ってね」


「だったら店で指名でも入れろ」


「素の君が見たいんだよ」


 葉桐は楽し気な笑みを浮かべて私の顔を見ている。その眼には男特有のいやらしさはない。だけどそういうものがないからこそ、その視線にはどこか恐ろしさを感じるのだ。


「聞いたよ。この間、とあるイベントで常盤奏久と会ったってね」


「…なぜその名を知っている?」


「知ってるさ。彼は僕の仕事の最大の邪魔者だからね」


「カナタとお前は敵対関係なのか?」


 カナタからはどこか闇の世界の住人の気配を感じたから、葉桐からこの事実を告げられてもあまり意外とは思わなかった。


「そうだよ。彼が君に会いに来たのも敵情視察のつもりなんだろうね。君を経由して僕に辿り着くためのいわば踏み台として君を選んだ」


「そうか。話はそれだけか?」


 そういう事情ならば五十嵐とカナタが知り合いなのも納得がいく。


「今の話を聞いて不快に思わなかったのか?君は彼にとっては僕という敵を倒すための手段や道具でしかないんだぞ。失望したりしないのか?」


 葉桐は怪訝そうな顔だった。それにどこか不愉快そうにも見える。自分で出した話題で自分で不愉快なるのは間抜け以外の何物でもないと思う。


「別に。どウとも思わなイ。人間は他者に下心を抱いて当然だろウ」


 カナタが私を利用して葉桐に近づこうとするのカナタの自由だろう。私はむしろそれに安心してしまった。もしも彼が私に恋を期待していたなら、他の男たちと違って私は彼に申し訳なく思ってしまうだろう。私の手は汚れてる。誰かと抱き合い愛をはぐむなんて贅沢は本来は許されないのだ。もし彼が私個人に何かを期待してくれてなら。私はそれを振りはらわなければいけない。彼が手を私に伸ばしてきたらとてもうれしい。だけどその手を振り払うのはとてもとても悲しいだろう。


「ふーん。なるほどね。不愉快な回答だが、まあいい。でもいま君自分が笑ってるってことに気がついてるかい?」


「え?」


 私は頬に手を伸ばす。口元が少し歪んでいた。たしかに私は彼のことを考えて笑っていたのか。


「いつものお澄ましな笑顔とは違って今の君はとても魅力的だね。そうだねぇ。一ついい情報をあげようか?」


「情報?」


 葉桐はまるで悪魔のような笑みを浮かべている。


「彼を殺そうとしている者がいるんだよ。そいつの名前を教えてあげるよ。滝野瀬澪。彼女が彼をそのうち殺そうと策謀し始めるだろう」


「滝野瀬?あいつはオ前の女だろウ?まさか?!」


 私はジーンズと尻の間に挟んで隠し持っていた銃に抜いて葉桐に向ける。


「カナタヲ殺す気か?!滝野瀬ヲ唆して!!」


「唆したわけじゃない。ちょっと枕話で常盤奏久への愚痴をこぼしてしまっただけだよ。そしたら彼女が本気になってしまっただけ。女の子は思い込みが激しくていけないね。くはは」


 私は銃のレーザーサイトを葉桐の額に合わせた。このまま引き金を引けばカナタを守ることができる。滝野瀬は野蛮な女だ。カナタはきっと殺されてしまう。私だけがそれを阻止できる。


「やめておきなよ」


「命乞イか?それヲ聞けばますますオ前の頭ヲ弾きたくなるな」


「いいや。君のために言っている。やめておけ。僕を殺せば、君の借金は消えてしまう・・・・・・よ。それでいいのかい?」


「ゥ…ッ…ァ」


 言葉にならない声が私の口から洩れる。そうだった。私はこの男に借金をしている。こいつを殺せば借金は消えてしまう。それはだめだ。私は銃を再びジーンズと尻の間にしまった。


「そうだよ。ちゃんと借金を返したかったら・・・・・・・、僕の言うことには逆らわないことだ」


 この男は嫌いだ。やることもなすこともすべて鬱陶しい。だけど借金がある以上、こいつを殺すことは私にはできない。


「うん。いいね。今の君は。純粋に道具として君を利用してきたけど、君は祭犠に参画する資格がやはりありそうだ」


「サイギ?なンだそれは?」


 語音からはあまりいい印象を覚えない。きっとよくないことのような予感だけはあった。


「レックス・サクロルムの秘儀。祷際宇宙を揺らす人類文明救済のフレームワークさ」


 それだけを言って葉桐は私に背を向けて去っていった。何もできない私だけがそこに残されてしまった。








 女子たちの買い物に付き合っていたら、自分の買い物が全くできなかった。だけど退屈ではなかったし、五十嵐も楽しそうだったしこれでよかったと思う。そして夕飯を食べに行こうって流れになったとき、滝野瀬はこう言った。


「いえ。今日は葉桐様とホテルでディナーの予定なのです」


「はぁ?!うちそんなの聞いてないんだけど?!」


「たまたま手に入れたチケットで誘ったのです。他意はありませんわ」


「下心しか見えぇないし!うちもそれいく!!」


 なんか滝野瀬と真柴との間でバチバチと火花が散っているように見えた。なんだろうこの正統派なヒロインレース感!?葉桐くぅうんってまじでラブコメの主人公なんじゃ?


「まあモテないあなたに多少の慈悲はわたくしも持ち合わせております。五十嵐さんあなたも行きますわよね?ご安心ください。このチケットは4人までディナーできます」


 四人まで。つまり俺のことをハブりたいってことのようだ。


「え?うーん。ごめん。私はパスするよ。さすがに今日買い物に付き合ってくれた常盤くんを置いてディナーには行けないよ。常盤くんも一人で夕飯は可愛そうだからどこかで食べてくよ」


 それを聞いて、真柴もどこか俺に向かって気まずそうな顔してた。あれ?こんなに気遣いできる奴だったけ?


「真柴。俺は今日は楽しかったから気にしないぞ。葉桐にディナー中に水着姿でもなんでも見せてやれ」


「え、う、うん。ありがとう…えへへ」


 真柴は嬉しそうな顔をしていた。でもディナー中に水着姿はやめとけよ。


「…へぇ…。わたくしよりもその男ですか…常盤さん。ではまた今度お会いしましょう」


「うん?ああ、また今度どこかで」


 真柴と滝野瀬はタクシーを拾って俺と五十嵐の前から去っていった。


「常盤くん。とりあえずどこかご飯行こうよ」


「そうだな。でも俺夜は予定あるから、ファストなところ行こう」


「予定って綾城さん?またプール行くの?」


「何で知ってるのそれ?!てか綾城との予定じゃないよ」


 綾城さん…。ああいうのって二人の秘密ってやつじゃないの?なんで五十嵐さんが知ってるの?詰められるのは俺なんだよ?


「じゃあスオウ?…レンタルするの…?寂しくない?」


「レンタルじゃないし!でもスオウのとこ行くのは事実だからなんかツッコミづれぇ!!」


 スオウはホステス。レンタル彼女ではない。だけど貢いでるのは事実である。あんまり変わらないかもしれない…。







***作者のひとり言***



スオウさんの闇がばちくそふかいし、滝野瀬さんもなんかこわいし、葉桐君サイドの女の子たちはなんかちゃんとヒロインレースしてるし!



ちなみに個人的には喜々としてスオウを傷つけようとして、軽くスルーされてる葉桐くぅんのおまぬけさが好きです。


あとラブコメヒロインレースで一緒にご飯を食べるだけのイベントにモブ系男子として巻き込まれて危うくハブられるところだったカナタ君がなんか好きでした。


この作品本当にラブコメなんですか!!?


筆者はラブコメだと思ってる!



スオウさんの闇が段々と開示されてきましたね!

いよいよ

シーズン4.xへの道が開けてきたような感じがします!


楽しみです!



これからもよろしくお願いします!

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