第66話 番外編 大学生に制服はないけれど 後
制服デートしようぜ!って言っても俺たちにはその経験がないわけで。だから各々が思う『やりたいこと』をやることになったわけだ。最初に手を挙げたのは、楪だった。
「はい!わたし、放課後のゲーセンデートがしたいです!!」
「あーわかるー。確かにそれはしてみたいなぁ」
楪の意見にミランが賛同を示し、俺たちはまずゲーセンに行ったのだった。
ゲームセンターほど時代の影響を受けるところはないのではないだろうか?俺が前の世界で死ぬ直前のゲームセンターはすごく良くも悪くも綺麗なところだった。だけど今の時代は違う。なんかすごくヤンキーのたまり場です…。
「ああ…この空気感ですよ…うちの地元もこんな感じです…ヤンキーたちがたむろしてイキってて入りづらいんです…」
楪がしみじみと呟いている。そして彼女は空いているダンスゲームを見つけて、俺の手を引っ張る。
「これです!これが超やりたかったんですよ!わたしはぁ!この溢れでるリア充感!憧れにシビレます!」
「まあこれって俺たち陰キャ系にはリア充か上級者しかやっちゃいけない空気感あるよね」
「そうなんですよ!!でも今日は違います!わたしにもやる資格があるんですから!!あはは!!」
楪は堂々とコインを入れて、とあるアニソンを選曲してゲームがはじまる。そして俺と共に曲に合わせてステップを刻む。
「はい!ほい!せや!ううぇえええええええええええいいいいいいいいいいいい!!」
すごく楽しげな声を出して楪は踊っている。しかも点数はパーフェクトに近い。
「いいわねぇ…真面目系JKのパンチラ…」
ダンスで揺れるスカートを前にして、綾城Xは相変わらずだった。
「このゲーム意外と難しいのにやるなぁ…この楪ちゃんのはしゃぎ方は役に取り入れようっと」
ミランは根が真面目なので動画で楪の事を撮って役作りの参考にしている。そして曲が終わって点数が表示される。なんと楪はパーフェクトだった。
「すご!!楪やるじゃん!俺の倍以上点数あるよ!」
俺は楪を褒めた。楪は照れくさそうなドヤ顔を浮かべている。あといま気がついたんだけど高校生くらいのヤンキーたちが俺らのことを見ている。綾城は気づいているのか、どことなく俺のことを試すような笑みでニチャニチャ見詰めている。
「えへへ!昨日ネット見ながらめちゃくちゃ練習しました!そう…。この曲ですよ…カラオケであの子といっしょに歌おうって約束したのは…アハハ!ヤな思い出を振り切りましたよ!わたしは!ふりきったんです!あははあは!」
なんかレイプ目で楪が笑い続けてる。この子のトラウマになんかシンパシーを覚えるんですけど…。だからちょっと別のゲームを提案する。
「ねぇねぇ。おれもちょっとやりたいゲームがあるんだよ!」
そう言って、俺は皆をとあるゲームの前に連れていく。それはパンチングマシーン。ヤンキーどもはどこか俺を値踏みするような目でニヤニヤと見ている。
「ささ、女子の皆さま!たまにはやんちゃしてみませんか?」
「あら?いいわね。この綾城・X・ヒメーナさまのパンチを魅せてあげるわ。くくく」
綾城は指を鳴らして凶暴そうな笑みを浮かべている。そして女子たちがまずはパンチをする。
「ちぇすとおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
楪の超気合入った雄たけびがゲーセンに響く。そして点数は40点。
「ふふふ。ボクは結構体鍛えてる方だよ!そりゃ!」
ミランちゃんさんは、点数100。女子にしては高いのではないだろうか?そして本命の女、綾城Xがパンチングマシーンの前に立つ。なぜか外連味たっぷりなポーズをとりながら、眼帯を外して。
「我が瞳は存在する事象全ての弱点を見定める!嗚呼!曝せ暴威を!剥がせ狂気を!
クッソ謎い中二病呪文を唱えながら、綾城は思い切りパンチをした。すると…。
「ウソっ…300点?!」
「本日一位?!こんな表示ボク初めて見たよ!!」
なんと画面にはど派手なエフェクトで300点台が表示されており、本日一位と表示されていた。綾城はドヤ顔でガッツポーズをとっている。このマシンは多分男子も含めて殴ってるはずなので、普通にすごい。
「ますますお前の弱点が俺にはわからないよ」
「ふっ!あたしに隙なんてないわ!くくく」
綾城はヤンキーたちに挑発的な視線を送っている。少し彼らもたじろいでいる。だけどそれでも綾城は女子だ。さすがに暴力で男子に勝てるってことはない…はず…。だからここからが本番。ヤンキーとは力の上下関係に敏感な階級社会の人間だ。俺が本当の暴力って奴を教えてやるよ…。
「ふぅうううううううううううううう」
俺は息を派手に吸い込み、パンチングマシンの前に立つ。そして全力を込めて、パンチを放った。
「せい!!!」
パンチングマシーンからド派手な音が響く。そして表示された点数は、なんと0点。
「あれ?0?なんかおかしくないですか?いまので0は変ですよね?」
「うん。どう考えても変だよね。0ってどういうこと?」
楪とミランは首を傾げている。綾城だけは俺を見て、なんか中二病全開で嗤っている。
「あらあら。オーバーキルね。くくく。やっぱりあんたもこっち側の世界の住人だったのね。くくく」
そして俺たちを見ていたヤンキーはゲラゲラと笑っている。俺が貧弱ボーイに見えて蔑んでいるのだろう。実際彼らはこっちの方に徐々に近づいてきた。きっと強引なナンパをする気だろう。だけどすぐに彼らの足は止まった。なぜならば、パンチングマシーンの筐体が突然ピーピーと音を出しはじめたのだ。
『筐体に異常があります。係の方は至急きてください』
マシンがそう告げながらピーピーと鳴り続ける。そして店員さんがやってきて。
「うわぁ…中の軸が折れてる…?!」
店員さんが筐体のカバーを外して中を覗いて、ドン引きしてた。
「あれぇ?すみませーん。ちょっとパンチしただけなのに壊しちゃいました!ごめんなさーい!ちゃんと弁償するんで許してください!」
俺は店員さんに謝る。
「い、いえ…。適正な使用法で壊れた場合は、お客様に賠償は求めない決まりなので…」
店員さんも俺がおかしな使い方をしていたわけじゃないのは把握している。だからこそドン引きなのだろうけど。そしてそれは俺のことを伺っていたヤンキーたちも同じだった。俺のことをなんか怪物を見るような目で見てガクブルしている。俺はヤンキー共を睨みながら、軽く拳を振るう仕草を見せつけた。すると彼らはすぐに背中を向けて、店から出ていった。
「スマートな追い払い方ね。そういうの素敵よ」
「お褒め頂き光栄だね。じゃあ次の場所行くか!」
そして俺たちはゲームセンターを後にした。
次に提案をしてきたのは、ミランだった。公園にいたクレープの屋台の前で頬を赤く染めながらこう言った。
「クレープを食べさせてあげさせてください!」
「ミラン。ちょっと日本語おかしくないですか?なんかすごく緊張してない?」
「はっ!ええっとね。その。あれだよ!ボクがクレープをあーんってカナタ君に食べさせるやつをやらせていただけませんか?」
「まあ、かまわないけど。緊張し過ぎじゃない?敬語になってるよ?」
ミラン的にはクレープを男子に食べさせるのは、緊張するイベントらしい。楪と綾城が生暖かい目でミランを見守っている。
「綾城教授。あえて食べさせ合いではなく、食べさせてあげるというところがやはり…」
「ええ、食べさせあいっこ。実は実行する難易度は世間が思ってるほど高くはないわ。だけど相手だけに食べさせるという行為を女子からする。これはもう恋を超えて愛に近いわ。親密的ドキドキ感と同時に母性さえ感じさせる女子の奥義そのものよ。ちなみに合コンでサラダを取り分ける系女子は、この奥義を身に着けそこなって生まれる哀れな存在よ」
「なるほど!勉強になりますね!」
解説どうもありがとう!そんなの聞いちゃうとすごく恥ずかしいわ!目の前のミランはクレープを両手で持って俺をじっと見つめている。すごくかわいい。
「…どうぞ…食べて…」
「あ、う、うんいただきます…」
俺はミランが口元に運んできたクレープをパクッと食べる。口いっぱいに甘い感触が広がる。同時に沸き立つ羞恥心で心臓がバクバクと鳴り、ミランから感じる献身的な優しさがすごく暖かく感じた。これはすごくいいです。そのまま俺はミランが食べさせてくれるのに身を任せる。なんか、こう。すごく癒される…。
「綾城さん覚悟!タピオカチャレンジ!」
「ひ、ひどい!自分より巨乳の女があたしのおっぱいの上のタピオカをじゅるじゅる吸ってるぅうう!あは!」
馬鹿二人はタピオカチャレンジしてた。綾城のおっぱいの上に乗ったタピオカミルクティーを楪がじゅるじゅる吸っている。なんだろう。すごくエッチに見えます。アレがこの国で一番偏差値高い学生なんだぜ?やばいわ。偏差値の高さは人格をまったく保証してくれないんだなって思いました。
そしてとうとう綾城が行きたいところがあると言い出した。彼女についていって辿り着いたのは、レンタルビデオ店。
「高校生カップルが映画とかをきゃっきゃと選んでるのを見ると、ちょっとうらやましくない?だから真似してみたいわ」
「それすげーわかるわ。マジでわかる。うん。すごく羨ましいです」
俺が前の世界で五十嵐と付き合い始めた頃は、動画配信サービスが当たり前になりつつあった頃だ。だから俺は恋人とレンタルビデオ屋に一緒に行くという経験をしたことがない。すごくありです!
「カナタさん!カナタさん!これ見ましょうよ!」
楪は俺にアニメのDVDをきゃっきゃと見せてくる。楽し気に物色している姿に俺もほっこりとする。
「カナタ君!こういうカルト系ムービーっていいよ!!おすすめ!こういうのって演技が渋いんだ!素敵だよ!」
ミランはドマイナーなカルト系映画のパッケージを選んで楽しんでいた。彼女の好きなモノを知れて俺も嬉しい。そしてちょいちょいと俺は綾城に袖を引かれる。
「ついてきて。あたしにもおすすめの作品があるのよ」
「おう。見せてくれ。お前が好きなモノ、俺も知りたい」
そして袖を引かれるままに俺は、気がついたら暖簾をくぐって、1 8 禁 コーナーに入っていた。
「おい。なんだここは?」
「夢だったの…制服を着て男の子と一緒に作品を吟味する…嗚呼…サイコー」
綾城は頬を上気させて興奮している。そして間違いなく俺が恥ずかしがっているのをみて、愉しんでいる。まさに悪魔の所業である!
「ふぅ…やっぱり思うのよ。女性が見て楽しいのってハメ撮り系じゃないかなって?この監督の作品は女優の羞恥を煽っていて…」
DVDのパッケージをとってオタク的な解説をする綾城の笑顔は好きなモノを語る人特有の素敵な笑みを浮かべている。だからこそ!許せない!!
「はい!だーめー!綾城菌バリアー!!」
俺はパッケージを奪って元の棚に戻して、綾城を後ろから目隠しして、エロコーナーから外へ連れ出す。
「きゃあ!もう!まだ選んでるのにぃ!常盤ったらひどおぃ!」
俺のことを口では責めるくせに、綾城は俺の内股の腿を指先で撫でている。その感触の危ういくすぐったさに俺はたまらなく心臓が跳ねるのだ。そして18禁コーナー近くのちょいエロ系コーナーに綾城を連れていき、俺は適当にパッケージを選ぶ。
「せめてこれくらいのエロさで勘弁していただけないですかねぇ?」
いわゆるセミヌードくらいの濡れ場のあるちょいエロ系メロドラマ映画を選んで綾城にパッケージを見せる。すると彼女は両手で顔を覆っていやんいやんと体をくねらせる。
「いやん!女の子にそんなエッチな映画のDVDを見せつけるなんて!常盤のえっち!」
この茶番!綾城Xは俺ではとてもとても制御しきれない。いつもこの子には振り回される。だけどどうしてもそれが楽しくって仕方がない。不思議と息が合っていて。なのに甘さを感じてしまう。まさかレンタルビデオ店で綾城の魅力を再確認することになるとは思わなかった。とても楽しい経験になった。そう思う。
そして夕方になって俺は皆にビルの展望台に行くことを提案した。ベタだけどみんな喜んでくれた。
「うわすごいですね!キラキラしてます!」
「うん素敵だね。やっぱり夜景っていいよねぇ」
「ベタだけどいいわよね。ええ。素敵。〆には相応しいわね」
みんながウットリと夜景を楽しんでいた。だから俺はその夜景をさらに楽しんでい貰える様に一つ話をすることにした。
「池袋は地理的に見るとまさに東京の端と言ってもいいのかもしれない。ここは大都市圏と郊外の境目にある一つの辺境都市的な文化的色彩を帯びた街と言える。すなわちそれは郷土愛と都市的孤独とのインターフェイスでありその摩擦からあらたなる価値観を想像して街はそれを養分として育っていくわけですなわち…」
俺はこの街の魅力を俺なりに語る。みんなきっと楽しんでくれるだろう。そうおもったのだが。
「ぴーぴー!はい!常盤選手!レッドカード!!」
綾城がブレザーの胸ポケットから赤いカードを取りだして、俺の唇にくっつけてきた。そのせいで俺の素敵で小粋なトークは途中で打ち切られてしまったのだ。
「くくく、カナタ君は相変わらずだなぁ…そういうトークは高校生じゃ無理だよ!あはははは!」
ミランは笑っている。楪もクスクスと笑っていた。
「語る顔は素敵ですけど、お話は本当に意味不明ですよね。うふふふふ。ほんとそういうのは大学生って感じなので、ここでカナタさんは失格です!うふふふ!」
残念ながら俺の制服デートはここでゲームオーバーらしい。最後の最後でへまをやらかした。だけど俺たちはみんな笑っている。笑うことができている。今日という日も俺たちは楽しい思い出を貯めることができた。それはいつか来る対決の日にきっと力をくれる。俺はそう信じている。みんなで辛い未来を乗り越えられたらいい。俺は夜景にそう祈った。
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