シーズン・3 願いと祈りと分かち合いと

第67話 学科飲み

 金曜日の夕方はテンションが上がりやすい。だからその勢いで俺は現状と今後の展望とを練っていた。PCに今のところわかっていることを書き出して、葉桐の狙いを推察してみる。だけど狙いがよくわからない。まず優れた科学者である楪と参天楼たちは起業する上では有益極まりない人材のはずだ。だけどわからないのがミランとツカサの二人。それと天決先生の存在。天決先生は優れた芸術家だし、芸能界にも影響は強い。葉桐は有能なわりにはかなり虚栄心が強いので、インフルエンサーになりたがっているのはよくわかる。そのために天決先生を欲するのは理にかなっている。だけど葉桐は天決先生に対してかなり遠慮しているような節があるのだ。必要不可欠だから脅迫はするが、同時にご機嫌も取っておきたいようなそういう空気感を感じる。


「何がどうつながるんだ?あいつは人材マニアではない。目的のために他者を使い潰すタイプだ。だからこそよくわからない。まったく意味がわからない。共通点がなさすぎる…」


 なにかまだ欠けているピースがあるのだろう。それがわからないとあいつの目的は浮かび上がってこない。俺は葉桐が嫌いだ。あいつさえいなければ前の世界は幸せなままでいられた。楪やミランたちの平和も奴に脅かされている。だからなんとしてもあいつを潰す必要があるのだ。金では潰せない。


「くっそ…。お魚さんの餌にできればいいのに…」


 最近までは葉桐を海に招待してやろうかと真剣に考えていたが、五十嵐の様子を見るに、ただあいつをこの世界から消し去っても彼女の中にある闇のような何かを消せないような気がするのだ。


「くっそ。幼馴染ヒロインなんてとっとと負けちゃえばいいのに…そしたら…俺が…」


 その時は俺が…。なんて言ってみても、俺は俺でまだ前の世界の彼女の在り方に納得がいっているわけではない。かと言って五十嵐を誰かに渡したくない。宙ぶらりんなままだ。


「とりま、葉桐と五十嵐が付き合うことだけはないようにしてやりたい。それだけでも何か前の世界ではなかった変化が起きるかもしれん」


 もどかしいこの距離感と断絶。何処に正解があるんだろう?どうすれば素晴らしい未来に辿り着けるのか?それを知ってる奴がいるんだったら全財産をくれてやってもかまわない。本気でそう思う。


「さて、もう行こうかな」


 俺は腕時計を見て、時間が来たことを知る。そして家を出て下北の商店街に向かう。







 学科飲みがない大学は多分ない。大学っていう場所はいくつものコミュニティが重なり合ってできているが、学科という単位はその中でも比較的交流が盛んなほうだろう。ノートの貸し借りやら楽な単位の情報の交換とかね。今日はその学科飲みである。一年生だけではなく、先輩たちも来ているので結構な大所帯だ。その中には当然、五十嵐理織世の姿がある。居酒屋のお座敷を借り切って、先輩後輩入り混じって、俺以外の皆は宴会を楽しんでいた。


「トッキーってミランさんと知り合いだよね?!紹介してくんない?!」


「いやぁ。あはは。どうかなぁ。ほら?最近テレビドラマにも出てるし、忙しいからそれどころじゃないんじゃないかなぁ?」


「かなちゃんかなちゃん!数学科の楪姫と友達なんでしょ!こう自然に飲みにつれてきてくれないかな?」


「いやぁ。あはは。うーん。ほら?彼女は男の子が苦手らしいから、ちょっと躊躇するなぁ?」


「かなたくん!ぜひとも綾城さんとの出会いをセッティングしてください!」


「わりと真面目に言うけど、あいつと付き合っていくのは普通の男には難しいよ。自分磨きして出直してください」


 もうこの飲み会全然楽しくない。綾城たちとの飲みとか合コンとか出会いとか紹介とか、そんなのばっかり要求される。わりと露骨に金なら払うとかコネを紹介するとか、そういう対価を露骨に出してくる奴もいて、断るのが凄くしんどい。俺はぬるいピッチャービールを飲みながら隅っこの方で、女紹介してって言わない陰キャたちと飲むことにした。陰キャって一緒に飲むと意外と相手の事を尊重してくれるから、飲んでて楽しい。リア充男との飲みっていうのは、フリーっぽく見えて実はお作法とカーストにガチガチに縛られてるしね。


「常盤殿はモテるよね。なんかコツってあるの?」


「別にモテるわけではないよ。たまたま出会いが重なっているだけ。運が良かっただけだよ。それ以外はそこまで誰かと変わるもんじゃないさ」


 いい出会いが重なったけど、同時に危ない橋も何度かわたってるので、半分くらいはマジで運が良かったと思ってる。


「まあでも。強くいい出会いがありますようにって願ってはいたと思う。コツって言えばそれくらいかな。後は分析とかだから勉強できるやつならだれにでも出来るよ」


 前の世界の経験値を持ち越してるズルはあるにしても、強く願ったことだけは間違いない。それこそが強運を呼び寄せるのかもしれない。陰キャたちは俺自身に興味をもってくれてるので、会話がすごく楽しかった。自分なり自分らしく喋れるっていうのはやっぱり楽しい。この人たちが何かに困っていたら助けてあげたいとそう思う。俺は俺なりにこうして飲み会を楽しくする術を見つけることができたのだが、それでもそういうのが吹き飛ぶような瞬間は飲み会では訪れる。


「理織世ちゃんってあの葉桐って奴と付き合ってんの?」


 三年生のイケメン先輩が五十嵐の正面に陣取っていた。周りにはチャラ系の先輩男子たちがいて、五十嵐の周りには一年生のかわいい方の女子たちが集まっている。なんかこう空気感があそこだけ合コン系リア充なんだけど。俺はお座敷の端っこから、五十嵐の周囲に聞き耳を立てていた。我ながらキモい。


「いえ、宙翔は幼馴染です」


 幼馴染って何だろう?この間会った時の、わけのわからない会話がずっと耳に残っている。あれはそんな甘酸っぱい関係には見えない。もっと悍ましい何かを感じたのだ。


「じゃああいつとは付き合ってないってこと?他の誰かと付き合ってたりすんの?」


 イケメン先輩は五十嵐の回答にどこか浮足立っているように見えた。葉桐と付き合っていないからワンチャンあると思っているのかもしれない。周りのチャラ系男子たちもそういう風に見える。


「あはは、そういうのは別に…」


 五十嵐は適当に答えて、曖昧な態度で煙に撒こうとしているように見える。だけどこういう時、男ってのは勘違いする生き物だ。ぐいぐいとウザく迫るものだ。


「へぇ?じゃあどれくらい彼氏いないの?」


 当然そういう質問は出てくるだろう。五十嵐は曖昧な笑みだけをうかべている。俺にはわかるが、あれは完全に相手とのコミュニケーションを放棄した態度だ。その横顔は美しく見えるけど、俺にはひどく痛々しく見えて仕方がなかった。


「どれくらいって…。あはは…」


 前の世界のことだが、五十嵐は隠し事を好まなかった。葉桐のこと以外は。あまり嘘をつくことを好まない。葉桐のこと以外は。俺はそういう女だと知っている。


「あれ?もしかして…?誰かと付き合ったことないの?」


 イケメン先輩が下品な笑みを浮かべている。周りのチャラ男たちもだ。それだけではなく、周囲の女たちも興味あり気にしている。恋愛経験の多寡は女同士のパワーバランスに影響する。みんながみんな五十嵐に注目している。


「そうですね。私そういうこと、興味なかったんで」


 ちょっとした衝撃が彼らの周りに走る。


「まじ?!へェ超意外!じゃああれ?キスとかもしたことないの?!」


 このままだとエロい質問攻めからの口説きタイムに突入するのは目に見えてる。大学の飲み会なんて隙見せたら、女はすぐに食われるのだ。五十嵐はあいつらにはついていかないことくらいわかってるけど、それでもこれ以上ああやっておもちゃのように質問攻めに合うのは見たくなかった。だから俺は懐に手を入れてスマホを取りだす。


「…キス……。そうですね。したことないです。ええ、ないです」


 キスしたことない。まあ俺とキスしたことは隠しておきたいかもしれない。何処に葉桐の目があるのかわからんし。だけどちょっとショックではあった。


「わお!じゃあ俺としてみる!?キスなんてお遊びみたいなもんだよ!なぁそうだよなみんな!」


 こういう悪ふざけがまかり通るのが大学の現実だ。


「そうだよねー」「まあキスなんてそんなもんじゃね?」「だよねー!五十嵐さんちゅーしてみたらいいんじゃないかな?!」「そうそう!わたし五十嵐さんのキス顔みたい!きゃはは!」


イケメン先輩が学科では一番の人気者なんで、周りの男共もそれに追従するし、女たちも五十嵐が飲み会で男とキスするようなビッチになれば、堂々と蔑めて楽しいだろう。だけどそういうのはいかんでしょ。俺はすぐに五十嵐に電話をかける。すると五十嵐からピピピと着信音がなる。


「あっこの番号…」


 五十嵐は周囲のキスコールを無視して、電話に出た。


「五十嵐。電話を口実にその場から離れろ」


 俺がそういうと彼女は周囲をキョロキョロして、俺に目を一瞬だけ向けて、ふっと微笑んだ。そして。


「すみません。この電話重要なんでちょっと話してきますね」

 

 五十嵐は席を立ってお座敷から廊下の方に出る。俺もそれに合わせて廊下に出た。


「ねぇねぇ、常盤くん。今のいいね。すごく自然に抜けられた。ありがとう」


「どういたしまして。…取り合えずちょっとの間避難する?」


「うん。そうだね。避難したいね。連れててくれる?」


「ああ、かまわないよ」


 俺たちはしばらく廊下で待機してから、陰キャたちのシマに合流した。俺が五十嵐を連れてきたもんだから、みんな驚いていた。


「あはは。みんな私のことも仲間に入れてねー」


「「「どうぞどうぞ!ぜひもなし!!」」」


 陰キャズは座布団をいっぱい持ってきて重ねて、五十嵐の席を作った。なに?玉座なの?五十嵐さんまじお姫様扱いされ過ぎじゃない?


「わーみんなありがとう!こういうのいいね!みんな優しいね!」


 こういうのでみんな勘違いするんだよなぁ。まあ陰キャズたちは陽キャと違って無茶しないと思うから大丈夫だと思うけど。そして俺たちは共通の話題である建築でお喋りをはじめる。


「五十嵐さんは世界の建築では何が好き?」


 会話が盛り上がってきたころに五十嵐にそう尋ねた奴がいた。その質問に対して五十嵐は微笑みながら。


「うーんとね!アレが好き!トルコにある…」


「あ!こんなところにいた!!りり!」


 よく知っている声がしたと思ったら、なんとすぐ傍に真柴がやってきた。


「お前なんでこんなとこいんの?なに?五十嵐のストーカーなの?」


 俺は思わずそう尋ねてしまった。


「あんたの方がストーカーっぽいでしょ!生物工学科も今日ここで飲み会やってるの!」


 なんと飲み会が被っていたらしい。まあよくあるよね、こういうの。大学生あるあるだと思う。


「でもなんで自分とこの飲み会から離れて…あっ…すまん…」


 俺は真柴の事情を察してしまった。きっとボッチだったのだろう。あるいは男子しか周りにいないか。


「やめてよ!あやまんな!みじめになるぅ!」


「あーよしよし!じゃあ友恵は私の膝の上に乗る?」


 五十嵐はどことなく母性を感じさせるような笑みを浮かべて真柴を自分の膝の上に座らせた。


「うぇーん。りりぃ!」


「みんなこの子は私のお友達なの。仲良くしてあげてねぇ」


「「「応!!」」」


「なんで返事にそんな気合入ってんの?」


 まあ飲み会のノリなんてこんなものか。その後、真柴も含めて俺たちは楽しくおしゃべりをした。陰キャズは真柴の陰の者のオーラを感じたのか、すごく優しく対応した。真柴は真柴でぎこちなくではあるが、俺たちの輪に打ち解けていった。だけどそれが良くなかった。


「だからねぇ!ひろが!ひろはがんばってるのぉ!!うちは支えてあげたいのぅ!」


 めっちゃ早いペースで酒をガバガバと飲んでいく真柴。だけどね。俺の周りの女子たちと違って普通の女の子はそこまで酒に強くはないのだ。


「うーん。りりィ…暖かいようぅ…すぴー」


 真柴は気がついた時には、五十嵐の膝の上に頭を乗せて眠っていた。取り合えずいつか弄り倒すために寝顔は撮っておく。五十嵐は日本酒を升で飲みながら、若干困ったような顔をしていた。


「困っちゃったなぁ…友恵はあんまりお酒に強くないんだよねぇ」


 知ってる。前の世界でもそうだった。早いペースで飲んではすぐに眠ってしまうのだ。


「どうしよう…うーん。カラオケ屋さんに行って朝まで粘ればいいのかなぁ?それとも宙翔に迎えに…」


「うちに来い」


 俺は五十嵐が言い切る前にそう口にした。


「俺の家はすぐそこだ」


「え?それって…」


 俺は五十嵐の返事を聞かずに、真柴を背負う。柔らかい感触は別にこいつから感じても嬉しくはない。


「五十嵐。行くよ」


「え…。うん!」


 そして俺と五十嵐は飲み会を抜け出した。そして勢いから醒めた時に俺は、心臓バクバクになってしまった。これってもしかして、世間でいうところのお持ち帰りって奴なのではないだろうか?勢いが生み出した突然のイベントに俺は胸の高まりが止まらなかった。

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