第27話 雰囲気に流されてはいけません!!


 洞窟の中に入った時だった。楪が楽し気に口を開いた。


「ぶっちゃけ思ったことがあるんですよ!江ノ島ってなんかゲームのステージみたいじゃないですか?!」


「あーすごくわかるわー。確かに入り口の土産物屋さんの通りや、崖沿いの通路や参道、それにこの洞窟。まるでゲームの街とダンジョンみたいよね」


 この意見には全く同意だった。江ノ島ってなんかいろいろと圧縮されてて散歩してるだけで全く飽きないのだ。


「というわけで伊角さん!ちょっとご協力ください!!」


「うん?なにすればいいの?」


「昔のRPGごっこです!カナタさんはスマホで動画撮ってください!綾城さん!伊角さん!行きますよ!!」


「ええ!魔王はこの奥ね!!」


「え?魔王?まあよくわかんないけど、ついていけばいいんだね!」


 三人は楪を先頭に列になって歩く。そして楪が途中で曲がると、楪が歩いたとおりに綾城も歩き、伊角もその通りに歩く。俺は動画を撮りながら思わずつぶやく。


「あーみたことあるぅ!昔のゲームのパーティーってフィールドだと先頭のキャラの動きをそのまま真似して歩くんだよな!」


 思わず楽しくなってきた。俺は楪を追いかける。楪は途中でその場で少しだけジャンプした。すると綾城も、伊角も同じ場所まで歩いた後にそこでジャンプする。


「あるある!こういう不自然極まりない動き!!」


そして楪は俺に向かって歩いてきて肩を軽く触れさせてきた。すると楪は効果音らしき音と謎の曲を口ずさみ始める。


「しゅわあああああ。ででーん♪ででででででん♪ででじゃじゃじゃん♪」


 三人は俺の前で横に整列する。各々何かぶきのようなものを持っている設定らしく可愛らしくポーズを撮ってる。


「ぎゃははは!あったあった!昔のゲームって敵の前で整列してた!今のゲームから見るとマジで謎いよなあれ!」


 楪はなんかすり足でヒューとこっちに近づいてきて俺に向かって剣を振るうような動作をした。


「そうそう!近接武器使う奴ってなんか地面すれすれを滑ってくんの!思い出すとマジでウケる!!」


 女子たちも思い出したのか各々笑っていた。


「みなさん!必殺技行きますよ!それ!」


 三人は同時に俺のところに近づいて、それぞれが俺の体をくすぐってきた。


「あっ…手ちょ!まって!がちでっくすぐったい!あひゃ!あひゃあははははは!」


 くすぐったさって気持ちいいのに地獄っていう謎の感覚だよね。俺は三人から擽られ続けて耐えきれなくなり膝をついてしまった。


「て、ててーん!ユズリハはレベルが上がった!」


「たたたーん!ヒメーナは魔法を覚えた!」


「ちゃららーん!ミランは新しいスキルを習得した!」


「「「魔王カナタは死んだ。ちーん」」」


「俺が魔王かよ!!勇者パーティーに入れてよ!!」


 女子たちはクスクスと笑ってる。俺も釣られて笑う。こういうおふざけって初めてで、すごく心が温かくなった。とても楽しかったのだ。



***(デート中!!)*** 




 そして日が暮れて俺たちはタワーにやってきた。ここからは夜景が一望できる。対岸にある街の明かりがとても美しかった。ミランと俺は腕を組んでそれを一緒に眺めていた。


「綺麗だね」


「うん。すごく綺麗」


「今日はとても面白かった。なんだろうね。確かにみんなが恋とかに嵌っちゃいそうな理由とその感情が少しだけわかった気がするよ。うん。確かにいい経験になった。もうボクは大丈夫だ。きっといいお芝居ができるよ」


 ミランはとても素敵な笑顔でそう言った。人が人に恋をするのって案外簡単な事なのかもしれない。少なくとも俺は嫁に恋するのに大層な理由がなかった。俺は街の夜景を見ながら思い出した。彼女に恋した瞬間を。





 あれは前の世界の三年の時だ。就活というクソみたいな現実が見えてきて。いい大学に通ってるのに何もない空っぽな自分が悔しくて、気を紛らわせるために本郷キャンパスにある池、その畔の岩に腰掛けてスケッチブックに鉛筆で絵を描いていた。デッサンは得意だ。自分ではうまいと思ってる。だけど美大の試験での制作課題では落ちてしまった。俺には才能がない。だけど描くことはやめられなかった。そんな時だ。


「あれ?同期の常盤君だよね?」


 気がついたら嫁が傍にいた。三年間も同じ大学の同じ学科に通っていて、喋ったのはその時が初めてだった。俺はドギマギしてしまいなにも返事ができなかった。


「絵を描いてるの?見せてくれない?」


 嫁は俺の絵を覗き込んでいた。自分の絵をじっと真剣に見てくれる人がいる。それがとても嬉しくて恥ずかしくて。


「あんまりいいものじゃないよ。人に見せられるようなものじゃないから」


 俺は自分自身を卑下していた。灰色の世界で上手く生きられない陰キャボッチ。挫折から立ち直れず、何も学べずまた新しい壁にぶつかって砕け散るだけの弱い男。そんな姿を学内でもキラキラと輝いている嫁に見せるのは惨めだった。


「そうかな?これいい絵だと思うの。ほら。ここの陰影。現実の池よりずっと綺麗に見えるよ。あなたにはこういう風にこの世界が見えてるのね。私もそういう風に見えたらいいのに」


 嫁が褒めてくれた部分は自分でも力を入れて書いたところだった。陰キャあるあるだけど、ちょっと優しくされただけで、この人はわかってる人だって思いこむ。ほんと今思えば馬鹿みたい。


「常盤君がこの間作ってた建築模型もかっこよかったよ。みんなはぼろくそに叩いてたけど、そんなことなかった。すごくすごく綺麗な建物だったよ。住んでみたいって思えるようなお家。こんな家で可愛い奥さんやってみたいって思っちゃうようなね。うふふ」


 すごく綺麗で可愛い笑顔だったんだ。それだけ。それだけが好きになった理由。それが欲しかった。とてもとても欲しかった。


『おーい!理織世!行こうぜ!!』


 遠くから男の声が聞こえた。当時の彼氏が嫁を呼んでいた。


「行かなきゃ。じゃあまたね常盤君」


 彼女は手を振って去っていった。俺一人だけが残された。そのあと大学で彼女と話すことはなかった。だけど俺は彼女に褒められたことをずっとずっと覚えていた。俺はそれを励みに頑張った。そして俺が作った建築模型とデザインを見たとある有名建築士が俺の事を大企業の建築設計部門に紹介してくれて就職が決まった。もし嫁が俺の事を褒めてくれなかったら、俺の将来は糞だっただろう。俺の人生は嫁がくれたものだった。だから好きだった。愛していた。それだけのお話だったのだ。




 俺は今やこの世界に何の痕跡も残っていない恋の事を思い出して思わずにやけてしまった。とてもいい思い出。だからこそ裏切りが辛かったのだ。


「凄く素敵な笑顔だね…もっとボクに見せてその顔を…」


 ミランが俺の頬に手を当てて顔を近づけてきた。


「あの時の野蛮な王様の顔も良かった。くだらない馬鹿騒ぎでふっと見せる寂しそうな顔も良かった。だけど今の今のその笑顔が一番素敵…」


 どんどんミランの顔が近づいてくる。そして彼女は目を瞑り、唇が俺の唇に触れそうになるまで近づいてきて、そして…。


「はい!ぴっぴー!美魁選手レッドカード!!退場です!!」


 綾城が美魁の指に人差し指を当てていた。


「あれ?ボクはいったい何を?!」


「雰囲気に流され過ぎよ。ファーストキスは他の人がいない二人っきりの時にしておきなさいな。その方がずっと素敵な思い出になるはずよ」


「べっべつに…!キ、キスなんて!そんなことするつもりは!?」


 ミランは両手で顔を覆って俯いてしまう。指から見える肌は真っ赤に染まっていた。


「雰囲気って怖いなぁ…わたしも気をつけなきゃなぁ…あの飲み会みたいな悲劇は二度とごめんです…アハハ…」

 

 なんか楪は流されてラブホに連れ込まれそうになったことを思い出したらしい。じゃっかん暗い顔をしてる。


「さて!これにてデートはお終いよ!どうかしら美魁?何かつかめた?」


 ミランは顔をあげて自信に満ちた笑みを浮かべる。


「ああ!もちろん!ボクはちゃんと掴んだよ!絶対にいいお芝居に仕上げてみせるよ!」


 その声には不安な様子はまったくなかった。きっとこれで大丈夫だと思えた。


「じゃあ記念撮影して帰りましょうか!すみませーん。これで撮ってください!」


 綾城は近くにいた人に頼んだ。俺たちは夜景をバックに四人で並び、ピースする。そしてその瞬間は写真に収められた。きっと俺は今日という日を永遠に忘れないだろう。





 

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