第26話 デートに行くなら女の子が輝けるエモい場所を選びたい!

 水族館を出た頃にはちょうどお昼くらいだった。橋を渡って江ノ島に入った後、名物のシラス丼を四人で食べた。そして島の裏側にある洞窟を目指して俺とミランはゆったりと歩いていく。江ノ島は建築を専攻とする俺にとってもなかなかに刺激的な場所だ。ここを選んだ綾城はセンスがいい。話が弾む弾む!


「江ノ島はいわゆる浅瀬で陸地と繋がっている特別な島なわけで、潮の満ち引きによって陸地と繋がったり離れたりすることから、古来より人々に特別視されていたわけだ」


「へぇー面白いねぇ」


「だよね!そう、それ故にここは宗教にとっても聖地として崇められるモニュメントとなったわけだ!自然に出来た洞窟はまるで大地の神秘そのものであり、あるいは異界への入り口の様にさえ捉えられていたことだろう!」


「そうなんだぁねぇ」


「まさにここは神の宿る島なわけだよ!それがやはり建築様式にも表れているように俺には思える!ここと同じような島の一つにフランスのモン=サン=ミッシェル島があるんだけど、あそこもまた教会を中心とした聖地であり、その建物はここと同じようなどことなく…」


 俺がまさに理論の核心に迫る瞬間に口笛が響いてきた。綾城が俺の前に立ちイエローカードを突きつけてきた。


「ぴーぴー!常盤選手!イエローカード!!」


「なんで!せっかく楽しくおしゃべりしてたじゃん!」


「そう思っているのはあなただけではなくて?ミランの顔を御覧ななさい」


 言われるがままにミランの顔を見た。


「スゴーイ、トキワクンッテモノシリナンダネェ!」


 ミランは目を点にして、どこか気の抜けた声で返事をしていた。これバグってますよね?傍にいた楪が悲しそうに首を振っている。


「男の子の蘊蓄中毒症候群の末期症状を呈しています。残念ですが手遅れです…」


 楪はまるで医者のように首を振って、渋い顔で天を仰いでいた。


「俺のせいですか?!」


「あんたのせいよ。男の蘊蓄は女の心を病ませるのよ。デート中に散々謎の語りを浴び続けることによって「へぇ!」「すごーい!」「ものしりなんだねぇ!」しか言えなくってしまうの。女の子は男に気をつかってるのよ。あんたの話をつまらないとは言えないわよねぇ」


「俺の話つまんないの?!」


「酒が入ってたら楽しいんだけどね、そういうよくわかんない蘊蓄トークって。でも素面だとぶっちゃけ辛いわ。内容は関係ないのよ。なんかこう早口で意味不明な単語の羅列をずっと続ける話口調と無駄に生き生きした顔がわけわかんなくてなんかキモくて怖いのよね。ミランは内心では葛藤があってそれでああなってしまったのよ」


「ふぁ?!まじで?!そんなぁ!?」


 これは俺の経験不足がもたらしたミスだ。どうすればミランを治してやれるんだ?!


「どうすればいいの?!綾城教授!ミランはどうやったら治せるんですか?!」


「ふ!問題ないわ!こうすればいいのよ!ごにょごにょ」


 綾城は俺の肩に手を乗せて、耳元に唇を近づけて囁く。この仕草自体にドキッとするけど、ポイントくれてやるのは悔しいので黙っておく。そして提案された方法に俺は若干の戸惑いを感じながらも頷き、実行することにした。


「いやぁごめんねミラン!あはは!建築好きすぎて熱くなりすぎちゃった!ちょっと休憩しよう!あそこに喫茶店があるからお茶でも飲もうよ!」


 俺はミランの手を握って彼女を優しく引っ張っていく。


「あっ…手…っ」


 ミランは頬を少し赤く染めた。俺は指を少し強く絡めた。


「どうかした?」


「ううん!なんでもないよ!」


 ミランもまた俺の指を強く握り返してくる。2人で手を繋いで、喫茶店に向かって歩く。周りからはきっとカップルに見えているだろう。


「綾城教授!ミランさんの症状が回復しただけじゃなく、ご機嫌かつドキドキ状態になってます!これは!まさか!!伝説の!!」


「感情はより強い感情に上書きされるのよ…。そう!これが恋人繋ぎ!!手は人間にとってとても大事な場所よ。手は文明と世界を切り拓いた。そして同時にそれは他者の熱を感じるためにあるの。ああ、素敵ね。手をつなぐって。2人に100万ポイントあげちゃう!」


 綾城教授と紅葉助教はなんかすごく楽しそうだ。そして俺たちは崖の上に立っている喫茶店の海が見える席までやってきた。つないだ手はテーブルの上に乗せる。


「アハハ…なんか…こんなのはじめて…よく知らない感情が自分の中にあるのがはっきりわかるよ。ふふふ。海がなんかいつもよりも綺麗に見える気がするんだ」


 ミランの瞳はいつもの快活とした感じではなく、どこかしっとりとしていてなのに輝いているように見えた。すごく可愛い。あの演技にこの感情が乗っかったらどれだけ美しいお芝居になるだろうか?


「そうか。それはよかった。俺もここにきてなんか楽しいよとてもね」


「うん。ボクも楽しいよ…うふふ」


 俺とミランの視線がぎこちなくだけど絡み合っているように思えた。心の内側が濡れるような、なのに熱く波打っているような不思議な高揚感を覚える。


「ここで語るのは無粋ね。一億ポイントあげるわ」


「素敵ですねぇ…キュンキュンします!この光景を撮って、後で弄りましょう!」


「いいわね!最高のつまみになるわ!!」


 なんか教授陣がきゃきゃしてた気がするけど、スルーしておくことにした。こうしてまったりと喫茶店で過ごした。





***(デート中だぞ!!)***





 腕を組んであるく俺とミランと教授(笑)たちは洞窟を目指す途中で猫たちに絡まれた。ひどく人懐っこくて俺たちの足にめっちゃすり寄ってくる。


「きゃー!すごく可愛い!猫カフェでもないのにこんなにいっぱい猫がいるなんて!!キャー見て見て!」


 ミランはしゃがみこんで、猫の頭を撫でた。俺もしゃがもうとした時に、気がついてしまった。ミランの短いスカートの中が見えてた。ピンク系の光沢ある三角形が太ももの奥に見える。俺はとっさに目を逸らして、ミランの横にズレてしゃがんでパンツを見ないように猫とじゃれることにした。


「ごにょごにょごにょ(教授!あれはあれですよね!!)」


「ごにょごにょごにょ(ええ、あれは紳士プレイの一環ね。パンツ見えた見てない談義は無粋だものね。ああやってさりげなく見てしまったという事実を消し去って女の子に気をつかう。いい男になったわね常盤!帰ってから存分に今のでヌイていいわよ!)」


 なんか教授共が気をつかってくれた。まあぶっちゃけありがたいので、心の中で感謝する。ちなみに楪も猫を弄り倒して楽しんでるのだが、しゃがみこんでるので、俺から見るとスカートの中が丸見えで、パンツの色は緑だった。楪には1兆ポイントあげようと思いました。



***(デート中だぞ!)***




 洞窟のある崖沿いの観光通路に辿り着いた。ここの面白いところは当然洞窟なんだけど、もう一つミランの気をとても強く惹きつけるものがあった。


「凄い…!こんなものがあるなんて!あはは!行ってもいいよね?!」


「もちろん構わないよ」


 俺たちは階段を降りて、大きくて平らな岩の上に降りてきた。ところどころに波で出来た水たまりがあるが、全体的に平だ。まるで舞台のようだ。ミランはその上で手を外連味溢れるポーズで広げた。


「まるでお芝居の舞台の上みたいだよ!ここで演劇出来ればいいのに!すごいよ!あはは!」


 ミランは色々なポーズをとって遊んでいる。俺はそれを見ているだけでも楽しかった。綾城と楪はそんなテンション高めのミランをスマホで動画撮影していた。後で弄られるんだろうな。だけどこれはデートだ。弄られるなら一緒に弄られたい。俺はミランに近づき、膝をついて手を伸ばす。何処かで見た騎士様のように。


「お姫様。よろしければ手を」


「くくく、うふふ。素敵だね!ええ、どうぞ騎士様!わたくしの手をとってくださいまし!なんちゃって!」

 

 俺はミランの手を握って立ち上がる。そして二人でいもしない観客に向かってお礼を捧げるために頭を下げる。これにてカーテンコール。俺たちは岩から観光通路に戻った。すると綾城教授様と楪がぱちぱちと拍手をしてくれた。これはこれでいいお芝居だったのかもしれないなと思えたのだった。俺とミランは笑って洞窟に向かった。


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