第32話 希望と絶望

「この鎖は固い。流石にこのゴブリンでも簡単に切れたりはしないはずだ」


 ゴブリンの腕はフルフルと震えながら止まっている。

 動きたくても動けないのだ。 

 それほどまでにキツく縛ってある。

 体全体がそうなっている。


「種明かしをすれば……元々この鎖は小さかった。小さな糸を何度も何度も巻いて硬くする。それをこいつがお前に集中している一瞬の隙を狙ってぐるぐると巻いた。普通ならそれで十分なのだが、大きさがどうしても違う。だから、糸を巨大化にさせ、鎖とした」


 す、凄い。

 たしかに言っていることはわかるが……これ30秒でできるものなのか!?

 普通は数時間とかかけないとできないんじゃないのか!?


「とまあ、こんな感じだ。お前はその場から早くどけ。いまこいつの息の根を止めてやる」


「あ、はい」

 

 ボードを使って左の方に寄っていく。

 ゴブリンは動かず、そのままだ。


「大きいものを創るのは時間と体力が必要なんだが……確実に倒すためだ」


 いつも使っていたジャッジメントランスを創るが、それを巨大化させていく。

 普通の槍でさえ大きいのにさらにデカくなっていく。

 やがて、槍はゴブリンの腕の太さと同じくらいになり、俺たちよりも数倍近く差が出来た。

 たったの数秒でこれができたのだ。驚かざるをえない。

 人間技か?

 

「まずは腕から……インフェルノランス!」


 大きな槍がゴブリンの右手に飛んでいく。

 右手が鮮血と共に吹っ飛んで行った。

 ゴブリンは痛そうに体をうじうじさせるが、そのまま動かない。

 鎖が強すぎる。

 

「よし、腕はちゃんと飛ぶらしい。これなら倒せそうだな」


 倒せると聞いて少し安心したが……グロイ。

 グロすぎる。


 前にゴブリン退治をしたときはすぐに殺したし、ミクが大体全部やったおかげでほとんど見ることなんてなかったが、こうまじかで腕がぶっ飛ぶのを見るのはちょっと気持ち悪い。


 慣れとかないと後々大変になるってのはわかってるんだけどな……やっぱ、慣れる感じがしねぇ……うぇ……

 その場で吐いた。

 少し気持ちはよくなった。


「……もう一本の方も……インフェルランス!」

 

 そんなことを思っていると、たんたんともう一本槍を作ってそれを左腕に打ち込む。

 左腕も落ち、両手がなくなる。

 

「終わりだ」


 今度はジャッジメントランスを無数に作り、全方位に広がっていく。

 なにが起こっているのかわからない。


「うわ……なんだこれ!?」


「……槍をいくつも創って、それを一気に散りばめた。死なないと面倒だからな」


 いくつもってレベルじゃねぇ!

 多すぎる!

 何個あんだよ。数えきれない……でも大丈夫なのか?

 作りすぎると体力がなくなるって……確か……


「ぐは……はぁはぁ……これくらい作れば問題ないか」


 やっぱり疲れている。

 ここまで大きなものを創るのは大変らしい。

 まあ、でもいいか。もう勝ったも同然だしな。


「死ね! インフィニティーランス!」


 無数に散った槍が体に刺さっていく。

 頭に、腹に、胸に、無くなった腕の跡に、足に……何本もの槍が刺さった。

 本数でいえば100本はいっていたと思う。

 打たれた体はもう動かなかった。


 流石にやりすぎな気もするけど……

 まあ、なんだ。勝った!


「ふぅ……終わったか」


 ラグナロクがボードからおり、崩れるようにその場に寝ころぶ。

 俺もボードで駆けよっていき、おりて地面についた。


 久々の地面だ。久々っていっても数分の出来事だが、俺にとっては長かった。

 なにせ死ぬかもしれなかったのだ。

 死なないように必死になって逃げて、なんとかなったから良かったもののバランスを少しでもミスっていたら、ボードが上手く進めなかったら、俺は死んでいたのかもしれない。

 そう考えるとちょっとだけ怖かった。


「大丈夫ですか!? もう体力ないですよね!?」


「ああ、その通りだ。あの槍で俺の体力は限界まで達した。もうこれ以上創ることは無理だ」

 

 ぐったりとする。


「まあなんとかなったから、問題ないがあれ以上酷かったらと思うと最悪な……」


 言葉を止める。


「どうしたんです?」


「おい……マジかよ。あれでもダメだっていうのか。っち!」


「え?」


「後ろをみろ、ファクト!」


 その言葉通り、後ろをみると。そこにはさっきまで動けなかったはずのゴブリンが。


「復活して……る」


 完全に復活していた。

 インフェルノランスで取った腕は元通りになっていて。

 インフィニティーランスでつくった傷は完全に癒えていた。

 火傷の痕もなくなっていた。


 近くには壊れた鎖が落ちている。

 強いはずの鎖がこうも簡単に壊された。


 そして、腕も落っこちていた。

 俺たちが落とした腕だ。

 つまり。


「回復したのか!? 再生的なやつってこと!?」


 そうとしか考えられない。

 回復したのだ。でもおかしい。そんなスキルじゃなかったはずだ。

 ステータスが数倍増えたところで回復なんてするはずもないし……どういうことだ。


 俺はもう一度目で見る。


 スキル:狂人の有り余る無限の復讐心インフィニティーリベンジバーサーカー

 効果;体に染みついている復讐の心が自分の体を大きくし、ステータスを通常の200倍以上にする。さらに復讐相手にはステータスをさらに2倍する。

 復讐が終わるまで精神を削り、体の再生を大幅に増やす。

 欠点;大きすぎて歩きづらい。傷が回復すればするほど理性を失う。


 んな!

 スキルがこんなスキルじゃなかっただろ元々は!

 ってことは、戦いの中でスキルが進化したってことなのか。そんなのありうるのかよ。

 しかもステータスも馬鹿みたいに上がってるし! なにこれどうなってんの!?


「……逃げろ。いまの俺にあいつを倒す力はない。とにかく逃げ…………ろ」


 そう言って倒れる。

 起き上がらない。多分、気絶だろう。


「ぅぅぅううゔゔおおおおお!」


 今までの中で最も強い雄叫びが轟く。

 耳が痛い。


「がうぅぅ!」


 こっちにきた!

 すぐさまボートに飛び移る。

 どうやらラグナロクが気絶したところで創造したものは壊れないらしい。

 体力を具現化していると言っていたから、そのまま残るのだろう。


「とにかく、町から離れたところまで逃げないと。このまま町なんかに行ったらパニックになるし! でも、そのあとえっと……えっと……」


 考える。

 物凄い勢いで考える。俺はこの町の命運を背負っているといっても過言ではない。

 一番いい手はラグナロクの体力が回復するまで俺が耐え忍ぶということだ。

 だが、現実的ではない。

 さっき戦ってみて思ったが、俺が到底何時間も逃げ切れる相手ではない。

 じゃあ、一体どうしたら……


「がるるるぅう!」


 すると一瞬にして俺の目の前に奴がいた。

 一瞬で、だ。

 

「は!?」


 避けきれるわけがない。

 右腕の攻撃が俺を襲う。

 ボードから吹っ飛ばされ、地面に激突する。

 

「ぐは…………うぇぇ…………」


 息ができない。

 ……死ぬ。


 きっとステータスが上がったせいだ。 

 まだ前はみえる程度だったけど、もう目にはうつらないほど速くなってたんだ。

 ……バケモノ!


 どすどすと俺を見降ろしながら近づいてくる。

 どこか嬉しそうで、楽しそうだった。

 狂人だった。


「がる…………」

 

「ぐ……動かない。足が……」


 逃げようとしても足がダメだった。

 地面についた勢いでおかしくなったのだ。


「俺、死ぬのかよ。こんなところで……」


 悔しい。

 死にたくない。

 そんな思いが心の中をこだました時。


「助けに来たわよ! ファクト。危ないところだったわね!」


 自信満々に突っ立っているミクがいた。

 手は震えていて、怖いんだとすぐに伝わった。


「どうして……どうして……どうしてここにいるんだ! 逃げろってあれほど言ってたのに!」


「あんたは好きにしろって言ったじゃない。それに逃げれるわけないでしょ。こんなときに! 私だけ、一人逃げるなんてまっぴらごめんだわ! 私は、敵を倒してなんぼよ!」


 そういって剣を腰から取り出し、突っ走っていく。

 ラグナロクさんよりも弱いミクが勝てるわけがないのに。

 わかっているはずなのに。立ち向かっていった。

 そして案の定。


 バン。

 

 簡単に蹴散らされた。

 強く殴ったわけじゃない。ただちょっとだけ当たったといった感じだ。でもミクにとってそれでも致命傷だった。

 衝撃で倒れ、起き上がらなかった。


「……ミク!」


「…………」


 返事がない。

 ……死んだかもしれない。

 俺のせいで。


 涙が出て来る。

 どうしていつもこうなる。思い通りにいかない!

 あの時、俺が逃がさずに殺しておけば。

 同情なんかしなければ……


 そんな過去を考えていても現実は変わらない。

 止めるミクがいなくなったことでゴブリンは歩くのを再開させる。

 俺の方に近づいてきた。


「がるううううううう!」


 そして腕を振り下ろす。

  

 ああ、今度こそ。

 死んだ。


 そして、俺の体はぐちゃぐちゃに壊された。


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