第4話 奴隷エルフの土下座求婚


 幸運にも彼に話しかけられたふがふがとしか言わない親分を前に、彼の諦めは早かった。ここが汚れていることに、薄っすらとだが本能で気づいたのかもしれない。だが確証が無いのか、まだ気づいていなさそうだ。だがもし気づいているんなら、それは正しい。この世界は大分歪んでいる。人間や亜人が暮らすこの世界。その中で弱肉強食を生きようとするオーク達を排除するのが是となる世界。

 オーク達には彼のための糧となってもらうことになるが、彼にとってこれは幸運な経験だ。この世界が日本と異なることをはっきりと知れる良い経験になる。

 彼が生前独り言のように呟いていた、「異世界転生って楽しそうだな」それが幻想だと知るきっかけだ。

 人間が食物連鎖の頂点に立つのだと言わんばかりの世界で、彼は図らずともこの親分オークによって大切なことを教えてもらう事となった。だがその親分もまた人語を介さずに雄たけび、戦闘開始の合図を鳴らす。すぐさま親分は彼めがけて石斧を振り回し、それを彼に易々と片手で防がれ仰天している。そうして隙だらけになった次の瞬間、彼が親分に手をかざしてスキルを発動した。

「エクスティンクション」

 瞬間銃声のような音が響き渡る。

「な、何が、起きたんだ?」

 その音にシャドウは驚き、慌ててかぶせられていたマントを手でどかして目の前の光景を見た。ただその疑問を述べる以上のことが出来ないシャドウはぽかんとした表情で、彼の前に立って動かないオークを見る。

「死んだ、のか?」

 シャドウは怯えつつも彼に問いかけ、目の前の光景から親分オークが死んだことや、それを殺したのが年端もいかない少年だという事に目を疑い、怯えつつも彼の方を見ている。それに気づいたのか彼は頷きながら、彼女の方へ手をかざした。

「ひっ!」

 消される。そう思ったシャドウは反射的に体をかがめ、アルマジロのような丸まった姿勢をとった。だが聞こえるのは彼の淡々とした口調で放たれた「リリース」と言う言葉。そしてそれに続いて金属が溶ける音だ。

 彼女の手足の枷を先ほどと同様にあっという間に溶かしてしまう。そのおかげで立ち上がることが出来たシャドウは礼を言うのも、マントで体を隠すことも忘れ、彼に魅入ってしまう。

「お、おい。ぶ、無事なのか? そ、それより」

 やっとの思いで吐き出せたシャドウの問いかけに彼は首を縦に振り肯定し、「終わったよ」と呟いた。そして彼は先ほどと同様に自分のマントを裸のシャドウに手渡し、「君はもうお帰り」と別れを告げると、親分が出てきた方の道へ進んでいく。向かう先はトンネルのような巨大な入り口。

「ま、待ってくれ!」

 シャドウは敵地で一人になるのを恐れたのか一度姿を消すも、慌てた様子でマントで体を隠しながらどこからか手に入れたランタンを片手に、彼の隣を歩いている。だが彼の心までは分かっていない様子で、彼にオークの街に来た理由などを問いかけながら、素足で洞窟の中を進んでいる。

「素手で先ほどオークを倒したようだが、魔法使いか?」

「んー、そう言われればそうかも」

「歯切れが悪いな。だがその技量だ。大方オークやゴブリンがため込んだ宝を狙って来たのか?」

「まあ宝があれば興味はあるけど、依頼かな」

「依頼?」

「噂で聞いたんだよ。ここから少し離れた人間の街で出会ったやつから、『オーク達に家畜が攫われて困っているんだ』って相談受けてな」

「家畜……か」

「ぱっと見豚とかならオーク達は共食いになるから、牛とかだと思っているんだけど」

 彼は呑気にそう言うと、シャドウは確認するように彼に質問した。

「どんな種類の家畜かは聞いていないのか? 君の言う町が私の知っている町ならば、確か農村のはずだが」

「そうなんだよ。聞いても『大金を叩いた、大切な家畜なんです。どうかお願いします』って事しか言わなくてさ。参るよ」

 彼の言葉にシャドウは何か心当たりあるのか口ごもっている。だが彼は気にせず、洞窟の中をすたすた歩いている。

「お、おい。ランタンが無いと危ないぞ!」

「いや、明るいじゃん」

「何を言っているんだ?」

 シャドウはランタンを地面に置いて、洞窟の奥を指さした。

「ランタンの明かりがなければ、オーク達のような夜目の効く生物で無ければ見えないぞ」

「シャドウも見えないの?」

「私も夜目が効くには効くが、敵陣では極度の緊張感もあるんだ。死角も出来る」

「そうか。俺的には常夜灯より明るい感じだし見やすいけどな。それに奥はもう牢屋があるだけみたいだぞ」

「ジョウヤトウ? 何だそれは。それに奥に牢屋だと?」

 シャドウは進めば進むほどむせ返る様な汗のにおいと不快な花の匂いが一際香る牢屋にたどり着き、その中を確認しようとランタンで照らして絶句した。

「なんてことだ……」

 明かりを向けるとその光にびくりと体を震わせ、怯えている同胞がいたのだ。牢内には洞窟と一体化したような漆黒の肌を持った少女が、鎖で手足を拘束されてぐったりとした様子でうな垂れていた。その横にも似た様な拘束具がいくつか存在しており、どれも一部が錆びていたりと使い込まれていることが見て取れた。

 明かりに気づいた少女はびくりと肌を震わせ、ガタガタと体を震わせ鎖を鳴らしていた。

「殺さないで……い、痛いのは、我慢しますから。殺さないで、下さい」

 シャドウは訝しげに囚人の少女に話しかけた。

「お前、ダークエルフか?」

「は、はい! 私はオーク様たちの従順なダークエルフです! だからどうか、あ、喋ってすみません! 黙ります! だから殺さないで」

 不安そうに懇願しつつ彼女は命乞いをしつつも、ハッとなった様に弁明を始めている。人間だと10代前半のような姿の少女は慌てふためいたように、「ち、違うんです! これは、鎖の音は、逃げようとしたわけじゃないんです! 大人しくします。ご飯も我慢しますから、だから」

 その姿にシャドウは怒りよりも先に、悔しさが胸からこみあげてきた。唇を噛んで血が出ていることすらも気にならない様子で少女を見て涙をこぼした。

「どれほどのことをされたら、……いや、何も言うまい」

 シャドウは誰に言うでも無くぼそりと独り言をつぶやき、道中の壁にかけられていた牢屋の鍵を差し込み扉を開けた。その音で囚人は余計に身体を怯えさせ、必死に命乞いをしていた。豚の鳴きまねや男が喜びそうな事を口々に発し、自分は物であるという様な行動をとり続けていた。

 彼もそんな少女の方を見て、彼女の四肢や顔に痣や内出血痕があることに気が付いている。

「大丈夫! 私だ! 仲間だ!」

「あ、新入りさんですか? 大変ですね。でも大丈夫です。こうやって、ぶひぶひ鳴けば、殴られたり痛い思いも多いけど、殺さないでいてくれるんですよ」

 まだ現実を受け入れていない少女は、シャドウを自分と同じオークに捕えられた奴隷だと思っているようだった。

「違う! 私はお前を助けに来たんだ。人間に捕らわれ、さらにオークに捕まってしまったダークエルフの君を‼」

 シャドウはそう言って少女を自身の柔らかな胸で包むように抱きしめた。

「安心しろ。お前は、君は、自由だ」

 シャドウがそう言うと彼は彼女の意を汲んだのか、少女の手足につながる鎖をスキルで溶かしていた。それにより壁から離れる事だけでなく、四肢が自由になった少女は口をパクパクと動かすだけで、現実と認識できていない様子だった。

「あ、あ……」

「何も言うな」

 シャドウは少女を慰めるように抱きしめ続け、彼に依頼をした。

「すまない……こういう約束は筋違いだと思う。いや、迷惑だという事もわかる。だが頼む」

「我々を、ここから逃がしてほしい。私も、彼女と一緒に捕まったんだ。人間に」

 そう言って彼女は彼に背中を向け、長い髪をかき上げた。その首筋に刻まれている焼き印を見て彼は黙った。彼の視線の先、シャドウの首筋にはこの世界の数字が刻まれていたのだ。

「すまない。君にだけ辛い思いをさせてしまった」

 シャドウはそう言って今度は少女の背中を彼に見せ、少女にも同様に数字の焼き印が押されていることを知らせる。その数値が連番であることに、彼もようやくシャドウが無謀にもこのオーク達の街へ入った理由を知った。

「私だけ逃げれた。だが私は彼女の見捨てることが出来なかった。だから、私は、必死の思いでこのオークの隠れ里を探し出したんだ。だが、遅かったようだ。

「本当にすまない……だから、だからこそ、彼女を自由に、安全な場所へ連れて行ってほしい。お願いできないだろうか」

 地面に膝をつき、深々と頭を下げる姿は彼も見知った光景だ。土下座だ。

「これは奴隷として捕まった際に、人に願う方法だと教えてもらった。不愉快だったらこの姿勢は止める。だが、どうか、頼む」

 シャドウの言葉に彼は困った様に頭をかいて、ため息をついた。

「なるほど、家畜、か……そういうのはフィクションの世界だけにしてほしかったよ」

「彼女を解放してやってくれ。代わりに私が君の、奴隷になるから!」

 私はため息をつきながら、画面に映るシャドウの求婚シーンを見ながら彼の好きなたい焼きをつまみつつ、紅茶を飲んで一服をしていた。画面に映るシャドウは一人だけ奴隷商人の馬車から逃げた後悔を払しょくするために、同胞である元奴隷少女の痛みを少しでも減らすために、様々な口上で必死に彼に願い出ていた。それが無駄なのだとも知らずに。

 まあ彼の事をまだ良く知らないシャドウだから、仕方がないかもしれない。だけど不思議な世界よね。シャドウは私よりも数倍も大人びた色気を持っているのに、その脳内は夢見がちな少女のようだ。

「これだから未開惑星の現地人には参るわ。姿と中身に釣り合いがとれてなさすぎよね。それに何よその依頼! ふざけてるの?」

 だってこういう状況で彼がやることなんて、決まってるじゃない。何年彼を見続けたと思っているのよ。きゃっ。今の私、なんだか彼の正妻みたい。そんなことを思いながら私は、食べ終えた鯛焼きを紅茶で流し込み、彼らの馴れ初めの方へ視線を戻した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

大好きな彼が異世界転生でチート無双しているから、健気なヒロインを演じる私は彼を高みから見守ろう ラスター @rasterbug

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ