第2話 穢れた勇者と清らかな勇者 ※判断基準は私


 彼の言葉に怒る勇者も三文役者のわりに、良い感じ。やられながらも「ふざけるな」や「いい気になりやがって」など口先だけはご立派だ。だけど哀れ勇者は彼に顔ごと手でつかまれ、地面にたたきつけられていた。

 じゅわじゅわと音を立てる勇者はまるで硫酸の海に身投げしたように、体が溶けていく。その姿に観客はもちろん、勇者の仲間たちも言葉を失っていた。

 その光景に先ほどまで下品な罵声を浴びせていた観客の一部は蜘蛛の子を散らすように、街の中へ逃げ去ってしまった。後に残るのは元勇者一行と、逃げ遅れた一部の町民。そして愛しの彼やその仲間たち。

「彼、勇者じゃない……」

「だな。肉体も残らないとかキングより悪人じゃん」

 エメの言葉に彼も頷き、勇者の証である大剣を手に取った。その姿を前に、魔法使いが「な、なんで? そ、その剣は勇者様だけしか触れないはずなのに」と一人驚いている。

 だが彼はそんな言葉に耳を貸さずに、「これは本物だったのか」と呟いて勇者一行をにらみつけた。七色に染まる彼の瞳から発せられる視線は、どんな魔法も無効化するチートスキルのうちの一つ。

 その効果により、我先に逃げようとした女戦士の体が硬直する。

「どこへ行くんだ」

「よ、寄るな!」

 喚くように叫ぶ女戦士は、逃げ去ろうとして振り返った結果目があった魔法使いに、「なんとかしろ!」と叫んでいる。だが慌てているのは魔法使いも同様らしく、「うっさいわね! さっきからファイアボール放とうとしてるのに、出ないのよ!」と喚いている。そうなればもう仲間同士で罵り合いが始まるだけだ。

「勇者一行は俺たちより強いんだろ?」

 彼の言葉に真っ先に反応したのは、僧侶だ。そう言って彼女は既に事切れて液体と鎧だけになった元勇者の亡骸を足蹴に、彼へ駆け寄った。

「ゆ、勇者様‼ 私、目が覚めました」

 まるで囚われの姫や、操られた女騎士のようなことを呟き、彼へ近づく。

「本当の勇者様は貴方様の他ありません! 私は目が覚めました。このパーティーによって、身も心も汚されていたことに」

 その言葉や表情に嘘偽りは見えない。だがその言葉に「ふざけるな!」と反論の雨が降る。

「ざけんな! だれよりも勇者と寝てたのはおめーだろ!」

「そうよ! 私知ってるんだからね! ダンジョン行くたびに近くの森であんたが勇者に跨って

たの! それにあんたが教会を追い出されたのだって嘘で、本当は元遊び」

 戦士と魔法使いの暴露話に僧侶は眉一つ動じずに、「勇者様……穢れた私にどうか」と彼の頬に触れ、目を閉じた。それはまるでキスをせがむようだが、彼女にとってそれは自殺行為に他ならない。

「ぎゃぁあああ!」

 僧侶の叫びと共に、彼女の手が勇者と同様に悲惨な姿へと変えていた。それでいて勇者と異なるのは、彼女がまだ理性を保っていたことだ。彼女は手を失いながらも叫んでいたことを忘れたように、先ほどと同様の表情へ戻った。

「これが私のバツなのですね、勇者様」

 そう言って再度彼に近づこうとした僧侶に彼は、勇者の大剣で袈裟懸けを放った。その攻撃を浴びた僧侶が、その可憐な容姿と似ても似つかないまるでイノシシのような咆哮を放った。

「魔法使い」

 シャドウの言葉に魔法使いはびくりと背を震わせ、返事をした。

「は、はい!」

「さっきの話は本当か?」

「え、ええ。前に酒に酔った彼女が私たちに漏らしてて。でも翌日は覚えてないって」

「だからか。こいつがこの姿で生きてるのは……マスター!」

「わかってる。この剣は本物だが、勇者は偽物。ついでにその黒幕な」

「逃げる……」

 シャドウと彼の会話にエメは、空を指さして割ってははいる。そこには蝙蝠の羽のような黒い翼をもった化け物が胴体を失いながらも、ふらふらと羽ばたいていた。

「あ、あれは……」

 女戦士が絶句しながらその光景を眺めている。僧侶の下半身は毛むくじゃらの獣のような下半身に変化しており、人間の下半身はどこにも見当たらない。

「マスター」

「大丈夫。よっと」

 彼はシャドウに対し焦る様子無く、先ほど試し切りをしたばかりの大剣を、やり投げのように構えた。

「これは状態が悪いけど聖なる剣っぽいし、いけるでしょ」

 そういう彼の言葉が聞こえたのか、ふらふらと逃げようと羽ばたいていた化け物が彼を見下し、笑っている。

「勇者の子孫ってだけの馬鹿息子を垂らし籠め、時間をかけて暗黒に染め上げたってのに、まさかこんな様になるとはな! おいお前! 名前は!」

「……ソラだ」

「ソラ! 貴様は確かに我々にとって天敵かもしれん! この地を支配させるためのキングベヒーモスまで倒したのだからな! だが我々は、我々のボスである魔王……げひっ!」

 気持ちよさそうに口上を述べている化け物に対し、彼は何事もなかったかのように化け物めがけて大剣を投擲したのだ。そしてそれは邪を穿つ破魔矢のごとく、化け物の体を打ち抜き、どこかへ消えていった。

 そしてフラフラと体が半分に割れて地面に落ちる化物を前に、彼はそっと手を触れた。今度こそ彼のスキルによって消滅した化物を確認した彼に、シャドウは「話を聞かなくてよかったのか?」と声をかけた。

「ああ。こいつが信用できるかも分からないし、知りたいことはキングから聞いただろ?

「それは、確かにそうだが……」

「心配するなって。シャドウ」

 彼が不安そうなシャドウの頭を素手でポンポンと叩き、笑う。シャドウも自分の頭に乗せられた手を黒く細い指で触れ、自分が消えないことの嬉しさや彼のやさしさに乙女モードになっている。

「ねえ、マスター」

「ああ、あいつ等か」

 彼がエメの問いかけを受け、金縛りが解けた元勇者の残党の方を見る。すると彼女たちは先ほどの威勢の良さは消えうせ、

「な、なによそれ……」

 腰が抜けたのか立ち上がれない魔法使いや、恐怖からか数歩動いて転倒した戦士が、彼を指さし震えている。その表情は奇しくも、以前のシャドウと同じだった。

 彼が初めてシャドウと出会った、あの時と。

 そう思いながら私は画面を見ながら、にんまりと頬が吊り上がるのが分かった。

「あまり見たくない光景だな……ところでマスター」

「ん?」

「何故偽名を?」

 シャドウの問いかけに彼は、うーんと一瞬悩みつつ、「ああ、何となく」と適当な返事をした。それに対し追及しようとする彼女だが、彼の右手をぎゅっと握るエメの姿を前にむすっとした様子で、開いている左手を掴んだ。

「マスター!」

「な、何?」

「ありがとう……ございます。仲間って言ってくれて、うれしかったです」

 彼より背の高い彼女は恥じらいながら彼に礼を言い、恥じらったように黙っている。だけどその感謝を伝えるように、彼の手をぎゅっと握りしめている。その姿はまるで、彼の右腕は私だとアピールするかのようだ。ちょっと生意気ね。

 私は左手から伝わる温もりを感じながら、シャドウと彼の馴れ初めを思い出すために、彼らの馴れ初めの記憶を用意した。

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