大好きな彼が異世界転生でチート無双しているから、健気なヒロインを演じる私は彼を高みから見守ろう

ラスター

第1話 時代劇好きは異世界チート転生物が好き


 はじめまして。こんにちは。こんばんわ。

 私は今、雲より高い場所に住んでいるの。

 ここはいくつもの世界の交差点。そしてはるか先を見渡せる世界。そんな場所に住む私が見ているのは、ここ。汚くて辺鄙な場所でしょ? 中世ヨーロッパ?超あいまいな表現だし、当時住んでた人たちから怒られそうだけど、そんな場所。

 私たちが生まれた日本と比較して遥かに衛生的ではない、衛生概念という考えすら誕生していなそうなこの異世界で、彼は今日も世界を救うために戦っているの。

 彼は当初この世界の異臭に慣れていなかったが、すぐにわた、いえ、神様から送られたスキル『浄化』により、その環境に適応した。

 そのスキルを授けるに相応しく素晴らしい彼は、そのスキルを活用し、世界を浄化するために日夜努力を続けている。

「さすが救世主様だ!」

「あの誰も倒せなかった、キングベヒーモスを一撃で倒すなんて!」

「かっこいいです!」

 当たり前の事を口々につぶやくモブたちに、彼はキョトンとした様子でこう言うのだ。

「あれ、今のがキングだったんですか? 俺てっきりベヒーモスジュニアだとばかり」

 その彼の言葉にあり得ないと文句を言うのは、当初その討伐依頼を任されていた、通称勇者御一行様だ。

 ゲームで言うなら、勇者、女戦士、女魔法使い、女僧侶と言った様子だ。

 それぞれ自身の職業を表すような姿をしており、

 勇者や戦士は鎧を身にまとい、剣や斧を手に持っている。魔法使いは黒いローブタイプのマントを羽織り、とんがり帽子を被っている。僧侶は教会で日夜礼拝を欠かさないシスターのようなかっちりとした服装に魔法の杖のようなものを持っている。

 対して大好きな彼は、旅人のようなラフないで立ちだ。皮手袋を付け、使い込まれた中古の革のマントを羽織、周囲のモブたちと同じような動きやすそうなラフなシャツやパンツスタイル。だからだろう。勇者一行は明らかに彼を馬鹿にした様子で、力の差をみじんも感じた様子を見せずに見くびっている。

 そんな馬鹿どもの態度が伝播したのか、キングベヒーモスの死体を町まで運んできた彼の功績を疑う者たちが出てきた。

「貴様らはおかしいと思わないのか! こんなみすぼらしい身なりで、我々勇者一行が依頼されるほどの高難度ミッションである、キングベヒーモスを倒したと信じるのか?」

 強調するように仰々しく一区切りつけながら喋る勇者、いや、馬鹿は目ざとく自分に賛同しかけているモブたちを見つけて、にやりと笑う。

「た、確かに」

「ゆ、勇者様のいう事も一理ある」

 一度誰かが口にすれば、井戸端会議のうわさ話よりもその賛同は瞬く間に広まっていく。その後は彼に対する『詐欺師め』や、『俺たちを騙しやがって!』など汚いヤジを飛ばす姿だ。

 これも見慣れた光景だ。この言葉で少し表情が曇る彼の顔は、結構好み。保存しようっと。

 私は彼が本当の意味で自分の実力でベヒーモスを倒したわけではないことを、少しだけ後ろめたく感じているのを知っている。

 だから彼はこういう状況では何も反論はしない。だけど反論をしないのは彼だけで、この状況を打破するのは決まって彼女たちだ。褐色のダークエルフのシャドウと、旅路で目覚めさせてしまった人造人間であるエメだ。

 ちなみにどちらも一応生物学的には女である。

「依頼を果たしたマスターに対する暴言は、戦闘意思だと受け取りますよ」

「やめろ、シャドウ!」

「マスターは黙っててください‼ ねえ、エメも何か言ってやりなよ‼」

「私はマスターの意志を尊重する。なぜなら私は神の創造物だから」

「そのやり取りはもういいの! 貴方はエメ‼ 意思がある女の子よ!」

 シャドウの言葉にキョトンとした様子で黙るエメを放っておき、彼女は勇者一行に腰に携えた短剣を手に取って戦闘態勢をとった。

 だがそれに対し、勇者たちは刃を向けるどころか笑いだしてしまう。

「おいおい、奴隷として有名な種族、ダークエルフじゃねえか」

「あら本当。詐欺師が主人とは、よほど前世での行いが悪いのね。神に祈りを。この可哀そうな生物に安らかなる死を与えんことを」

「なんなら飼ってやろうか? 俺たちのパーティーはまだ奴隷って役割は持っていないんだ」

「勇者様……夜伽なら私たちがいるでしょ?」

「奴隷とパートナーは違うだろ。あいつならどんな事をしても許される」

「確かに。試したい薬もある」

「ダークエルフか。確かに男好きしそうな体つきだね。なんだったらアタイがその下品な胸をなます切りにしてやろうか? おっと、会話中に攻撃をするあたり、育ちもわるいみたいだ、ね!」

 シャドウは聞くに堪えない勇者一行から発せられる侮辱する発言に対し我慢できず、勇者めがけて走り出し、切りかかった。

 だが勇者一行と名乗るだけあって、勇者に刃を向ける前に盾のように割って入った筋肉質な女戦士が、斧で刃を受けている。

「その程度の力じゃ、戦力にもなりやしないねえ。 だが見てくれはまあまあだ。おい勇者! こいついたら、宿代には困らないんじゃねえか?」

「何が、宿代だ! 私は誇り高き」 

「男に跨って腰を振る種族だろ? おら!」

 女戦士はシャドウの攻撃を受けびくともした様子を見せずに、振り回した斧で刃ごと彼女を吹き飛ばした。

 地面に転がるように吹き飛ばされたシャドウは、埃一つ身にまとわずに地面を転がっている。

「へえ、便利だね。そのスキル」

「ダークエルフが売れる理由よね。体にオーラを纏って、外部からの汚れを防ぐ」

「まだ言うか‼」

 実力差を知りながらもシャドウは立ち上がり、短剣を強く握る。だがその彼女の前に割って入ったのは、他でもない彼だ。

「そうそう。これよこれ」

 待ってました。日本で暮らしていた頃は理解できなかった、戦隊物や時代劇である種お決まりのパターンが、今膜を開ける。

「怒った顔も素敵よねえ。保存っと」

 私はモニターを前に、スマホで画像を拡大するように彼の姿を画面に映した。ちゃんとその背後にはシャドウちゃんも、映っている。これが大事。後で見返すときに、彼がなぜこの表情になったかを忘れてしまっては、魅力半減だ。私は保存を終えたことを確認し、再度この茶番劇に集中する。

「マスター!」

「黙ってろ。シャドウ」

「ですが‼」

「マスター……」

「エメもだ。俺の後ろにいろ」

「わかってる……だってエメは」

 怒る彼の体から、眩きオーラがあふれて出ている。シャドウはそのオーラを視認できずとも、オーラを扱う種族故か、その圧を感じることが出来る。だが人間には不可能だ。神の加護も得られない、たかが異世界の人間には、彼の神々しさを体感することは出来ない。

「おいおい、奴隷がやられて怒るってことは、そいつそんなに良いのか?」

「黙れ」

「おい、誰に向かってそんな舐めた口を聞いているんだ?」 自称勇者が無謀にも彼に近づいていく。だが彼は手に武器一つ握る様子無く、怒りを露にしていた。

「俺の仲間に、奴隷はいない」

 真剣な表情。はぁぁ、滾る。出来る事なら私は彼の後ろに立つシャドウやエメたちと、彼について夜通し、いや、一生語り合っても良いと思えるほど、彼の真摯な表情に興奮していた。

 そして何よりその表情を輝かせる悪役ムーブの勇者にも、爪のかけらほど感謝してもよいかもしれない。

「おいおい、奴隷を仲間だって? まさかそいつを嫁にでもしてるのかよ!」

 勇者の声に周囲がざわつく。内容はやはり聞くに堪えない内容だ。

「今なら頭を地面にこすりつければ、嫁ひとつで許してやってもいいぜ。そうだな。町に嘘をついて迷惑をかけたんだ。その嫁が住民全員に体で謝罪行脚すれば、許してやるよ」

 勇者の提案に一部の男たちが口笛を鳴らしている。その姿にシャドウは表情を暗くし、「だから人間は……」と呟いている。その様子を心配したのか、小柄なエメがシャドウの手を握り、「大丈夫?」と問いかけている。

 すると彼が、「悪かった」と謝罪の言葉を口にした。そして彼は身に着けていた皮手袋を脱いで、後ろにいるエメの方へ投げた。

「わかれば良いんだよ。嘘つきな旅人君」

 勇者の言葉を聞いた観客の一部が興奮した様子で「俺が最初だ!」と勇者にアピールをしている。その光景に勇者一行はゲラゲラと大笑いを始めている。勘違いをしていることすら気が付かず。

「そうそう、素直が一番だぜ。にいちゃん。なあに、奴隷なんてこの先いくらでも入手できるさ」

 と勇者は彼の肩をぽんと叩こうとした矢先、勇者は悲鳴をあげている。勇者の手を彼がつかんだからだ

。あわてて彼の手を振りはらうも、勇者の手は見るも無残なほどにただれ、溶けていた。

「僧侶!」

「は、はい! ヒール!」

 勇者は痛みに悶えながらも、僧侶に回復魔法を命じている。だがかわいそうなことに、その魔術は効果がない。顔まで青ざめていく勇者は魔法が効かない事に焦る僧侶に腹を立て、彼女の腹部を蹴り上げて彼をにらみつけた。

「お、おい! 貴様、何をした!」

「何って、見てわかるでしょ」

 彼の黒真珠のような瞳が変色し、七色に輝く。

「ゴミ掃除だよ」

 

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