第55話
「君、かっこいいねぇ?惚れちゃいそう」
そう言って笑うだるま。そんな軽い挑発には乗らない。冷静に自分の戦いをするだけ。頭を殴られているくらいがいい勝負できるんじゃないか?
「これくらいのハンデがないとな?まともにやり合っても余裕で勝ってしまうからな」
え?挑発に乗ってるじゃないかって?これは違う。煽りの正当防衛。裁判では俺が圧倒的に有利だろ?
それにこういう脳筋は乗ってきてくれるんだよ。ほら、ムキになって俺への悪口が止まらないだろ?
「弱くなってるらしいじゃないか?死線から身を引いた、腰抜けなんかに負けるないんだよねぇ」
だるまは目を剥いて、自身のサイコパスを隠そうともせずに狂った声で続ける。
「あとさ、君の大好きな志乃ちゃんだっけ?この女の顔面、潰しておいたからねぇ。いやぁ、爽快だったよ。痛そうに顔歪めて、ブサイクは君に嫌われるって脅した途端、泣き出しちゃってさ?可愛いかったねぇ」
そう言って、笑うだるま。こいつだけは許さない。挑発に乗ってやろう。俺も脳筋だったようだ。同じ脳筋でも、実力が違うんだよ。
そんな油断しているやつに向かって、100%の力で地面を蹴る。ほら、反応できてないじゃないか。俺のスピードについていけない時点で、雑魚確定。
俺のパンチのリーチに入っても動かないやつはたかが知れている。
「死ねよ·····」
俺の本気に間に合うわけない。ノーガードのまま、俺のパンチをまともに顔面に食らう。そのまま振り抜くと、だるまは3mほど後ろにそのまま吹き飛んでいってしまった。
「弱すぎる。No.1だっけ?この強さで一番って語ってる時点で俺なら、自分から名前を変えてもらうけどな?恥ずかしすぎて」
俺がそう言うと、怒りに狂ったような顔をして俺に向かってゆっくりと歩いてくる。口の中が切れたのか、血を地面に吐く。
「ぺっ·····、今度は君のパンチは喰らわないよ?ってはぁああ!ぐぶっずっう」
そういっているだるまに遠慮なんかしない。言葉を言い切らないうちに懐に入り込み、みぞおちに拳を捻り込む。
今度は自然に口から血が吐き出される。痛みにやっとだるまの顔が歪む。現役を引退した俺でもまだやれることがわかった。
俺が自分の強さに酔いしれていると、既にフラフラになっただるまはゆっくりと立ち上がって、途切れ途切れの声で俺に言う。
「こ、んな手はつか、いたくなかったが、しかた、ない。やれ·····」
だるまがそう言うと、後ろから銃声がする。空中に向かって、一発。威嚇の発砲。志乃ちゃんの横に銃を持った男が一人。サングラスをかけた男だった。
「お前、がこれ、以上動、くなら、その女を、殺す」
そう言って、だるまは不敵な笑みを浮かべる。それだけ言うと、俺にゆっくりと近づいてくる。
俺がサングラスの男を殺しても、他のやつが志乃ちゃんをねらってるかもしれない。下手に動くことは出来ない。一気に戦況は逆転した。元々、俺たちは不利な状況だったのだ。
「これはさっき、殴ったぶんねぇ?」
そういうと俺の目の前で拳を振り上げて、俺の顔を目掛けてパンチを放つ。鈍い音が響く。そして俺の体は後ろへと吹き飛ぶ。
俺が倒れたところにだるまは馬乗りになって、上から連続して殴る。頭に継続的に衝撃が走る。痛い。痛い。死ぬ。死ぬ。死ぬ。
「やめてぇえええ!死んじゃう!相模が死んじゃう!」
そう言って、声がかすれるほどの声量で叫ぶ志乃ちゃん。それでもだるまのパンチは止まらない。どうせ上からの命令は、俺を殺すことだろうし。
意識が飛ぶギリギリのところで耐える。血が流れる、止めどなく。
「私のせいで·····私なんかのせいで。あぁあぁああ。私のせいで相模が死んじゃう·····」
狂ったように志乃ちゃんが言葉を吐く。それに答えるようにだるまは、高い声でけたたましく笑う。金属製の部屋にこだまする。
「相模、お前は殺し屋として絶対してはいけないことをした。それは自分の命より大切なものを作ってしまったこと。守るものを作ってしまったことだ!」
そう言って、笑う。そうだよな。こんな職業をしてる奴が、守るものを作ったら、それが自分の弱点になるんだ。そんなの初歩の初歩である。でもさ、でも·····。
「後悔はしてない。お前にも分けてあげてやりたいくらいだぜ。好きな人がいる幸せってやつをなぁ?」
俺は憎らしい笑いをだるまに見せつけてやった。まぁ、案の定殴る速度が早くなるわけで。
でも、事実なんだよな。志乃ちゃんといる時が俺の人生で1番幸せな時間だった。あぁ、こんな時間がこれからも続いたらって思ってた。でももう無理っぽいわ。
任せたわ、この後の俺。そしてさよなら、今の俺。
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