第54話
俺がさっき出た部屋から、大きく誰かが叩かれる音が聞こえる。俺は大事な人を置いてきてしまった。今にも帰ろうと思ってしまうが、それでは師匠の勇気を無駄にすることになる。
師匠の無地だけを祈りながら、俺は1番奥の拷問室へと歩みを進めた。志乃ちゃんが生きていることだけを願って。
「志乃ちゃんー!」
大きな声出して見るが、返事はかえってこない。やはり横の部屋ではなく、拷問室だろう。
どんなに辛くて、痛いことをされていたんだろう。俺の好きな人が受けていたことを想像すると吐き気がする。
「·····最悪な匂いだな」
より一層、血の匂いが強くなる。一度戦場から身を引いた俺にとっては、鼻がねじ曲がりそうになる。
他のドアよりも分厚く頑丈な素材で作られている拷問室のドアを足で開ける。聞くに絶えない音を立ててながら、ドアは開く。
何も無い虚無の部屋の中に、一人だけ手錠を嵌められてぐったりとしている女性が目に入る。人一倍美しさを放つのは間違いない。俺の愛した人だ。
「志乃ちゃん、助けに来たよ。ほら早く帰ろう!」
「·····さ、相模?来ないでって言ったでしょ!?相模が殺されちゃう」
そう言って、涙を流して訴える志乃ちゃん。そして驚いたように、目を丸くして首をクイッと曲げる。顎を俺の方に向けて、
「後ろ!危ない!」
志乃ちゃんが叫んだ時には、俺の頭には重い衝撃が走っていた。どうやら鉄パイプでぶん殴られたらしい。
暖かい血が顔を走る。久しぶりに感じる痛みに若干の興奮を覚える。地面に膝を着いて、這いつくばるようにして逃げる。頭がクラクラにして逃げれない。
「最強の男がハイハイで逃げてるって、滑稽ですねぇ?」
後ろでキモイ声が聞こえる。多分、あいつは政府の犬。俺たちの中でも注意人物の1人だったやつ。名前も分からないが、オネエっぽい口調は間違えない。
「卑怯だっ!No.1!正々堂々と戦え!」
そう言って叫ぶ志乃ちゃん。俺の方を心配を超えた表情で見ながら言う。でも俺は悟っていた。その叫びは意味をなさない。だって俺たちが生きている世界は·····。
「この業界は何をしてもいい。勝てば·····いえ殺せば成功。教わったですよねぇ?」
「そ、そんなの!」
「貴女だってしてきたでしょう?」
そう言って笑う筋肉ダルマと、押し黙る志乃ちゃん。普通はおかしいが、この業界ではだるまが言っていることが正しい。
だから俺は立たなければならない。あんな軽い一撃で、倒れるくらいのメンタルを持ち合わせた記憶はない。
自分の心を奮い立たせる。痛いけど立つ。誰かを守るために立ち上がる。そう決めたのは小さい頃の俺。あの時の誓いを破ることは出来ない。
「志乃ちゃん·····。俺は負けないよ?志乃ちゃんが俺の後ろにいる限り、負けない」
「ダメ。いや、やめて·····」
そう言って涙を流す志乃ちゃん。俺の事を思って止めようと暴れるが、手錠が邪魔して俺に触れることは出来ない。
涙目で俺の事を見る志乃ちゃんを安心させてやるために今できる精一杯の苦笑いを浮かべる。
「こんな時くらいカッコつけさせて。一応、志乃ちゃんの夫になる男なんだからさ」
俺はそう言うと、グラグラと揺れる視界の中で、俺の志乃ちゃんを殴った奴を殺しに向かう。視界の奥でだるまは俺の事を嘲笑い、指を鳴らしていた。
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