第37話

「じゃあ、私が相模くん狙っちゃっていいかな?」

「なぁっ……!」


志乃は動揺した。さっきまで必死で作っていたポーカーフェイスが崩れる。クールな顔も台無しに、その表情からは焦りが感じられる。


それに気づいているだろう住谷だが、続ける。彼女の思考はどこまでも読めない。


「相模くんから聞いてるかもだけどさ、私に一回告白してきてるんだよね。その時は付き合うとか考えてなかったから、嫌だって振ったんだけどさ」

「……そ、そうですか」


住谷は自慢するように志乃に話し始める。志乃はなんとも言えない表情を浮かべていた。住谷は志乃を相手にマウントをとるようにしている。


住谷はポテンシャルでいえば志乃を凌ぐくらい美しい。可愛いではなくて美しいである。お姉さんのようなエロさを感じることが出来る。


「でも、気づいちゃったんだ。相模くんは優しいし、気遣いもしてくれるし。それにかっこいい。だから相模くんでいいかなぁって」

「……」

「そう思って今日来たんだけどさ。こんな可愛い子がいるなんて聞いてないしさぁ?彼女ではないんだよね?」

「……分かりません」


志乃がこう答えると、住谷は深い声で呟くようにして志乃に聞かせる。


「好きじゃないなら、私に譲ってくれないかな?どうせなら相模くんも自分の事が好きな人と付き合いたいだろうしさ」

「……そうですけど。私は相模と長くはないけど、彼の事をちょっとは知っていると思います。それに……私も」


志乃が何かを言おうとすると、その声を遮るようにして、声を住谷は被せる。その声はさっきまでと違い、ドスが効いた声色だった。


「相模くんを殺そうとしていた人が何を言おうとしてるの?立場、分かってんの?」

「……あ」


住谷が言っていることは至って正論である。二人だけだったから誰も触れなかっただけで、明らかにおかしいのだ。


やはり普通はおかしい。でも感覚が麻痺して、最初はダメだと思っていたのに、それが普通のように思っていたと、志乃は気づく。


「相模くんのことを殺そうとしていた暗殺者ちゃんさ?本当に相模くんの事、好きなの?」


少しの、空白の後に志乃ちゃんが呟くような声で言う。それは本心だったのか、分からない。でも……それは大きく二人の関係を動かすものになる。


「相模の事は好きじゃないです」


その言葉を言った時に、ちょうど呑気な男は帰ってきていた。彼は今まで見せたことの無いような引きつったような顔を浮かべる。


そして心底、寂しそうな声で、下手に笑ったような……。


「あはは……。志乃ちゃんは手厳しいなぁ。これコーヒー。……おれ、ちょっと外に出てくるわ」

「待っ……「私も着いてくー!」


志乃の微かな声は住谷の声にかき消されてしまった。部屋に1人残されてしまった志乃は相模が入れてくれたコーヒーを一口飲む。


「苦い……」


志乃の今まで飲んだコーヒーの中で1番苦かったと言う。




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